聖女との対談
神都では今、大勢の人間が集まり復旧作業が進められていた。
最悪の事態こそ免れたものの、受けた被害は大きい。大勢の人間が駆り出され、木材や石などが次々と現場へと運ばれていく。
大通りには幾つもの大鍋が据えられ、職人達が飯を掻き込んでいる姿も見られた。
「俺ぁ、見たんだ! 噂になってた銀の龍人を!」
「バッカ野郎、俺は魔王を見たんだぞ! ありゃとんでもねぇ存在だ!」
「それで、一体どっちが強ぇんだよ?」
「んな事、俺らみてぇなど素人が分かる訳ねぇだろ!」
話題の中心は当然、あの“二人”であった――同一人物であるが。
神都ではもう、寄ると触るとその話で持ち切りである。
無理も無い。魔王と龍人など、噂にならない方がおかしいのだから。
既に耳の早い北方諸国の中には、聖光国へ腕利きの間者を送り込み、細かく情報を集めさせている国まであった。
その噂の中心人物は――聖城の応接室で、最後の聖女と向かい合っていた。
■□■□
聖城の奥にある応接室。
そこでは徹底した人払いがされ、入念な盗聴対策が施された上で魔王を名乗る人物を迎え入れていた。
部屋の中には聖女ホワイトと、魔王の二人だけである。
500名にも及ぶサタニストを一瞬で屈服させ、中級悪魔を鼻歌交じりに爆殺した存在。
先日の騒ぎ、その詳細を後から聞いて、ホワイトは自分の危機意識が甘すぎた事を痛感していた。
悪魔王の復活、そして、その消滅にも、この魔王が絡んでいると確信したのだ。
何よりも恐ろしい事は、この魔王が聖城に易々と“入れた”事だろう。
智天使が敷いた結界すら、この魔王を拒む事が出来ない。
そのどうしようもない事実に、ホワイトは戦慄を感じていた。
「……はじめまして、ま……何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「魔王で結構ですよ。私からすれば、今やあだ名や異名のようなものですから」
魔王が落ち着いた仕草で出されたコーヒーらしきものを口に含み、懐から煙草を取り出して火を点ける。
その傍若無人な姿に、ホワイトは一瞬だけ顔を顰めた。
聖城で、しかも聖女の筆頭とも言える彼女の前で悠々と煙を楽しむなど、前代未聞であり、今後もそんな人物は未来永劫出てこないだろう。
あのドナ・ドナですら、聖女の前でここまでの態度は取れない。
聖光国側の不備を咎めるつもりなのか、魔王は懐からわざわざ灰皿のようなものを取り出し、ホワイトへ見せ付けるようにテーブルの上へと置いた。
これを“外交”とするなら、確かに失点であろう。会談を申し込んだのはホワイトなのだから、相手が快適に過ごせるよう、全てに備えるべきであった。
「貴方は――本当に、伝承にある“魔王”なのですか」
「どのように捉えられようと、どうぞご随意に――貴女がそう思うなら、そうなのでしょうな」
魔王の言葉に、ホワイトが円卓の下で思わず拳を握り締める。
何たる態度であろうか。
どのようにでも勝手に思え、こちらは何と思われようが知った事ではない、と宣言しているのだ。
その態度が伝えてくるもの――それは、圧倒的な自信。
その気になれば、こんな国はいつでも滅ぼせるとでも言わんばかりであった。
「貴方は、ルナをどうしようと考えているのですか――」
ホワイトが力を込め、問いかける。
本来の予定では、もっと後に聞くべき内容であったのだが、もう我慢が出来なくなったのだろう。
彼女はとても妹思いの、まともな聖女なのだ。
「彼女との出会いはとても不幸なものでした――私を悪しき存在と考えたのでしょうな。ですが、今は“素晴らしい関係”を築いておりますよ」
その“邪悪な言葉”に、ホワイトが奥歯を噛み締める。
一体、どんな魔法を使ったのか――あの我侭が服を着て歩いているようなルナが、この魔王には妙に懐き、傍から離れないのだ。
ありえるような事ではなかった。
「貴方は、この国に害を齎す者ですか――」
ホワイトが思い切った事を口にする。
普段の彼女であれば、こんな直接的な事は決して口にはしないだろう。
国の様々な行事のみならず、諸国からの使者への対応なども、全て彼女が一手に引き受けているのだ。
その柔らかくも、芯の通った外交は諸国からも一目置かれている程である。
こんな乱暴な事を、直接相手に聞くなど余程、思う所があるのだろう。
「そこですよ、私が言いたいのは」
魔王が煙を楽しみながら、その鋭い眼光をホワイトへ向ける。
それだけで、ホワイトは密かに体を震わせた。
何という眼光、そして威圧であろうかと。全身、その全てが、人を恐怖させる為に存在しているようにすら思えたのである。
「私の国には、“百聞は一見に如かず”という言葉がありましてね。人から聞いた話より、実際に見た方が理解も早いという意味ですよ」
魔王が何処かにこやかに、自信に満ちた態度で言う。
その姿は一見、友好的にも思えるが、ホワイトとしては到底、心を許せるようなものではない。
何せ、彼女からすれば――
既に大切な妹が一人、「人質」になっているのだから。
ルナを無理やり聖城などへ閉じ込めれば、この魔王はそれを口実として何を仕出かすか分からない。
いや、恐らくはそれを“待って”いるのだろうとホワイトは考えていた。
何より、あのルナを閉じ込めるなど、物理的に不可能な事だ。
どんな場所に入れようと、あの「金色」の魔法を防げるような建物など、この世の何処を探しても存在しないのだから。
「私がこれから行う事を実際に見て、そして判断して下されば良い。私は昔から、口舌ではなく、実際の行動を以ってそれを示してきた」
魔王の自信溢れる態度に、ホワイトは一層に警戒を強める。
何をやろうとしているのかは分からないが、確実にこの国へ何らかの侵略行為を行おうとしている、と。
表面上は笑いながら、しかし、その裏では着々と何かを進めている――
ホワイトから見た目の前の人物は、まさに“魔王そのもの”であった。
「それと、貴女に一つ、頼みたい事がありましてな――」
遂にきた、とホワイトが覚悟を決める。
先日の騒ぎにおいて、この魔王は一応、鎮圧へと動いた。その功績をもって、国へ何らかの要求をしてくるであろう事は想定していたのだ。
「私は“熾天使”の事を調べたいと思っていまして――書庫などがあれば、自由に閲覧させて頂きたいのですよ」
ホワイトは、目の前が暗くなっていくのを感じた。
いや、実際に眩暈が起きている。
事もあろうに、何と「熾天使様」の事を知りたいなどと言い出したのだ。殺そうとしているのか、弱点でも探そうとしているのか。
何より、それを聖女の前で堂々と口にした事へ、ホワイトはこれまで感じた事もない恐怖を覚えた。
「書庫の、閲覧は……ご自由に……但し、私の口から熾天使様の事を語るのは遠慮させて頂きます」
「なるほど、それで結構ですよ。私も尊き方を語るなど、恐れ多くてとても出来ませんからな」
魔王が深々と頷き、理解を示す。
ホワイトにはそれが、痛烈な皮肉のように感じた。
こちらの足掻きを嗤っているのだろう、と。
「では、私はそろそろ失礼させて頂く――とても、有意義な時間でしたな」
「えぇ、こちらにとっても……とても、有意義な時間でしたわ」
魔王と聖女が握手を交わし、漆黒のコートを翻しながら魔王が部屋を出ていく。ホワイトはその背に、最後の問いかけを発した。
「貴方が――“悪魔王”を滅ぼしたのですね」
その問いに、魔王は長い沈黙を続ける。
やがてその口が開き、ホワイトにとって恐るべき内容を告げた。
「あれが“王”などと、少々片腹痛いですな。出来の悪い作り物ですよ――」
悪魔王すら、出来損ない。
王を名乗る資格など、欠片も無い。
魔王はその背で雄弁に語り、部屋を後にした。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
情報の一部が公開されました。
エンジェル・ホワイト
種族 人間
年齢 18歳
三聖女の長女。
民の事を第一に考える心優しい女性。
唯一と言って良いまともな聖女であり、聖光国に残された最後の良心。
熾天使が残した幾つかの“奇跡”を行使する事が出来る。