冒険者達
――聖光国 某所
そこは地下とは思えない広大な空間であった。
サタニストの本拠地、それも幹部の連中が集まる場所である。そこでは先日の襲撃について話し合いが行われていた。
「ウォーキング、奈落まで持ち出してあのザマか?」
「指揮は達者なようだが、相変わらず臆病癖は抜けんと見える」
交わされる会話はウォーキングに対する罵倒が多い。
だが、彼は反論する事もなく、じっと堪えていた。誰があの場に居ても、敗退していただろうと確信しているからだ。
「あの龍人は尋常ではない力を持っていた。それだけだ」
捨て台詞のように言い放たれた言葉に、他の連中が更にざわめく。
だが、最奥の椅子に座る人物が手を挙げた途端――部屋が静まり返った。
サタニストを導く者、ユートピアがその重い口を開く。
「その男より、私は“魔王”が現れたという噂の方が気になるのですよ」
誰もその言葉には返事が出来ない。
魔王の降臨は彼らの宿願であったが、願いの祠に赴いた者は誰一人帰って来なかったのだ。失敗した、と見るのが妥当であろう。
既に神都には、「魔王を名乗る存在」の人相書きが出回っているが、あれはどう見ても人間の男だ。何処か凄みのある顔付きであったが、流石にあれを魔族と言うのは無理がある。
「悪魔王が蘇ったが――魔王に殺された、という話もありましたね」
ユートピアが更に放った言葉に、全員が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。自分達が降臨を願って止まなかった魔王に、悪魔王が殺されてしまうなど余りにも荒唐無稽な話である。
悪魔王の復活すら噂に過ぎないものだが、それが魔王に殺されるなど幾ら噂とはいえ、聞いていて気分の良いものではない。
「いずれにせよ、奈落には更なる“生贄”と“力”が必要です」
それは更なる混乱と、流血を齎せ、という指示。
全員がそれを聞き、深く頷く。彼らにとって、この国の病魔は癒せぬ所まで来ていると考えているのだ。
ならば、全てを灰にしてから立て直すしかない、という考えなのだろう。
「――神都を滅ぼし、玉石ともに奈落へと放り込みましょう」
ユートピアの口から出た言葉は破滅の宣言。
幹部の連中が慌しく席を立ち、其々が準備をすべく部屋を後にした。部屋に残ったのはユートピア一人である。
「グレオールの愚か者が――何の“小石”に躓いたのやら」
誰も居なくなった部屋に、ユートピアのそんな呟きが漏れた。
■□■□
――神都 酒場「ノマノマ」
神都で一番、冒険者が集う酒場と言えばここだろう。
冒険者はランクの高低に関わらず、初期から愛用している店に通う傾向がある。
うだつの上がらない頃から世話になっていた店に、強い愛着を持つ者が多いのだろう。
そういう意味では、この店には世話になった者が多く、出世した後も通い続ける者が非常に多い。
元は小さな酒場であったこの店も、度重なる拡張を続け、今では神都一の規模を誇る名物店へと成長したのだ。
店と客が共に成長を続けた、稀有な例と言って良い。
「魔王だ、ありゃ魔王だ、間違いない!」
ミカンが店の女主人に対し、愚痴とも何とも言えないものを洩らす。その手には冷えたエールが握られており、かなり酔っているようだ。
どうも、先日出会った魔王が忘れられないらしい。
「魔王ねぇ……そいつは良い男なのかい?」
それ聞いた女主人は何とも豪快な台詞を返す。
彼女の名はイエイ。
恰幅の良い、五十代のおっかさんといった風貌である。面倒見が非常に良い為、彼女を慕う冒険者は非常に多い。
「……ダンディーなおじ様だった。私の心とお尻に空いた穴を埋めて欲しい」
「なっはっは! ユキカゼちゃんは相変わらずだねぇ。男なんざタマを握っちまえばこっちのもんさ」
ユキカゼが牛乳を飲みながらトンでもない台詞を吐いていたが、イエイもそれを聞いて豪快に笑っていた。
二人とも素面でこれなのだから、酔えばどうなるのか恐ろしいものである。
この中でも常識人とも言えるミカンは、耐え切れずに顔を赤くして叫ぶ。
「ユキカゼ、あれは魔王なのよ? あんた、分かって言ってんの!? 大体、あんたは男でしょうが!」
「……ミカンは無知。男の娘はちゃんと妊娠出来る」
「その牛乳、アルコールでも入ってんの!?」
酒場に居る男達は、それらの会話を聞いて顔を歪めていた。
自分達が全力で愛するアイドル、「ユキカゼたま」の心を奪った存在が現れたと聞いては、とても平穏では居られなかったのだろう。
「その男……ゆ”る”さ”ん”」
「何が魔王だ! 誇大妄想を拗らせた奴に違いないぞ」
「拙僧はむしろ、ユキカゼ殿に妊娠させられたいでござるよ」
「アホゥ! 寝言は寝てから言え!」
彼らはユキカゼファンクラブの一員として、チームの垣根を越えた同盟を結んでいる。様々なグッズを作成し、時には薄い本を出したりもしていた。
中には、マントに彼女の姿が描かれた痛マントを身に着けている者までいる。
何処の世界でも、ファンが取る行動は同じらしい。
「大体ね、三百頭近くの砂狼が居たのよ……? それを一瞬で焼き滅ぼすなんてありえないわ! あれは災いを呼ぶ存在よ!」
「……ミカン、おじ様に命を救われた事を忘れたの?」
「う”っ……そ、それは、そうだけど……」
「……恩には体で返すべき」
「それはあんたが勝手にやってなさいよ!」
今日もノマノマの喧騒は果てしなく続く。
だが、その中でも一人の男が剣を膝に抱え、誰とも会話を交わす事も無く、度数の強いワインを立て続けに空けていた。
この国では著名な剣士、“剣閃のアルベルド”と呼ばれる男である。
一剣を以って、全てを切り伏せてきた剣豪だ。
「カッカ、魔王を名乗る男か……良い功名の種が転がりこんできやあがった」
噂となっている存在を斬る――どれだけの名声と富が転がり込んでくるか。
彼はそれを想像し、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
■□■□
――神都 酒場「アルテミス」
ここは冒険者の酒場ではなく、貴族が愛用する“超”が付く高級店である。
店の中は静謐と言える空気が満ちており、喧騒などとは程遠い雰囲気であった。
店の隅では、二人組の女性が静かに食事を取っている。
周囲が貴族だらけの中、冒険者の格好をしている彼女達は浮いた存在であったが、それに対し、文句を言う者は居ない。
世界的に著名な冒険者、Sランクに位置する“スタープレイヤー”と呼ばれる存在であるからだ。
彼女達の話題は魔王ではなく――“龍人”であった。
「オルガン、本当に龍人だと思う?」
女がシチューを口に運びながら言う。
その女が着ている服は聖なる力に満ち溢れており、純然たる僧侶といった格好であった。下級悪魔などであれば、近寄る事すら難しいであろう。
だが、何よりも特筆すべきはその胸部であった。
服がはち切れんばかりに盛り上がっており、傍目から見ても苦しそうである。
女の名はミンク。
隠れも無いスタープレイヤーの一人であり、その美しい青髪と大きな胸は男の目を惹き付けて止まない。
「無い――と言いたいところだが、世に100%は存在しない」
オルガンと呼ばれた女が、サラダを口にしながら返す。
サラダには何の調味料もかかっておらず、そのまま口に放り込んでいるようだ。
その体は子供のように小柄であり、全身を黒いローブで覆っている為、その容貌までは分からない。
ただ、小さな口でサラダをモグモグと頬張っている姿は可愛らしくはある。
彼女は非常に珍しい混血児――“魔人”であった。
国によっては討伐の対象となる為、正体を隠し、活動拠点を次々に変えながら生活している。
聖光国は当然、魔の存在を認めておらず、旅の途中で立ち寄ったに過ぎない。
今ではもう、彼女の事を魔人と知る者は世界中を見回してもミンクしか居なくなった。知った者を――全て消し去ってきたからだ。
「でも、夢がある話よね。悪を憎む龍人なんて」
「本当に居るなら、獣人国が放っておく訳がないんだがな」
「野生の龍人、とでも言うのかしら?」
「馬鹿馬鹿しい。居るなら是非、見てみたいものだが――」
同じ混血児であるというのに、龍人は尊ばれ、魔人は忌み嫌われる。
オルガンからすれば理不尽でもあり、片腹痛い存在でもあった。
「噂では魔王が現れたとも聞いたわ。私の“闇”も、そう訴えてる」
「お前は僧侶だろうが……何が闇だ」
「この右目の疼き……間違いないわ。世界を混沌に陥れる魔王が降臨し、私達はそれを討つ闇となるの」
「お前は何を言っているんだ」
残念な事に、ミンクは中二病を患っていた。
何処のチームも、片方はおかしな事になるルールでもあるのかも知れない。
そんな冒険者達の思惑も知らず、魔王が神都に近づきつつある。
時を同じくして、サタニストも水面下で活動を開始していた。
近い将来、神都で起こるであろう騒乱は、もはや避けられそうもない――