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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
三章 神都動乱
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魔王の片鱗

 神都とは大きく四つの地区に分けられる。

 一つは当然、聖城。

 聖なる結界が幾つも張り巡らされた歴史ある城は、悪魔という存在を一切寄せ付けない。相当な力を所持する魔族であっても、中に入り込む事は困難であろう。


 そして、聖堂騎士団の本部や、貴族の館が集まる高級地区に、聖堂教会の本部や一般市民の住居が集まる一般地区。

 最後に、多くの商会や露店が集まる商業地区だ。ちなみに、商業地区の中には冒険者達が利用するギルドや、歓楽街なども存在する。


 サタニストは聖城を除く、その全ての区画へ同時攻撃を開始した。長い時間を掛けて地下道を掘り進み、神都の真下へと潜り込んだのだ。

 其々の地区に大穴が開き、そこから一斉に同じ装束を着たサタニストが湧き上がってきたのである。



 神都に大きく開いた三つの穴は――

 何処か“奈落”を思わせる不気味なものであった。




 ■□■□




 「なるほど、同時攻撃ね……中々やるもんだ」



 “俺”は店を出るとすぐさま屋根へと跳躍し、高所から神都全体を見回していた。

 自分の居る地区からも悲鳴と怒号が響いており、遠くを見ると更に二箇所から火の手が上がっている。


 対応する人間をバラけさせようとしているのだろう。

 同時多発テロ、という単語が頭に浮かぶ。古典的だが、有効な手段だ。

 俺は店に戻ると、すぐさま悠へと指示を与える。別に急ぐ必要はないが、出来るだけSP……いや、敵を逃がしたくなかったのだ。



「悠、ここの人達を守ってやれ――私は騒動を収めてくる」


「了解しました、長官」


「ちょ、ちょっと勝手に決めないで! 私も行くんだから!」


「ルナ、この騒ぎはお前が標的になっている可能性もある。お前があちこち歩き回っていては、守るに守れんだろう」


「ま、守るって……べ、べべべ別にあんたに守って貰わなくても……」



 ルナが顔を赤くして黙り込む。

 こいつ……本気でチョロいんだが、大丈夫か? 流石にここまで免疫が無さそうなところを見ると心配になってくる。

 そもそもの話として、ルナが魔法で敵を倒していたら、俺がSPを稼げないしな。



「アク、悠の傍に居れば心配ない。ゆっくり食事を楽しんでおくと良い」


「は、はいっ……で、でも、魔王様は大丈夫なんですか?」



 アクが心配そうな顔でこちらを見上げ、手を握ってくる。

 何だか子供に心配されるお父さんみたいな気分になってくるな……俺はまだそんな歳でもないし、独身だぞ?



「余興と言っただろう――食後の運動のようなものだ」



 実際、SPを稼ぐという事しか頭に無い。

 相手がヤバそうなら、それこそ逃げれば良いだけの話だ。戦闘から逃げ出す手段など、ごまんとある。



「マダムもどうか、食事の続きを」


「本当に、貴方は凄い自信家なのね……いえ、貴方の言を借りるなら、“全てを現実”にする、だったかしら?」


「仰る通りです――連中にとっての不幸は、私がこの場に居た事でしょうな」



 それだけ言い残すと、店の外へと出る。

 相手がヤバそうなら逃げる気満々だってのに、良くぞ言いたい放題に言えるもんだ。我ながら、自分の心臓に毛が生えてるような気がしてきたぞ。


 ともあれ、行く前に悠へ釘を刺しておこう……あいつを放置しとくと、何をやり出すか分かったもんじゃない。

 帰ってきたら襲撃者が全員解剖されていた、なんて事もありうる。



《悠、我々は知る為に――動き易い立場で居なくてはならない》


《残虐な行為は控え、評判を得よ、と?》


《相変わらず、話が早くて助かるな。頼りにしているぞ、悠――》


《は、はひ……っ》



 ん?

 何か最後、噛んでなかったか?

 いや、あの悠に限ってそんな事がある訳ないか……。



「さて、まずは何処から行くか」



 通りを見ると、人々が逃げ惑っている姿が目に入る。

 それは――TVの向こう側では、よく見る光景ではあった。


 平和な街で突如テロが発生し、血だらけになった人間が救急車などで運ばれている姿を茶の間で“他人事”のように見ていたのだから。

 いや、実際に他人事だった。

 家の近所で起きた、というならまだしも、海を挟んだ遠い外国でどれだけテロが起ころうとピンと来ないのだ。



(でも、ここでは他人事では済まんよな……)



 ルナはまだしも自分を守る術を持っているが、アクに至っては小さな破片が飛んできただけでも大怪我を負ってしまうだろう。

 折角、足を治したばかりだというのに、こんな騒ぎで怪我を負うような事になれば何をしにここへ来たのか分からなくなる。



(それに、またお前らか……)



 遠くに見えるのは見慣れた黒装束。その手には其々、凶器が握られており、中には杖を掲げている者も居た。

 あの一団こそが、自分をこの世界へと呼んだ元凶でもある。

 知らず、握った拳が硬くなっていく。



「行く先々でチョロチョロと。そんなに“魔王”に会いたいなら会わせてやる」



 俺は人でごった返す道を避け――

 屋根から屋根へと飛び移りながら行動を開始した。




 ■□■□




 ――商業地区



 この地区の集団を率いるマージは苛立ちを隠せずに居た。

 当初こそ不意を打つ形で襲撃が行えたものの、冒険者ギルドから迎撃の人間が多数出てきたのだ。

 無論、マージらにとってそれらは織り込み済みではあったが、その中の二名が突出して手強く、計画の進行にまで狂いが生じていた。



「はぁぁぁぁぁぁ――ッ!《剛撃》」



 今も褐色の肌をした女戦士が、見上げるような大剣を振り下ろし、三人のサタニストが吹き飛ばされた。

 その表情には疲労の色が濃く、いずれ力尽きるであろうと思われたが、このまま待っているだけでは被害も馬鹿にならない。



「まだまだぁぁぁぁ!《剛円武》」



 女戦士が大剣を一周させ、周辺に強烈な衝撃が走り抜けた。

 黒装束の体が紙のように引き千切られ、サタニスト側の戦力が次々と削られていく。遂にマージは堪えきれず、自らが前線に出る事を決意した。

 彼にとって、ここで気力を浪費するのは想定外ではあったが、黙って見ている訳にはいかなくなったのだろう。



「卑しい冒険者どもが……!《氷刃/アイススラッシュ!》」



 マージが放ったのは「水」の上位である「氷」が生み出す刃であった。

 彼は「水」の魔法であれば第三魔法まで扱う事が出来る、かなりの力量の持ち主である。その上位である「氷」になれば第二魔法が限界であったが、それでも常人とは一線を画した存在と言って良い。



「汝、冷凍ミカン也――――《雪の恋人/スノーキッス》」



 だが、女戦士を守るように淡い白色の魔法使いが防御魔法を唱える。

 マージと同じく「氷」の、それも第四魔法であった。圧倒的な対・氷魔防が女戦士に付与され、氷刃が目前で粉々に打ち砕かれてしまう。



「助かったわ、ユキカゼ!」


「……勝利のブイ。お口の恋人」



 魔法使いが何やら意味不明の言葉を呟いていたが、女戦士はそれを無視して更に敵へと突っ込んでいく。

 ユキカゼと呼ばれた少女も、更に魔法を放つべく詠唱を始める。

 通常、魔法を一度放てば次に放つまでには結構な時間がかかるのだが、彼女の力量が相当優れているのだろう。



――連続詠唱



「……渚の海で捕まえて《氷の手/アイスハンド》」


「貴方のここ、カチカチです……《氷槍衾/アイススプラッシュ》」



 ユキカゼが最初に放った魔法により、地面から無数の氷の手が生え、サタニストの足首を掴む。

 身動きが取れなくなったところへ、氷の槍が殺到した。無慈悲とも言える連続詠唱にサタニストが血飛沫をあげながら次々と倒れ込む。

 可愛い顔をしているが、やる事は至って残酷である。



「怯むなッ! 数はこちらが上だ……気力が尽きるまで攻め続けろ!」



 マージの声に、後ろに居たサタニストが次々と押し寄せる。

 そこからは、完全な乱戦となった。

 冒険者とサタニストがぶつかり合い、双方の被害が飛躍的に増していく。


 不意を突いたサタニスト側の勢いはやはり大きく、そこからは次第に冒険者が押されていく展開となった。

 冒険者からすれば降って湧いたような状況であり、あくまで「護身」からの行動だったが、対するサタニスト側は「死兵」であった。


 彼らは今日、この場で死ぬ事を決意しているのだ。

 冒険者からすれば、神都を守って討ち死にする義務など何処にも無い。

 それは、聖堂騎士団や聖堂教会の役目であろう。冒険者の中には、既に逃げ腰になっている者も居たし、隙を見て逃走しようと周囲に目をやっている者も居た。



「ちょっとマズイわね……どうする、ユキカゼ」


「バージンのまま死ぬのは不本意」


「この状況で良く、そんな軽口が叩けるわね……大体、あんたは男でしょうが」


「ミカンは無知。男の娘は――」



 その言葉が終わる前に、サタニストの一人がユキカゼの顔へと剣を振り下ろす。

 だが、それが振り下ろされる前に、奇妙な音が響いた。


 それは大気を切り裂くような音。その後、戦場には場違いとも言える乾いた小枝が折れるような音が鳴った。

 怒号と剣戟が響く中であるというのに、その音は不気味な程に全員の耳へとへばり付いたのだ。


 振り下ろそうとした腕が、何かの衝撃で折れたのだろう。

 剣を持った腕が猛スピードでぐるりと背中へと張り付き、その体までも独楽のように凄まじい速度で回転し出したのだ。

 突然、目の前で始まった“人間独楽”に全員が動きを止め、目を白黒させる。

 その動きが止まった時――独楽が白目を剥いて地面へと突っ伏した。



「――――道化に相応しく、良い芸を見せてくれるではないか」



 見上げると、屋根の上には漆黒のコートに身を包んだ“魔王”が居た。

 その手には幾つかの小石が握られており、それを宙に投げては遊ばせている。今の芸は彼が小石を投げた事によって生まれたのだろう。

 小石を当てただけで、人間の体が独楽のように回る。


 余りにも馬鹿げていた。

 この存在こそが――まさしく“格差”であったろう。



「おじ様……また会えた。素敵過ぎる」


「魔王……! 何で神都に!?」



 二人の声に魔王は何も答えず、そうする事が当たり前であるかのように屋根から飛び降りた。何の躊躇無く、魔王は次の行動へと移る。

 この地区を襲ったサタニストは総勢500名にも達する規模であったが、魔王の前では余りにも無防備過ぎた。



「誰の前で立っている? 跪け――――《覇者》」



 魔王の全身から赤いオーラが立ち上り、その右手が振るわれると同時に、無属性の嵐が吹き荒れた。

 それはGAMEの戦闘スキルの一つ、覇者。使用者の攻撃ステータス、その1/3のダメージを与えるものだ。

 圧巻の“全体攻撃”に、サタニストの体から鮮血が迸る。


 だが、魔王の攻撃は終わらない。

 GAMEでの戦闘は基本、スキルを揃え、各自の好みで組み合わせ、“コンボ”を繋げていく事にある。


 通常攻撃に、一定の熟練度に達していれば放たれる連撃、そこからの属性スキルに、無属性スキル、遺恨攻撃、特殊能力、それらは組み合わせ次第では天文学的なダメージを叩き出し、名人ともなれば“神をも殺す”などと言われたものだ。



「下賎の正しい姿に――――《開眼》」



 次に左手が水平に振るわれた時、青色のオーラが扇状に広がり、サタニスト達の体を貫いた。

 覇者とは逆に、使用者の防御ステータス、その1/3のダメージを与えるものだ。

 サタニストが次々と膝を突き、口から大量の血を吐き出していく。



「今、戻してやる――――《粉砕》」



 魔王の体から黄色のオーラが吹き荒れ、それが巨大な槌へと変化する。天空からそれが振り落とされた時、500名にも及ぶサタニストの体に目も眩むような衝撃が走った。


 それは相手の現在体力、その1/10のダメージを与える戦闘スキルであり、一定確率で「骨折」のバッドステータスまで与えるものだ。粉砕を食らったサタニストが次々と腰や足を砕かれ、その頭を地へ擦り付けるように突っ伏した。



「良い姿勢だ――二度と忘れぬよう、頭に叩き込んでおきたまえ」



 三種の無属性が吹き荒れ――

 見渡す限りのサタニストが無残にも地へ転がった。その全身の骨はあちこちが砕かれているのだろう。

 中には蛙のように潰されている者もあり、手足がおかしな方向へと曲がっている者も多数居た。



「なるほど――君らの体力は精々60~80といったところなのかな?」



 魔王がそう呟いたが、その意味が分かる者はこの場には居ないだろう。

 一つだけ分かる事と言えば、この男が「魔王を名乗る男」ではなく――

 どうしようもなく、「本物の魔王」である、という事だけであった。



「これでも“俺”は、お前達に対し――怒るだけの正当な権利があってね」



 その呟きは誰の耳にも入らない小さなものであったが、重い実感が込められたものでもあった。



「今でこそ、多少の“感謝”もあるが――――」



 魔王がそう呟いた瞬間、血塗れとなったマージが逆十字を掲げ、怪しげな呪詛を呟いた。それは、サタニストが行う血塗られた術。

 自身だけでなく、数多の生贄を捧げる――禁断の儀式であった。





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