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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
二章 黄金の聖女
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金色のルナ

「――見つけたわよ! 魔王っ!」



 自分の叫び声に、店内がざわめく。

 ちょっと不味かったかも知れない……魔王の討伐はお姉様達に知らせず、勝手に城から抜け出して来てしまったのだから。

 変に騒ぎになると、神都にまで届くかも知れない。そうなってしまうと、どんな横槍が入るか……。



「ふむ、この国では――ドアを蹴破るのがマナーなのかね?」



 魔王の言い様に、頭の血管が切れそうになる。

 テーブルには先日とは違う格好をした二人が居たが、その服は随分と高価な物だ。まさかとは思うが、自分のお金が無くなっていたのは……。



「あんたね……私のお金を盗ったのは!」


「ディナーの席を騒がし、挙句に盗人呼ばわりかね? いやはや、この国の見識を疑うな」


「ふざけないでっ! あれは私が貯めてきたお小遣いなのよ!」


「額に汗して働いた訳でもあるまい? 国のトップがこれでは、治安が乱れるのも無理はないな。少しは民衆の声に耳を傾けてはどうかね?」



 この魔王、話題を逸らして――人の金を盗ったのを有耶無耶にしようとしてる!

 その狡猾なまでの話術に、握った拳が震えてきた。

 現に魔王は自分から目を逸らし、あらぬ方向を見ている。



「返して、私のお金……! そして、死ねっ!」


「言い掛かりの次は言葉の暴力かね? 世にも恐ろしい聖女が居たものだ」


「うるさいうるさいっ! 馬鹿っ! 変態! 泥棒! 死んじゃえ!」


「そう叫んでないで、まずは席に着いたらどうだ。 ここが食事をする場所なのだという事を忘れていないか?」



 魔王のそんな声に、周囲が何となく同意している気配を感じた。

 何で、何で、こっちの形勢が悪い感じなの……。

 この魔王――周りを巻き込んでこっちを封じ込める気だ!



「誰があんたの言う事なん――」


「お前――また、躾されたいのか?」



 魔王の鋭い眼光が、自分の全身を飲み込む。

 その右手がゆるりと持ち上がった時、お尻へ電撃が走り、得体の知れない鼓動が胸から突き上げてきた。



(嘘……何これ……)



 顔がリンゴのように赤くなり、息も荒くなっていく。

 遂には立っていられなくなり、へなへなと座り込んでしまった。



「分かってくれたようで何より。皆さん、お騒がせしました――僭越ながら、これは私からの気持ちです」



 魔王が優雅に一礼し、テーブルに一本ずつワインを付けるように注文する。その声に店内から明るい声が漏れた。

 この店のワインは、決して安いものではない。

 柔らかい笑みを浮かべた魔王が周囲に手を振って応え、座り込んだ私を抱えてテーブルへと戻る。


 何で、どうして、こんな事になってるの……?

 気が付けば、魔王が注文した料理が前に並べられ、夕食の席となっていた。



「私の奢りだ――遠慮なく食べたまえ」


「馬鹿っ! むしろ私の奢りでしょ!」


「ふむ、まぁ――そうとも言うな」



 魔王がカラリと笑い、不覚にも――その子供っぽい表情にドキリとした。

 この変態魔王、妙な魔法でも使ったんじゃ……っ!




 ■□■□




「ぁの、聖女様、ごめんなさい! 魔王様は決して悪い人ではないんです!」


「あんた馬鹿ぁ? 良い魔王なんて居る訳ないでしょ!」



 ルナが叫びながらも、次々と肉やサラダを口に放り込んでいく。

 お腹が空いていたようだ。

 その姿を見て、“俺”は改めて考える――



(それにしても……「聖女」とは一体、何だ? 智天使とは?)



 何故、この世界はGAMEのスキルやアイテム、管理機能などが使えるのか。

 余りにも分からない事が多い。

 単純に――「九内 伯斗だから」という事なのだろうか?

 それとも、自分がGAMEの管理者であるからなのか? これから聖女に問おうとする内容を考え、まずはテーブルの下でアイテムを作成する。


 漆黒の空間へ手を伸ばし、作成した小さな機械を取り出した。

 これは《プライバシーシステム》と呼ばれるもので、聞かれたくない会話を情報マスキング音でカモフラージュするものだ。

 GAMEでは他プレイヤーの《通信》を妨害する装置だったが、ネットの発達と共に《通信》は廃れ、遂にはGAME会場から廃棄されたものだった。



(この環境だと……「No19.ファミレスの喧騒」で良いか)



 装置をセットすると同時に、自分達の声が喧騒に溶け込み、周囲に音の壁が出来上がった。アイテムがちゃんと効果を発揮している事につい、頬が緩む。

 何はともあれ、これで準備は整った――



「ルナと言ったな。この機会に幾つか聞きたい事がある」


「な、なによ……」



 何でこいつはこんな警戒してるのか。いや、自分の所業を思えば当然か?

 予定外の事ではあるが、国の中枢部に居る人間から、色んな事を聞ける絶好の機会だ。様々な疑問をぶつけてみるべきだろう。



「ルナ、日本やアメリカといった国に、聞き覚えは?」


「はぁ、なぁにそれ? と言うか、勝手に呼び捨てにしないで」



 ピンク色の瞳をぎょろりとこちらへ向け、威嚇してくる。

 何だか毛並みの良いチワワみたいだな。



「では、GAMEや大帝国、インターネット、などという単語に聞き覚えは?」


「さっきから何言ってんの? 馬鹿なの? 今すぐ死んで」


(どんだけ口が悪いんだよ、こいつは……)



 アクもようやく落ち着いたのか、料理を少しずつ口に入れては、幸せそうな顔をしていた。その顔を見て、何とか精神を落ち着かせる。

 とてもではないが、目の前のチワワと同じ生物とは思えない程に清らかだ。



「淫乱ピンク――智天使とは一体、何だ?」


「だ、だだだ誰が淫乱よっ! あんた、私を何だと思ってるの!?」


「チワワ、さっさと聞かせろ。お前と違って、私の時間は貴重なんだ」


「わ、私の時間だって貴重なんだからっ! 大体、チワワって何よ!」



 ルナを宥めすかしながら、少しずつ話を聞いていく。

 智天使に関しては、アクから聞いていた話とそう変わりは無い。

 ただ、他にも二人の天使が居たらしい。

 智天使は悪魔王を封印した後に消滅し、他には座天使と熾天使というのが居たらしいが、姿を見せなくなって久しい、との事だった。



(三人の天使、ね……なるほど、わからん)



 西洋と言うか、そっち方面の話に疎い自分にはさっぱり分からない。

 この機会に、あの石像の事も聞いておくべきか? こいつなら、何かを知っている可能性がある。



「願いの祠に置かれてあった――“石像”を知っているか?」



 その問いに、ルナの顔が少し歪む。

 やはり、こいつは何かを知っているようだ。



「あれが、座天使様だという不心得者も中には居るわ……いずれ、神罰が下るに違いないんだから」


「あれが、座天使……?」



 確かに、元は白き姿だった――とか言ってたような気がする。

 だからと言って、自分にはどうする事も出来なかったが。要するに悪堕ちした天使とか、そういう感じなんだろうか?

 エロゲーだと「座天使陵辱 ~肉棒に穢されて~」とかってタイトルでありそうな感じがするが。



「お前達の信じる智天使の教えとは、どういったものだ?」


「あら、魔王の癖に智天使様の教えを請いたいって訳?」



 ルナがほんの少し笑顔を見せ、得意気な顔で語り出す。

 と言っても、その内容は宗教と言うよりは、セミナーのようなものだ。努力し、自らの力を高め、困難に打ち勝つ。努力する者には天使が微笑み、大きな力と加護を与える――大雑把に言えば、そんな内容であった。

 まぁ、言っている内容はそれ程おかしくはないが……。



「つまり、人も地域も、格差があって当然――という訳か」



 努力によって変わる。

 なら、頑張った者は富み、頑張らなかった者は貧しいまま、という訳だ。アクを見ていると、単純にそうとも言い切れない気もするが。



「努力の差を格差と呼ぶなら、そうでしょうね。私は常に努力してきたもの」


「ぼ、僕知ってます……聖女様は、孤児院から才能を見出されたって……」


「……昔の話よ」



 アクが途中で挟んできた言葉に、少し興味が湧く。

 その話が本当なら、確かにこいつは自力で這い上がったのだろう。だからこそ、その教えに傾倒しているのかも知れない。

 いや、その教えが正しかったと――幸運にも“実感”したのだ。



「なるほど――野心と功名心に溢れる訳だ」


「なぁに、その含みのある言い方は?」



 ピンクのジト目がこちらへ向く。

 こいつは仮にも、魔王と呼ばれる存在を単独で討とうとしたのだ。他に二人居ると言われている聖女も連れず、たった二十人ばかりの軽兵を連れて、だ。

 成り上がった人間特有の――功名心と、抜け駆けであろう。



「察するところ――“他の二人”が邪魔なようだな」


「な”っ……な、なな何を根拠に言ってんのよっ」


「――隠すな。私には分かる」



 自信満々に言い放ったが、特に意味はない。

 “出来る大人”っぽい台詞を、一つぐらいほざいておこうと適当に言っただけである。それに対し、相手が全力でボロを出してきただけだ。


 この聖女は、まともな対人接触の経験がないんだろうか?

 まぁ、この偉そうな態度と口の悪さを見ていると、友達など居そうもないしな。



「――――“ぼっち”」


「う”っ……! き、急に何を言ってんのよ……」


「いや、なに。ぼっちぼち、店を出ようかな、と……」


「そ、そそそうね……私も忙しい身だし!」



 聖女の目が落ち着きなく動き、慌しく席から立ち上がる。

 何て分かりやすい奴だ。



「私はググレという宿に泊まっている――何か用があるなら来ると良い」


「あんたに用なんてないわよっ! バカ!」



 聖女――ルナが飛び出すように店を出ていき、辺りに静寂が戻った。

 自分達もそろそろ、部屋へ戻って休むべきか。

 会計を済ませ、アクを連れて店を出る。優雅なディナーの筈が思わぬ展開となってしまったが、得た物も多い。



「……魔王様は優しい時と、いじわるな時がありますね」


「私はいつだって紳士だ。ただ――相手を選んでいるに過ぎん」


「聖女様はとても偉いんですよ? 魔王様は――わわっ!」



 それだけ言うと、アクをお姫様抱っこの形で抱え、宿へと戻る。

 流石にこの可憐なドレス姿をおんぶやら、肩車する訳にも行かない。周囲からの視線が少し痛かったが、旅の恥は掻き捨てと言うしな。



「や、やっぱり……優しい、と言いなおします……」


「ん? 今日は、久しぶりに良いベッドで眠れそうだな――」



 二人が笑みを浮かべ、平穏に夜が過ぎて――いかなかった。

 部屋に戻ってすぐ、ルナが扉を激しくノックしてきたのだ。扉を開けると、そこには涙目になっているルナが居た。



「バカっ! あんたの所為で泊まるお金が無いじゃないっ!」



 その姿にほんの少し同情心が湧いたが、こんなうるさそうな奴を泊めるのは絶対にゴメンであった。偏見だが、寝言までうるさそうな感じがする。



「野宿でもしろ。ついでに風邪でも引いて、熱を出せ」


「ふっざけんな! あんたの所為でこんな事になってんでしょうがっ!」


「ま、魔王様……聖女様が風邪なんて引かれたら大変ですよ」


「仕方ない……ほれ、金は返すから何処にでも泊まれ」



 余り付き纏われるのも面倒臭そうなので、金の詰まった皮袋を返す。

 そろそろ、自分で金を稼ぐ手段も見つけないとならないだろうしな。これが丁度、良い機会かも知れない。



(ん……?)



 金を返したというのに、ルナは扉の前から動く気配がない。

 それどころか益々、涙目になっていく。

 何だ? まだ金はたっぷり残っていた筈だが……。



「し、ししし仕方ないから、私もここで泊まってあげるわっ!」


「はぁ???? お前、頭は大丈夫か?」



 こいつは一体、何を言ってるんだ?

 これもう、わかんねぇな……。



「こ、ここは私のお金を使って泊まってるんじゃない! なら、私が泊まるのなんて当たり前でしょっ!」


「……ぼっちを拗らせると、こうなるのか」


「誰がぼっちよ! どきなさい、私が一番良いベッドを使うんだから!」



 こうして“聖女”と“魔王”と“悪”という妙な組み合わせが出来上がった。

 夜はまだまだ、騒がしそうである。




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