容赦無き侵略
(都会に、近づいてきた感じがするな……)
“俺”はのんびりと景色に目をやりながら、そんな事を考える。
神都に近づくにつれ、乾いた大地が少なくなり、青々とした植物がよく目に入ってくるようになった。
道幅も大きくなり、時には馬車がすれ違う。道行く人間も多くなる一方で、街道沿いにある村なども中々に賑わっているようである。
―――だが、その村だけは違った。
大きな柵が村全体を囲んでいるが、人の姿が殆ど見当たらず、一種、異様な雰囲気を漂わせているのだ。
廃村、とでも言うべきだろうか?
村の規模がやけに大きい分、余計に寂れ具合が目立つ。
「ルナ、あの村は何だ? 随分と活気がないように思えるが」
「…………私の村よ」
「は?」
「だからっ、私の領地!」
おいおい、聖女ってのは国で偉い立場じゃなかったのか。
こんな寂れた廃村が領地って……。
「随分と寂れてるようだが、良いのか?」
「領地の経営なんて興味無いし。それに、教会から出向してきた人間が管理してるから、私の出る幕なんてないわ」
まぁ、実際ルナが領地の経営など出来るとは思えないしな。
馬鹿みたいな重税でも課して、反乱でも起こされるのがオチだろう。磔台の上でケツを叩かれるのが容易に想像出来る。俺の察するところ、こいつは魔法の力こそあれ、単なる“神輿”なんじゃないかと思う。
良いように担がれてはいるが、美味しい権益や旨みのある土地などからは、きっちり遠ざけられてるんじゃないのか?
本人もその手の事に興味がなさそうだし、良い操り人形だと言える。
浮かんだ考えを伝えるべく、悠へ《通信》を送って話し合う。
《私はそう考えているのだが、お前はどう思う?》
《同感です。恐らく、貴族や教会の上層部に巧く利用され、面倒な土地をあてがわれているのではないかと》
《ふむ。ならば――捨てられている土地を、我々が拾っても苦情は出まい》
《この村を使うと?》
《仮にも聖女の領地であるなら、横槍も少なかろう。好都合だ》
それっぽく言っているが、一番の理由は金が無い事だったりする。
大金貨とやらはかなりの価値があるようだが、流石に土地を買えるとまでは思えない。神都は首都のようだし、余計に値が張るだろう。
どうせ拠点は建てるのも仕舞うのも一瞬なのだから、ダメだったら別の所に建ててしまえば良い。
「ルナ、この村の一角を借りたい」
「へ??」
■□■□
村の中に入ると、面白い姿をした人間が目に入る。
頭にウサギの耳のようなものを付けた存在だ。最初は仮装でもしてるのかと思ったが、ルナが言うには《バニー》と呼ばれる種族らしい。
「まんま、兎耳人間だな……」
「その昔、智天使様が愛でられた種族なんだってさ。だから、数は少ないけどここに集まって暮らしているの」
「愛でる、ね……まるで隔離されてるようにも見えたが?」
「聖光国は基本……人間以外の種族を嫌うから」
ルナの顔に、少し寂しげなものが混じったような気がしたが、今はそれを聞いている時ではない。
聖女の村に病院を建て、多くの治療を施せば評判も良くなろうというものだ。
ここはルナの名と、立場を存分に使わせて貰おう。
「魔王様、ここで何をするんですか?」
アクがテクテクと歩いてこちらに来る。その姿を見ていると、何とも言えない喜びが湧き上がってきた。
アクはもう――自らの足で歩く事が出来る。
何だか、自分が足長おじさんにでもなったような気分になるが……。
「なに、ここで医者の真似事でもしようと思ってな」
「あ、悠様ですね! 悠様がお医者様になれば、国中から人が来ると思います!」
人が集まるという事は、“金を落とす”という事でもある。いっそ、病院の隣に《温泉旅館》も建ててしまおうか?
病人ってのは大体、老人が多いから温泉も好きな筈だ。
アクの様子を見ていると、水や湯に浸かるのは相当な贅沢のようだしな。
「長官、この辺りの場所でどうでしょうか?」
「少し、狭いな。隣に温泉旅館も建てようと思っているのでな」
「温泉ですか、それは素敵ですね……」
そう、女も大体、温泉好きだ。
こうなってくると、病院と温泉のダブル収入を目指した方が良い。抱き合わせで石鹸も売れば、良い売れ行きが期待出来るんじゃないだろうか?
自分やルナの評判も良くなるし、利用者もニッコリ笑顔、誰も損をしない完璧な計画と言って良いだろう。
「こ、これはルナ様……ようこそおいで下さいました。して、この方々は……ぁぇ!? そ、その方は人相書きにあった……!」
「そ、魔王よ。今は私の“協力者”なの――」
ルナが無い胸を張って、偉そうに言う。協力者と言うのは苦肉の策だ。
どうやら俺の顔は、人相書きとして既に神都などに出回っているらしい。正確に言うなら「魔王を名乗る男」らしいが……。
(どうにかして、噂の方向を変えなければな……)
魔王のような力を持っているが、実は親切な人だった、とか。
魔王だけど良い人だった、とか。
最終的には、温泉や病院を経営する大富豪だとか。
(我ながら、相当無理がある気もするが……)
だが、こちらには現実に建てられる病院や温泉があるのだ。
一つ一つ事実を重ねていけば、いずれは人々の誤解も解け、万人から歓迎される魔王になる筈だ……って、魔王になってどうすんだ。
ちなみに《野戦病院》はそこに居るだけで気力の回復速度が上がる拠点であり、《温泉旅館》は体力の回復速度を上げてくれる効果がある。
いずれも、この世界において唯一無二の場所になる筈だ。俺は場所を確保すべく、早速教会から派遣された人間との交渉を始める。
出来うる事なら、教会の人間など追い出してしまいたい。ルナはともかく、聖堂教会とやらが自分の味方をしてくれるとは到底、思えんしな。
売り上げの何割かをよこせ、なんて言って来られたら面倒すぎる。
「君が、教会から派遣された者かな? 今後、この村はルナと私で面倒を見る事になってね。教会とやらに戻り、その旨を伝えてくれたまえ」
最初にかます一発は、上から高々と――
「な”っ……し、しかし、それは……上の者にも相談しませんと……」
「上、ね……それは理屈が通らんな。本来の領主であるルナが、自ら手腕を振るうと言っているのだ。君や教会の上などというあやふやなモノが、この村における正当な領主であるとでも主張したいのかね?」
そのまま、一気呵成に畳み掛ける――
「い、いえ! そんな事は……この村は、ルナ様のものでございます……」
「ふむ――今、君の口から“答え”が出たようだ。では、行動に移りたまえ」
男が慌てた様子で家に入り、馬に乗って飛び出していく。と言うか、逃げた。
クソ……そんなに怖いのか、この顔は……。
まぁ、これで邪魔者は消えたという訳だ。これで思う存分、こちらの計画を進める事が出来る。
一連のやり取りを見ていたルナが、呆れたような顔で呟く。
「こういう時のあんたって、無駄に口が回るわね」
「心配するな。私に任せておけば、この村は必ず発展する」
「ぇと…………お小遣い、増えるのかな?」
「無論、約束するとも」
ルナには飴として、お小遣いUPをチラつかせてある。
根無し草の自分が何かをやり出せば、様々な横槍や嫌がらせも来るだろうが、仮にも神輿として担いでいる聖女は排除出来まい。
「さて、この村の人間……いや、バニーから少し話を聞きたい」
「それは良いけど……あんた、変なものを建てないでよ?」
それには答えず、ルナの尻を軽く叩く。
パァン! と良い音が空に響いた。
「ひゃん! な、なななな何すんのよ!?」
「ふむ、特に意味は無い。単なる景気付けの一種だな」
「こんの変態~~~~! 私の可愛いお尻をずっと触りたかったんでしょ! そうなんでしょ! そうだって言え!」
「寝言は寝……いたたっ! 髪を掴むな、阿呆!」
貧しいバニー達が肩を寄せ合いながら住む村――「ラビ」
この地に魔王が訪れた事により……
村は、急激に運命の転換を迎える事となった。
遂に魔王が牙を剥き、残酷な侵略を始めたようです(棒)