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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
三章 神都動乱

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乾坤一擲

「ぁ……ぐ…………」



 オルイットの頭は今、混乱の極みにあった。

 強靭な肉体が、余りの激痛に悲鳴を上げている。


 何故?


 只の人間の、只の拳が、どうしてこれ程の痛みを生むのか。幾つもの防御魔法をまるで“無視”するかのように貫通し、強烈なダメージを負わされたのだ。

 それも、魂が絶叫をあげるような痛みである。聖素を扱う相手ならばまだしも、相手の拳には魔力など欠片も宿っていない。



「お前、いつまで“寝て”やがる――――」



 蹲るオルイットの横腹に、零が遠慮無く蹴りをぶち込む。

 闇公爵とまで謳われ、賛美と憧憬を一身に集める上級魔族が、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされ――聖城の結界へと激突する。

 その瞬間、オルイットの全身が火を噴いた。



「ぎぇあああぁぁぁあああああ!」



 轟音と火花が周囲へ散り、焼け焦げたような匂いが辺りに充満する。

 それも当然であった――上級悪魔の身が、智天使が敷いた結界に触れてただで済む筈もない。


 意図せずとも、まるで“電流爆破デスマッチ”のようである。

 上級悪魔すらものともしない龍の強さに、周囲のボルテージが一層に高まっていくが、それを見た零の顔は段々と険しくなり、遂には舌打ちする。



「てめぇ、俺よりギャラリーを沸かせやがって……“銀龍上等”か、コラ!?」



 暴走族特有の理論であった。

 ギャラリーを沸かせ、自らを誇示する事に生理的な快感すら感じる種族故に、注目が奪われたと完全に逆ギレしているのだ。

 オルイットからすれば「ふざけるな!」と吐き捨てたかったであろう。



「この……ゴミクズがぁぁぁぁ!《暗黒獄光線》」



 オルイットが渾身の闇魔法を放ち、黒い光線が零の体を直撃する。だが、万物を貫く筈の光線が消えた後、そこに居たのは無傷の暴走族であった。

 闇公爵の魔力では、《狂乱麗舞》を発動させている零の体には、傷一つ付けられない。



「お前……俺との“タイマン”中に“遊ぶ”余裕があんのか?」



 零の眉間に皺が寄り、理不尽なまでの逆ギレが積もり重なっていく。

 虚仮にされたとでも感じたのか、零の体は怒りに震えていた。彼からすれば、何か子供のオモチャである「光線銃」でも撃たれたような気分なのだろう。

 オルイットからすれば、完全に“悪夢”としか言いようが無い。



「ふざ……ふざけるなよッ! こんな所で、この高貴な私が!」



 オルイットが背中の翼を広げ、空中へと飛翔する。

 そして、空からこの戦いを無表情に見ていた魔人――“トロン”の背後へと近付き、その体を遠慮なく手刀で貫いた。



「ぇ……あ”……」



 オルイットが少女の体を持ち上げ、その体から溢れる血を飲み干していく。

 彼の持つスキル《吸血》であった。

 相手が人間程度であれば殆ど効果は望めないが、まがりなりにも魔人の血であれば、その場での回復が期待出来る。



「汚らしい血だ……臭くて敵わん」



 汚物でも放り捨てるようにトロンの体が投げ捨てられ、地面に激突する。腹部が破裂するような強烈なダメージにより、その命は既に消えようとしていた。

 少女は薄れゆく視界の中、ぼんやりと想う。


 何故、自分はこんな目に遭っているのか、と。

 物心がついた時には既に両親は何処にも居らず、魔族領の中で徹底的な差別と日常的な暴力の中で懸命に生きてきた。

 泥水を飲み、腐った豚の死骸をも食い、時には耐えかねて毒草まで口にした。


 人間の領土に逃げた後も、待っていたのは迫害と討伐である。

 何処にも生きる場所が無く、かろうじてユートピアに拾われたが、そこで待っていたのは変わらない蔑視と、ゴミのような扱いでしか無かった。


 一体、何の為に生まれてきたのか――少女の頭に浮かぶのは、そんな虚しい事ばかりであり、悲痛な慟哭が込み上げてくる。



「ひでぇ事しやがって……おい、ガキンチョ。生きてるか?」



 少女の視界に、“銀色の龍”が映る。

 それが、彼女の見た最後の光景――



 ――に、なる筈であった。



「おい、口開けろ。聞こえねぇのか、ガキ」



 龍が少女の口を無理やりこじ開け、ナニカを放り込んだ。

 不思議な食感と、少しの甘さを少女が感じた瞬間、貫かれた腹部が凄まじい速度で塞がっていく。

 それが“龍の血”である、と言われれば少女は納得したであろう。



「ぇ……」



 少女の体から痛みが消え、血が止まった。

 傷が塞がる、などというレベルではない。


 殆ど“時間を巻き戻している”かのような凄まじい光景であった。龍が口に放り込んだのはGAMEの回復アイテム――カロリー冥土。

 名前こそふざけているが、その回復力は100という優れものだ。


 この世界における一般的な薬草などの回復力は1~3であり、冒険者などが扱う高価なポーションですら、その回復力は10にも満たない物が殆どである。

 その場で即効、100の回復などありえるような事ではないのだ。


 周囲からすれば、どんな病も傷も癒し、不老不死を与えるとまでの言い伝えがある“龍の血”にしか見えなかったであろう。

 オルイットも、そのありえない光景を戦慄と共に見ていた――――



「貴様は、“新種の龍”なのか……そんな事が……ッ!」



 オルイットが何かを叫び、遂に一つの決断を下す。

 この龍を、「この場」で殺さなければ大変な事になると。これが魔族領に来るような事になれば、どのような大乱を生むか想像も付かない。

 彼は自らの両手を体に刺し込み、扉を開けるようにして体を引き裂いた――



 一方、零も少女の傷が塞がった事を確認し、安心したように頷く。

 だが、少女の顔は無表情のままであり、陰鬱な空気を漂わせていた。



「暗いぞ、ガキンチョ。助かったんだから、ちったぁ笑ったらどうだ」


「笑い方……そんなの、とうに忘れたの……」



 少女が、血を吐くようにして言う。

 零は困ったように顔を顰めたが、背後に蠢く気配を感じ、少女の襟首を掴んで路地裏へと無造作に放り投げた。

 その仕草は乱暴ではあったが、“子猫”を喧嘩に巻き込まぬように配慮したのだろう。


 零が振り返ると、オルイットは自らの体を引き裂き――“裏返して”いた。

 そこに現れたのは蝙蝠だ。それも数百なのか、数千なのか、数え切れない程の蝙蝠が密集し、一つの体を形作っていた。


 不気味な飛翔音と、二つの紅く光る眼。

 これがオルイットの本来の姿である。この形態になれば身体能力が飛躍的に伸びるが、聖素に対し非常に脆くなる為、滅多にこの姿を取る事は無い。



「忌々しい“龍”が! “中立”を気取る傲慢さをここで裁いてやる!」



 オルイットが剥き出しの殺意をぶつけるも、零の意識は目の前の化物ではなく、背後の少女に向けられていた。

 その少女が辛い人生を歩んできたであろう事は、零にも分かる。

 彼も決して、恵まれた環境に居た訳では無かったのだから。



「笑えよ、ガキ。どんな辛い時でもな、馬鹿みてぇに笑ってる奴がいっちゃん強ぇーんだよ」



 背を向けている零には、少女がそれに対しどんな表情をしたのか分からない。

 ただ、息を飲む気配だけは伝わった。



「余所見とは余裕だな、龍……その傲慢と共に、ここで滅びよッッ!」



 オルイットの体が爆ぜるように突進する。

 余りの疾さに、大気が切り裂かれたような悲鳴をあげた。

 迎え撃つ零の全身から、イメージカラーとも言える銀色の炎が吹き荒れる。


 龍が叫ぶ。

 あらん限りの大声で――!




『――――天よ、ただ刮目しろッッッ!《乾坤一擲》』




 巨大な闇と銀色が、真正面から激突し――交差する。

 まるで世界が静止したような静けさの中、巨大な闇に幾つもの亀裂が入り、遂にその全身が絶叫を上げながら黒い霧となって消えていく。


 零が放ったスキル――それは相手の殺害数1に対し、10ダメージを上乗せする壊れスキルであり、頂上攻撃。

 それも、上限が500ダメージに設定されている最高峰のものである。

 数え切れない程の殺害を重ねてきた悪魔が、それに耐えうる筈もない。


 零は暫く拳を振りぬいたままの姿でいたが、やがてその拳を突き上げ、人差し指を天に向かって突きつけた。



 ――――それは、堂々たる“NO1”の宣言。



 集まってきたギャラリーへのアピールであった。

 それを見て、静まり返っていた聴衆が拳を振り上げ、絶叫していく。数百から数千、遂には数万の人間が同じように拳を振り上げ、大歓声をあげる。

 津波のような声が他の地区へも広がっていき、やがて神都全体が熱狂の渦へと包まれていった。




「どうよ、ガキンチョ……“笑い方”も思い出したろ?」




 零が珍しく、不良少年そのものの笑みを浮かべ、路地裏の少女に笑いかける。

 少女は暫く目を見開いていたが、やがて涙を流しながら大きく頷いた。遂には我慢出来なくなったのか、零へと駆け寄り、飛び上がるようにして抱きつく。



「たははっ! 随分と元気になったじゃねぇかよ、ガキンチョ」


「……ガキンチョじゃない。トロン」


「トロンだぁ? んだか、眠そうな名前してやがんな……」



 零がそう呟いた時、背中が柔らかいものに包まれた。

 クイーンが顔を赤くしながら抱きついていたのだ。傍目から見れば、とてもしおらしい姿で。

 子供には無造作な零も、これには流石に狼狽した。彼は古風な暴走族であり、絶滅した“硬派”な男なのだ。



「お、お前っ……人前で女が……!」


「もう、離れたくありません――」



 クイーンがうっとりとした表情で密着し、その胸の柔らかさに今度は零が顔を赤くした。

 零の前でだけはクイーンは完膚無きまでの美少女なのだから、彼からすれば洒落にならない。



「は、離れろ! 良いか、男ってのはな、人前で女と――」


「零様……この背中の龍、とても雄雄しいです……この胸板も……」



 クイーンの両指が厚い胸板を這い、零が飛び上がった。

 先程までの颯爽たる姿は何処へ行ったのやら。その姿に数万の大観衆が大きな笑い声をあげ、神都を包んでいた闇は――完全に消え去ってしまった。






 こうして、聖光国には悪を滅ぼす銀の龍人の降臨と、魔王の降臨という相反する二つの噂が国全体へと広がっていく事となった。

 やがてその噂は、国内だけに留まらず、諸国にまで広がっていく。

 一人の男が生み出す混乱と大いなる勘違いは、遂に大陸全体へと広がっていき、世界を巻き込む騒動へと発展していく事となるが……



 それはもう少し、先のお話――――




 三章 -神都- FIN





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