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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
三章 神都動乱
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騒乱の兆し

 アルテミスの一席、そこにはちょっとした注目が集まっていた。

 店内では様々な楽器が優雅な音色を流し、客の耳を楽しませていたが、その目は一つのテーブルへと向いている。


 聖女と魔王を名乗る男、それに――マダム・バタフライ。

 貴族といえど、奥方に首根っこを掴まれている男は幾らでも居る。その怖い奥様方を束ねる大ボスがバタフライなのだ。

 その影響力は計り知れず、彼女が嫌った者は社交界から締め出される程だ。何の関係も無い、周りの客の方が緊張感を持って成り行きを見守っていた。



「それにしても――マダムはとても美しい。貴女がこれまで美に費やした努力を考えると、頭が下がる思いですな」


「あらあら、こんな老婆を口説いているのかしら」



 魔王とバタフライの談笑が始まったが、その目は全く笑っていない。

 互いに相手を探りあう様は、白刃を向け合っているに等しい姿であった。



「ねぇ、“魔王様”から見た、この街はどうかしら――?」


「素晴らしいものですな。とても素直で、とても分かりやすい」


「……他国から来られた方の中には、驚かれる方も多いのよ。余りの格差に、まるで天国と地獄である、なんて言う方も珍しくないわ」


「なるほど、言い得て妙ですな。ですが、それを解決する方法が一つあります」



 そこまで言って、魔王が言葉を区切る。

 解決する策、とまで言っておきながら悠々と煙草に火を点け、続きを語ろうともせずに煙をゆったりと楽しんでいた。

 次第に焦れたように、マダムの方からテーブルへと身を乗り出す。



「是非、聞かせて貰いたいわね。“魔王様”の知恵を」


「なに、簡単な事です――“全ての地を天国”にしてしまえば、何の問題も無くなる。至極、単純な話ですよ」


「すべ……こ、これはまた、随分とスケールの大きい御話ね」


「――――仮に私が国の頂点に立てば、数年で実行可能ですな」



 魔王の言葉に、マダムが絶句する。

 大言壮語、などと言うレベルではない。殆ど頭の病気を疑うレベルである。

 これまでもマダムに気に入られようと大きな事を言ったり、美辞麗句を並べたてる者は多かったが、ここまでの事を放言する人物は初めてであったろう。


 その実、この男には全てを天国にする策など、ありはしない。

 そんな事が出来るなら、この男は現実世界で政治家にでもなっていた筈だ。



(うははっ。言うだけなら、幾ら言っても無料(タダ)だからな)



 一種の開き直りでもあったし、「途方もない人物である」との印象を持たせる為に打った博打のような演技である。

 だが、マダムの見るところ、横に居る美女は“それ”を無言で肯定しているようにも見えた。

 今の発言は虚飾では無い、と言わんばかりの態度である。



「しかし、国などという退屈なものの前に――私はマダムにもっと別の“天国”を提供したいのですよ」


「興味深いわね……一体、どんな“天国”なのかしら?」



 魔王がテーブルの下で作り出した物を綺麗な紙へと包み、マダムへと手渡す。

 女性陣に大好評の《石鹸》である。


 だが、それを手渡されたマダムの顔は何とも言えぬ複雑なものとなった。この途方も無い放言をする男が、何を渡してきたのかと思えば石鹸である。

 この国では銀貨1枚~5枚で売買される程の高価なものではあるが、マダムからすれば珍しくもないし、ありがたい物でもなかった。



「ぁ、その石鹸ってば凄いのよっ!」


「あら、ルナちゃんのお勧めの品なのかしら……?」


「もう“魔法”かってくらい汚れが落ちて、肌がピカピカになるの!」


「魔……ピカピカ、ね……」


(ナイスアシストだぞ、ルナ!)



 思わぬ援護射撃に、魔王が内心ガッツポーズを作る。

 実際、ルナの口から出た“魔法”という言葉は重かった。

 マダムからすれば、ルナなどはまだまだ子供であり、その無邪気さを愛でているだけに過ぎない。


 が、彼女の魔法の才だけは違う――紛れも無く“本物”であった。

 ルナが自らの魔法に強い誇りを持ち、そこに自尊心の全てがあると熟知しているマダムにとって、ルナの口から出た“魔法”は非常に重い。



「確かに、ここに居る御嬢さん方の肌は輝くようね」



 マダムがテーブルに着いている女性陣を見渡し、微かな嫉妬を浮かべる。

 年齢も若く、その肌には皺一つない。

 その上、揃いも揃って――美少女と美女ばかりであった。



「是非、今晩にでもお試し下さい。効果の程がお分かり頂けると思います」


「そうね……魔王様からの素敵なプレゼントに感謝するわ」



 マダムがつい、手にした石鹸へ熱い視線を送る。

 幾つになろうと、女性にとって肌というものは気になるものだ。どれだけの富があっても、老化ばかりはどうしようもないという事もあり、“美”という項目は鉄壁とも言えるマダムの唯一の弱点でもあった。



「いえいえ、その程度で感謝されては困ります。近々、ラビの村に温泉を用意しようと思っていまして――文字通り、肌が、全身が、“生き返り”ますよ」



 それは――魔を統べる王に相応しい、“魔性の言葉”であっただろう。



「生き返るだなんて、随分と大きな事をおっしゃられるのね……」


「私は自らが用意するものに対し、一切の虚飾を述べない――私の口から出た言葉は、“全てが現実”となるからだ」


(くぅぅぅぅぅ……っ! 格好良いです、長官!)



 もう言いたい放題であった。

 こうなってくると、この男の独擅場であろう。



「そこでは一般的な湯だけでなく、炭酸泉や壷湯、岩湯、岩盤浴、水風呂や電気風呂、薬草風呂や塩ミストサウナ、ロウリュウサウナなど、様々なものを楽しむ事が出来ましてな。疲労が取れるばかりでなく、肩こりや腰痛、冷え性などにも効果が高いものばかりです。無論、湯上りの肌も若返る事でしょう」


「そ、そう、なの……」



 魔王の言ってる内容は、マダムには正確には伝わっていない。

 だが、それらが「とんでもないモノ」である事だけはひしひしと伝わった。聞いているだけで、今すぐにでも行きたくなる程だ。


 実際、この男が“それ”を建てた暁には、それは“現実”のものとなる。

 本来なら体力の回復を早める施設であるが、温泉に書かれている効果もまた、現実に即した“結果”を生むであろう。



「とても、楽しみね……いえ、それはいつ用意されるのかしら……」


「ここでの調べ物が終われば、すぐにでも」


「ぜ、是非、是非、伺わせて貰うわ。ルナちゃん、カキフライには内緒よ?」


(カキフライって! お前ら、揚げ物ばっかりか!)



 魔王が心の中で突っ込んでいたが、そんな表情はおくびにも出さない。だが、笑いを堪えているのか、煙草を持つ手だけは微かに震えていた。



「分かったわ。でも、マダムってば、相変わらず妹さんとは仲が悪いのね」


「ルナちゃんの所と同じよぉ? 姉妹ってのは中々、分かり合えないものなの」


(揚げ物同士、仲良くしろよ……)



 魔王が吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、満面の笑みでマダムと握手を交わす。一時はどうなる事かと思った遭遇であったが、無事に終了したようだ。

 その後、一行は賑やかに食事を楽しんでいたが、絹を裂くような悲鳴が響き、店内が騒然となった。


 外から響いてくるのは振動と、怒号。

 耳をすませば、叫ばれている内容は一つであった。




「「さ、サタニストの襲撃だぁぁぁぁぁぁぁ!」」




 ――魔王の表情が変わる。

 それはオモチャを見つけた子供のようでもあり、湧き上がる喜悦を抑えかねているような姿であった。



「晩餐会の余興に、丁度良い道化が来たようですな――――」



 その姿に、マダムが唾をごくりと飲み込む。

 そこには今までの姿とはまるで違う――“正真正銘の魔王”が居たからだ。





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