慈悲無き侵略
――聖光国 ラビの村
バニー達が畑に出て、人参の収穫をしている。
荒れた土地なので収穫できる数は少ないが、この大陸では人参を作れる農家が殆ど居ない為、バニー達の独占状態であった。
種族として持つ特有のスキルが、人参の栽培、育成を助けてくれるのだ。
だが、近年では雨が少なく、流石のバニー達ですらお手上げの状態が近づきつつあった。
「キョン、そっちの人参は?」
「ダメ……細いから売値が落ちちゃう。モモちゃんの方は?」
「こっちも良くない。水の魔石、また買いに行かないと……」
「最近、値上がりしてるよね……土の魔石も」
二人のバニーが成長の悪い人参を手に取り、その顔を曇らせる。
この国では人参が高く売れた――バニーにしか育てられないのだから。
だが、魔石の消費が激しくなれば、当然のように純利益は減ってしまう。年々、バニー達の生活は苦しくなり、貧しくなっていく一方であった。
最近では村を出て、東の獣人国へと行く者も多い。
だが、この二人は生まれ育った村に強い愛着を持っており、何とか踏ん張りながらこの地で生活していたのだ。
いつか来るであろう、決定的な破綻を感じながら。
――そんな所へ、魔王と聖女がやってきた。
「やはり、兎耳が付いている以外は人間と変わらんな」
「北方の国だと、バニーは可愛いからとても人気があるんだって」
「何処の世界も、ケモナーというのは居るもんだな」
「けもなー?? あんたってば、たまに変な言葉を使うわよね」
その瞬間から、魔王の脅威に“破綻”の方から逃げ出す事となった――
■□■□
「なるほど、水が無くて困っていると……」
“俺”はバニー達から話を聞きながら、畑へと目をやる。
正直、農業に関する知識など皆無である。
だが、単純に水を出せと言われれば、幾らでも出す事が出来る。GAMEで体力を回復させるのはペットボトルに入った水であったが、井戸があるエリアでは《滑車》というアイテムを使って大量の水を入手する事が出来たのだ。
GAME特有の理論で、それらはペットボトルに入れなければ、只の水であって使えないという設計であったが。
井戸が枯れてようが、何であろうが、「水を汲み上げる」と言う結果だけを生むアイテムなのだから、この世界でも使えるだろう。
「それにしても、こうして領民が困っているというのに、手付かずとは……全く、大した聖女様だな?」
皮肉を込めて言ってやる。これは、髪を引っ張られた礼だ――
攻撃ではないと判断したのか、バリアが働かなかったのが恨めしい……。
「しょ、しょうがないでしょ……ずっと、そう言う世俗の事には関わるなって教えられてきたんだから……!」
やはり、体の良い神輿という訳だ。
敵を討つ為には使うが、それ以外の事には首を突っ込むな、という事らしい。
敬して遠ざけられ、金の絡む話には口を挟ませない。
何処の世界でも、ままある話だ。
「あー、君はキョンと言ったか。この村に井戸はあるかね?」
「あ、あります……ピョン」
「……一応、聞くが。その取って付けたような語尾は何だ?」
「に、人間はこれを付けないとガッカリする事が多くて……ピョン」
「すまんが、普通に話してくれ」
何がピョンだ……ベタすぎるだろ。
最初に言い出した奴は誰だ。
「そっちはモモと言ったな。君も普通に話すように」
「分かったウサ」
「分かってねーだろ!」
くっそぉぉ……何なんだ、こいつらは!
思わずキャラを忘れて突っ込んでしまったじゃないか……! こいつら、ギャグで言ってるのか、真面目にやってるのか分からなくなってきたぞ。
「井戸はこっちになります……ピョン」
「あぁもう、早く案内してくれ」
思わずその耳を引っ張りたくなるのを堪えながら、村の中を進んでいく。
案内された先の井戸は、案の定、完全に枯れ果てていた。これでは農業どころか、魔石とやらが無いと、飲み水にすら困るだろう。
(さて、滑車は……下級アイテム扱いで5Pか)
ペットボトルが無ければ何の意味も無いという事で、その価値は低く設定されているらしい。
こちらにとっては至って好都合である――残りのSPは265。
病院や温泉を作る分を引いたとしても、まだまだ余裕がある。
(食料や飲料を直接作るのも良いが……当然、飲み食いしたら消えてしまうしな)
一概に食い物と言っても、GAMEには様々な物を用意していた。
各エリアで発見出来る物で言えば、クッキーや餅、食パンなどが代表的だっただろう。缶詰などにも無駄にこだわっており、チェリー、桃、蜜柑、パイナップルと様々な味を用意していたものだ。
栄養価の高い七草粥や、見た目も楽しめる各種の饅頭、アイスからマンモス肉やマンガ肉などと言う、現実にはないものまであった。
マンガ肉ってどんな味がするんだろうな……食いたくなってきたぞ……。
飲み物も水だけでなく、飲料を冷やす氷パックからスポーツドリンク、ビール、ウイスキー、ブランデー、日本酒、麦焼酎、米焼酎、栄養ドリンクなども各種揃えており、豊富なラインナップであった。
これらに加え、サツマイモやジャガイモ、タマネギやニンニクなど農作物や、メロンやイチゴ、蜜柑やリンゴ、キウィやライチ、マンゴーなどのフルーツ類も順当に揃えてある。
一つ一つを生み出していてはSPが幾らあっても足りないが、サンプルとして出せば、種から作れるものもあるのかも知れない。GAMEでは会場にバラ撒かれるアイテムは1901種類あり、そこへスキルでのみ発見出来るものが加わる。
全てを合わせれば、軽く2000種類を超えるであろう。
「やはり、大帝国に不可能は――うん?」
気付けば、全員から白い目で見られていた。
随分と長い間、思案に耽っていたらしい。
いかんいかん、GAMEの事を思い出すと、つい暴走がちになってしまう。
「さて、始めるか。下級アイテム作成――――《滑車》」
管理者権限を使い、滑車を作り出す。
思っていたより、かなり本格的な代物であった。
現実に出すと、こうなるのか。
「あ、あんた……いつも、何処から取り出してるのよっ! 何なの、それ!?」
「我が叡智の欠片――とだけ言っておこうか」
適当な事を言って煙に巻く。
俺にだって、説明のしようがないのだから。あの狂った座天使とやらが、GAMEの能力ごと引っ張ってきたんだろうが、そんな理論を科学的に説明しろ、などと言われても不可能だ。
それこそ、お前達が信奉する天使とやらに聞けと言いたい。
「さて、早速取り付けてみるか……」
「あ、あの、その井戸は、随分と昔に枯れたものなんです……ピョン」
「私の滑車は、水を汲み上げるという“結果”を生む。井戸の状態など関係無い」
「何を言ってるか分からないウサ」
「私には、お前達の語尾の方が分からんよ……」
滑車を取り付け、井戸の底まで下ろした後に引き上げる。
車輪が付いているので、力のない者でも簡単に引き上げる事が出来る仕様だ。思った通り、取り付けられた大きな桶にはたっぷりと水が入っていた。
「ちょ、ちょっと! どういう事なのよ、魔王!」
それを見て、ルナが体をがくがくと揺らしてくる。
興奮するのは分かるが、揺らすな! 水がこぼれるだろうが!
「モモちゃん、見て! 水があんなに入ってる!」
「嘘でしょ……何これ!?」
お前ら、普通にしゃべれるんじゃないか……。
頼むからそのままの口調でいてくれ。
俺は桶の水に指を入れ、それを口に含む――予想通り、“只の水”であった。
これが体力を20回復する水であったなら、流石に考え直さないといけないところだったが、只の水であるなら問題無い。
とは言え、水の魔石というものが商売になっている以上、これを公にするのは余り宜しく無いだろう。外向けには、あくまで枯れた井戸が復活した、という体で行くとするか。
「これは私の国の“魔法の滑車”だ。見ての通り、枯れた井戸からでも水を生み出すものでね。これが、どれだけの価値がある魔道具であるか、諸君らなら十分に理解出来るだろう? これが元で、戦争が起きてもおかしくない代物だ」
偉そうに言っているけど、5Pだから申し訳なくなってくるな……。
自分の言い様と、システム的に見た評価との乖離が激しすぎるぞ。とは言え、流石にルナやバニー達も自分の言いたい事は分かってくれたようだ。
「この村だけの秘密にしておきます……ピョン!」
「ありがとうございます! これで元気な人参が作れるウサ!」
やっぱり、こいつらわざと言ってるだろ。俺はもう突っ込まないからな?
しかし、農作物を作るとなれば、水だけでは片手落ちだ。
「中級アイテム作成――――《肥料》」
更にもう一つのアイテムを作成する。
大きなビニール袋に詰まった肥料を漆黒の空間から引っ張り出す。
名こそ肥料だが、実のところ、これはGAMEでは爆弾を作る為の合成アイテムであった。
まさか、こんな所で役立つとは思いもしなかったが……。
「この肥料を使うと良い。適切な使い方は、お前達に任せる」
肥料をどのくらい、どの時期に使うのかなど、自分には分かりっこない。
それこそ、農作業のプロに任せれば良い話だ。これも滑車と同じく、大地に栄養を与えるという“結果”を生むだろう。
人を殺す爆弾を生む為のものが、農作物を生み出すというのも何だか皮肉めいた話ではあるが……。
「モモちゃん、これ凄い肥料だよ! “大地の力”を感じるの!」
「す、凄い……“恵みの力”に満ち溢れてる!」
何を言ってるかよく分からんが、役立ちそうならまぁ良いだろう。
これで、この村にも多少の活気が出るというものだ。どれだけの施設を置こうとも、雰囲気の暗い土地になど、人は集まらない。
俺はその後、バニー達に細々とした注意を与え、この場を後にした。
「あ、あんたも……少しは良い所あるのね……」
「馬鹿を言え、私は聖人君子でも何でもないぞ? 良くするには理由がある」
「理由って何よ? ま、まさかバニー達にいやらしい事をっ!」
「アホか。病院を建てるにせよ、温泉を建てるにせよ、どうしても人手が必要になるんでな。バニー達にはそこで働いて貰うつもりだ」
バニーってのは見た目が可愛いから、客からのウケも良いだろう。
今でもBARだのラスベガスだのではレオタードに網タイツ、それに兎耳を付けたのが居るしな……古典的だが、廃れてないってのは人気のある証拠だ。
「さて、最低限の準備は整ったな。設置の方は、神都から戻ってからにしよう」
「向こうでは一杯、奢りなさいよね。服とかも見て回るんだからっ!」
「何でお前の買い物に付き合わなきゃならんのだ……」