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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
二章 黄金の聖女
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悪の御嬢様

 ――人気服飾店 「ファッションチェック」



 店主が店に入ってきた二人へ鋭い目をやり、上から下まで一瞬でチェックする。

 黒い髪に、見慣れない服――完全に他国の人間であった。

 とは言え、この街は他国の人間には非常に寛容だ。交易で持っている街なのだから当たり前とも言えたが、気質的にもこの街は明るい。


 だが、店主が眉を顰めたのは――その後ろに居る子供だ。

 乞食一歩手前、とも言えるような粗末な服を着ている。前の男と比べれば、そのアンバランスさはどうにも拭い難い。



(奴隷か……?)



 幾ら他国の人間であっても、奴隷は不味い。

 本来なら街の外で待機させるなり、預かって貰うなり、あからさまにはしないのが最低限のルールだ。

 この客の身なりは非常に良いが、その辺りの暗黙の了解を知らないのだろうか?



「いらっしゃいませ、今日はどのようなものをお探しでしょうか?」



 にこやかな営業スマイルを浮かべ、男へ話しかける。

 会話の中でそれとなく探り、指摘するしかないだろう。下手にこちらにまで飛び火してきたら堪ったものではない。



「すまんが、この子に似合う服を用意してやってくれ」


「ど、いえ……こちらのお客様に、で間違いないのでしょうか……?」


「うん? そうだが」



 奴隷に服を用意する?

 もしかして、そういったプレイでも楽しんでいるのだろうか。良い服を買い与え、それを無理やり破い……いや、そこまで深く考える必要はないだろう。

 商売は商売だ、金を払うと言うなら藪を突く事はない。後は、奴隷でない事を確認すれば良いだけの事だ。



「私は人の服を選ぶのが苦手でな。プロに任せるよ」



 そう言って男が懐から皮袋を取り出す。

 見た目からして、かなりの重さがありそうだ。思わず、喉がごくりと鳴る。

 もしかすると、この客は金貨の一枚でも落としてくれるのではないか?そんな嫌らしい予感が胸をよぎる。



「これが一番、大きいな……こいつで頼む」



 男が無造作に取り出したものに、仰天する。

 取り出しただけで、店内が明るくなる程の眩さ――「大金貨」であった。



「な”っ……お、お客様……そ、それで選べ、と……?」


「うん……? 足りないのか?」


「滅相もないっ! 今すぐに、すぐに、御用意させて頂きます!」



 物珍しそうにあちこちを見ていた“高貴な御嬢様”をエスコートさせるべく、全従業員を呼び付ける。念の為、今日は休日の者も呼ぶように指示を伝え、同時に飲み物を用意させた。

 人生で今、一番頭が回転しているかも知れない。



「それと、煙草を吸いたいんだが、灰皿を」


「この手にッ! どうか、この手に灰を落として下さいませっっ!」


「怖ぇーよ! そういうのじゃなくて、普通の灰皿と、何処か座れる椅子を」


「この背にッ! どうか、この背にお座り下さいませッッ!」


「怖ぇーよ! 何だ、この店!?」



 二人が無限ループを繰り返している間、アクは店員にエスコートされ、見た事もないような沢山の服に囲まれる事となった。




 ■□■□




 店内が見た事もないほどの活気に包まれている。

 休日であった者も駆り出され、五人もの店員が慌しく走り回っているのだ。

 それらがアクに張り付き、あれよこれよと様々な服やアクセサリー、帽子などを持ち寄って時ならぬ大騒ぎとなっていた。


 無理もない、魔王が――「大金貨」を出してしまったのだから。

 智天使が残した、数が限られている「ラムダ聖貨」を除いては一番上の通貨なのだ。大金貨など、国を代表するような大商会の者でなければ、お目にかかる事はあるまい。


 店主が奮発し、アクが気に入った服を運んだ者には銀貨一枚の臨時ボーナスを出すと言った事で、店員達の目にも完全に火が灯ってしまった。

 そんな事も知らず、魔王は窓の外に目をやり、活気に満ちた大通りの風景を見ては頬を緩めている。


 どうやら、賑やかなのが嫌いではないらしい。

 異世界へ来た事を、しみじみと実感しているような姿であった。暫くすると、後ろにかかっていたカーテンが開かれ、アクが姿を現す。



「ぁ、あの……に、似合いますか……?」


「お、おう……」



 白いドレスを身に纏ったアクに、魔王が密かに息を呑む。

 妙な所で大雑把な魔王は、アクの性別も知らないまま適当に店に入ったのだ。

 そして、出てきたのは――小さなお姫様である。



「如何でしょうか、お客様……良ければ、他の物もお持ちしますが」


「そ、そそそうだな……似合うものは全て貰おうか」



 動揺した魔王が煙草の灰を床に落としたが、店主の動揺の方が大きかった。



「す、すすす全て、でございますか……お客様……」



 その言葉にアクが何か言いそうになったが、店主の声の方が遥かに早かった。



「みんなっ! 早くッ! 御嬢様に、最高の服をッッッ!」


「「はいっ!」」



 こうして数え切れない程の服や下着、靴などが次々と購入されていく事となった。何を見ても、魔王が「似合う」と言った為である。

 確かに、アクは何を着てもよく似合うのだ。

 可愛らしいものだけでなく、ボーイッシュなものを着ても非常に合う為、得な顔をしているとも言える。


 購入した物が次々と宿へと運ばれ、宿屋の主人まで目を剥く事となった。

 だが、何と言っても最高級の部屋に泊まる“お大尽”である。さもありなんと頷き、上客の到来に思わずガッツポーズを作った。


 こうして、魔王とアクは一瞬で「他国の王族」「北方の大富豪」などと噂されるようになり、その周辺は益々騒がしくなっていく。

 魔王が聞けば大笑いし、アクが知れば失神するだろう。




 ■□■□




 買い物を終え、宿屋ググレに連結しているレストランに二人が現れた。

 魔王はいつものスーツではなく、白いシャツの上に黒いタキシードを着ている。

 胸元にもポケットチーフを入れ、中々の伊達男っぷりであった。アクも最初に着た白いドレス身を包み、目を奪うような可憐な少女となっている。

 店内の客達は嫌らしくない程度に二人に目をやり、話題のタネの一つとした。



「余り見慣れない服だが、あれが北方の流行なのか?」

「都市国家郡で、似た服を見た事があるぞ」


「あの二人、親子かしら?」

「いや、違うな。そんな空気じゃあない」


「噂じゃ、小国の王族らしい」

「とんでもない富豪と聞いたぞ。さしずめ、商売の下見ってところじゃないか?」


「あの少女の服の為だけに大金貨を使ったとか?」

「よほど、溺愛しているようだな……」



 其々が好き勝手な事を話す中、二人がテーブルに着き、メニューを広げる。

 魔王はボーイへ適当に注文すると、先に一番良いワインを持ってくるように言った。遠慮もクソもない態度である。

 その姿を見て、余計に周りの勘違いが進むのだが、本人はそんな空気を知りもせず、実にマイペースであった。



「入るなり、一番良いワインか」

「商人ではなく、鉱山の主かも知れんな」



 そんな声を尻目に、魔王がおもむろに煙草へ火を点けた。

 この世界でも葉巻めいたものがあるが、れっきとした交易品であり、一本で幾らといった値段が付けられる高級品である。

 彼の持つ煙草は見た事のない白色であり、それだけで人の目を引いた。


 全員が密かに注目する中、彼は運ばれたワインに口につけると「合わんな」と一言洩らしたのだ。一体、普段は何を飲んでいるというのか。

 しかも、何を思ったのか一番安いエールを注文し直し、それに口を付けるとニッコリと笑顔を見せたのだ。



「うん、リーマンにはやっぱりこれだな。最初の一杯はこれに限る」



 リーマンという聞き慣れない単語であったが、地方の名なのだろう、と客達は勝手に脳内で変換する。

 何せ北方は10ヶ国近い国が群雄割拠しており、北東には都市国家郡まである。

 聖光国からすれば、他国は未だ野蛮な――乱世の状態であった。




 ■□■□




(格好付けるとロクな事にならんな……)



 “俺”はエールで口直しをしながら、運ばれてきた肉を切り分け、口へ放り込んだ。こっちは中々にいける肉だ。昼間食ったモノとは違う。

 本当はGAMEで使われていた大帝国製の物を食ったり、飲んだりしたかったが、SPの消費は出来る限り避けなければならない。



「本当に、夢、みたいです……」


「……うん?」



 前を見ると、アクはテーブルの上の料理に何も手を付けていなかった。

 真っ白なドレスに、頭には王冠のようなティアラまで載せられており、何処かのお姫様のようにも見える。



「ありがとうございます。僕なんかに、こんなに、一杯……」


「気にするな。それより、冷めない内に食おう」


「気に――しますよ」



 アクから向けられる、強い視線に思わず手が止まる。

 左右の異なる瞳――赤と碧の光に、思わず気圧されたのだ。見ているだけで何やら神秘的なものを感じてしまい、つい視線を逸らしてしまう。



「どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」


「……別に、良くしたつもりはないが」



 実際、良くしたつもりなどない。

 俺のやった事と言えば、襲ってきた化物をブチ殺して、挙句に軽い放火魔と化し、聖女にスパンキングをして金を強奪したに過ぎない。


 改めて並べると、酷いもんである。

 自分のやってきた所業に思わずエールを噴き出しそうになった。正当防衛とはいえ、鬼畜と呼ばれても仕方があるまい。



「この恩を、どう返せば良いのか分からないんです」


「別に返す必要など無い。そもそも、恩なんて与えたつもりもないしな」



 言いながら、次々に肉を口へ放り込む。

 冷めた肉とぬるいビールは、この世で俺が最も嫌うものだ。

 特にぬるいビールは酷い。愛する酒がこの世で最も不味くなる様には、人生の無常さすら感じてしまう。



「魔王様、何でも言って下さい。僕に出来る事なら何でもしますから」


「ん? 今、何でもするって言ったよな?」



 その言葉と同時に、店の入り口から大きな声が響く。

 それどころか、ドアが蹴破られていた。



「――見つけたわよ! 魔王っ!」



 そこには先日、スパンキングをした聖女が顔を真っ赤にして立っていた。

 心なしか息も荒く、興奮しているようだ。

 故に、俺が返す言葉は一つしかなかった。



「また君か。ストーカーを注文した覚えは無いんだが――」



 第二次聖女大戦の開幕である――





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