ウルフズ デイ
裏庭で鍛錬中、兄様に急に怒られた。
「心ここにあらずだな。どういうつもりだ?」
「すいません...兄様。」
私は手を止め、荒い息をつく。
何事かと、三兄弟もこちらを伺っている。
「何かあるなら言え。悩みがある状態で鍛錬してもいい結果にならない。」
兄の言うことは最もだ。もしかしたら兄様は簡単に私の問題を解決してくれるかも知れない。
そんな期待を胸に、私は兄様に悩みを相談した。
「一つ教えてほしいのですが、兄様はどうやって主様の信頼を勝ち取ったのでしょうか。」
「...信頼を?」
兄様は顎に手を当て、考える仕草をとる。
「私は信頼されているのだろうか?」
「少なくとも私よりは...。」
「だが、私はまだ信頼されていないと思っている。」
「それは...なぜですか?」
「最近特にそう思うのだ。あのミアとララという子達が来てからな。」
「あの2人ですか...。」
私は苦い顔をしていたんだろう。兄様が苦笑した。
この前、私はあの2人にあっさり敗北したばかりだ。こちらから挑んで、一度も打ち合わず一方的に敗北した。あんな負け方は初めてだった。
その屈辱はいつか晴らしてやると思いながらも、どうやれば勝てるのか今のところわからない。
もしかすると、兄様ですら勝てないのではと馬鹿なことを思ってしまう。
「今の近衛隊であの2人に勝てるものはおそらくいない。」
私の考えを見透かしたように兄様が告げた。
自分でも勝てないと。
「それに主様はあの2人に背を許している。どちらが信頼されているか一目瞭然だ。」
「背を許す?」
「気づいていないのか?我らも護衛という名目で後ろに立つことはあるが、一定の距離を取られている。手を触れようとすればその前に気づかれるぐらいに常に警戒されている。意識的なものか、無意識かわからないが。」
「あの2人は違うと?」
「あぁ、全く違うな。私ではあの距離に近づけん。」
「そうなのですか...。」
私が落ち込んだように見えたのか、3兄弟が近寄ってきた。
「なんだなんだ?ユリウス、主様と仲良くなりたいのか?」
「ちげーよ。グリ、信頼されたいんだよ。」
「リン兄ちゃん、それどう違うの?」
「え、ほらなんていうか...。」
「イチ兄?」
「気を許してもらいたいってことだな。」
「主様、気を許してないの?でもよく肉とかいろいろ買ってくてくれるよ?」
「あぁ、あの肉いいよなっ!美味い!」
さすが馬鹿三兄弟...どんどん話が変わっていく。
「そんなに悩むことなのか?そもそも付き合いの期間が違うだろ?会ってすぐ信用なんてしてもらえるわけねぇよ。」
「それはそうだが...。兄様やお前達はよく話をしてるじゃないか。私やリザぐらいだろ?ほとんど会話という会話をしたことすらないのは。」
「何言ってんだ?」
イチが首を傾げる。
「何って、普通の会話をしたことがないんだ。というか仕事の受け答え以外で話したこともない。」
「いや、そうじゃなくてな。リザと主様、けっこう仲いいぞ?」
「なんだと!?」
何言ってんだこいつという顔で私を見てくるイチ。
リザは無口でほとんど会話が続かない子だ。
悪い子じゃないが、世間話をしてもすぐ無言の空間になっていしまうようなやつだ。
それが主様と仲良くしているだと!?
「あぁそうだよねー、この前一緒に肉串食べてたね。(僕らももらったけど。)」
「その前は確か一緒に街に出かけて行ってたな。(護衛だろうけど。)」
グリとリンが追加情報を出してくる。
「知らなかったのか?今日もあっちで一緒に鍛錬してたぜ?(今日はあいつが護衛当番だからな。)」
そこにイチがトドメを刺した。
まさか、自分と同等かそれ以上にコミュニケーション能力がないと思っていた相手が...自分の遥か先を行っていたなんて...。
打ちひしがれながら、私はフラフラと、主様とリザがいるという場所に歩き出した。
後ろで笑いをこらえている兄様の様子は見えていなかった。
しばらく歩くと、確かにリザと主様がいた。
ただ2人は数メートル離れてにらみ合っている。
鍛錬をしているというのは本当だったみたいだ。
リザが槍を構えており、主様は珍しく、剣を構えていた。
...剣なんか使うところを私は初めて見た。
ブンっとリザが一度槍を振るったかとおもうと、地を這うような低さで距離を詰める。
それに対して主様は確か、不可視の矢、ウインドアローという魔法だ。それをリザに対して放った。
リザが避けながら距離をどんどん詰める。
どうやってあの矢を見極めているんだろうか。
リザと主様の距離がお互いの射程圏に触れ合ったのか、リザが槍で猛攻を仕掛ける。
驚いたのは魔法使いであるはずの主様が剣ですべてを防ぎ切ったことだ。
リザの猛攻を剣で防ぎきるにはそれなりの腕が必要だというのに。
何かに気づいたのかリザが今度はサっと距離をとった。
さっきまでリザのいた場所の地面に何かが衝突したように見えた。
主様の魔法だろうか。
リザが何か警戒しながら、また突撃を開始する。
と思った矢先に、そこでリザがクルっと回転し、槍を投げた。
「おわっ!?」
私と同じように虚をつかれたらしく、主様の剣がはじかれる。
そして、その一瞬の隙にリザは主様に抱きつくように体当たりをし、押し倒した。
「私の勝ち。」
「くそぉ...まさか槍を投げるなんて。」
立ち上がったリザの手をとり、起こされながら、主様も立ち上がる。ホコリを払う仕草をしてから、2人して歩き始めた。
「あー負けた。これで2勝3敗の負け越しかぁ。」
「ふふふ。これで昼はレイの奢りでお肉。」
「そうだな...最近ああいう手にやられてばっかりだ。前回はしっぽにやられたし。」
「まだまだある。」
傍から見ても仲が良さそうだ。
表情の乏しかったあのリザが笑っている。
私も声をかけようか...でもなんて...どうしよう。
「そういえば、さっきからあそこにユリがいる。」
「ん?あぁ、本当だ。よく気づいたな。」
あ、気づかれた。
私は勇気を出して2人に向かって歩き出した。
「ぐ、偶然ですね。主様にリザ。鍛錬ですか?」
「ん。」
そうこれだ。この短文返し。
これのせいでリザとの会話は長続きしない。
だが、気をきかせたのか主様が会話に入ってきてくれた。
「ユリウスは何してるんだ?」
「私は...えーっと...鍛錬?いえ、...ご飯何食べようかなって。」
「食堂とは逆だが...外に行くのか?」
「あーいえ、なんというか。主様はまだ鍛練を?」
「これから昼食。さっき勝負で負けたらか俺のおごりで昼食だ。」
「...食事をかけて勝負を?」
「あぁ、リザとは前からやってるんだ。ちょっとした遊びだよ。これから買いにいくけどついてくるか?」
「あ、いいんですか?」
「すぐそこだしな。行こうか。」
そう言うと、主様が歩き出す。その横に並んで歩くようにリザが従った。
私は少し後ろを歩く。
...唐突に、兄が言っていたことを試したくなった。
主様がリザと会話している隙に、すっと主様の肩に後ろから手を伸ばそうとする。
「って言ってるけど、ユリウスはどうなんだ?」
「ほぇ?」
いきなり話を振られて、焦せる。
背後を取ることばかり考えていたから話を全然聞いてなかった。
「えっと、私もそう...思います。」
「ふーん。そうか、なら今日はリザの言う通り、俺もあの魔物肉にするか。」
「...え?」
私は何か、大切な選択を間違ってしまったのではないだろうか。
「ユリが私と同じだったなんて意外。」
リザも驚いている...何の話だったんだろう。
もう今更聞けない。
入口を出てすぐ近くの通りに入っていく。
いろんな露店があって、いい匂いが立ち込めているが、少し入るといろんな臭いが混ざり合っていて、鼻がいい私にはちょっときつい。
「おっちゃん。いつもの12本と、今日は魔物肉3本ね。」
「おぉーぼっちゃん!来たか。久しぶりじゃねぇか。にしても今日は両手に花か?うらやましぃねぇ。」
店の人と普通に話している、主様にそんな口の利き方を...と思ったが、強い視線で止められた。
いらないことをするところだったらしい。
どうやら店の人は主様を貴族だとは思ってないようだ。
まぁ確かにあの格好ならわからないだろう。
しばらく経つと、店の人が主様に大きな袋を渡した。そしてそれとは別に2本手渡している。
「いつもたくさん買ってくれる坊ちゃんの彼女達にプレゼントだ。またご贔屓にしてくれよっ!」
「いつもありがとう。」
「ありがと。」
主様とリザがお礼を言っている。
そして主様が1本をリザに渡し、もう1本を私に渡してきた。
あ、私のことか。
「ありがとうございます。」
主様にお礼をしたつもりが、店の人は勘違いしたのか「いいってことよ。」と上機嫌に笑っていた。
偶然だけど、まぁいいか。
3人で連れ立って歩く。
リザが美味しそうに食べているが...このお肉は恐ろしく硬い。
さっき噛んだが一切れでもう顎が疲れてしまった。
味はいいけど、何度も噛んでると味はなくなってくるし、なぜリザはこの肉が普通に食べられる!?
「にしても、ユリウスも魔物肉が好きだったとはな...前にイチ達が柔らかい肉の方が好きだといってたから、てっきり狼人族は皆そうなのかと思ってたよ。」
いえ、その通りです。柔らかいお肉が大好きです。
「袋に魔物肉1つ入れとくから。ユリウスの分。分けるときもらいなよ。」
「レイ、あと2本ある。」
「1本はリザのおかわりと、残りは俺も挑戦してみようかとおもって。」
「...たぶん食べれない。ムリなら引き受ける。」
「あぁ...まぁダメだったら頼むよ。でも食べ物だろ?リザやユリウスが食べれてるものだし、硬すぎて食べれないってことはないだろ?」
いえ、主様。狼人族の私ですら一切れで疲れ果ててます。人族だときっと無理です。
帰り道。やはりチャンスがあったので、主様の肩に触れようとした。
けれど偶然なのか、それとも警戒していて気づいたからか、主様が私に話をふるために振り向いてしまったので、結局分からなかった。
いつの間にか主様とこれだけ距離を近づけている無口な友人を私はいつしか羨望の眼差しで見ていた。
それに気づいてか、リザが私に助け舟を出してくれた。
「ユリも今度はこの賭けに加わる?」
「お、三つ巴か?」
「うん、戦略の幅が広がる。」
「いいのですか?」
「かまわないぞ。でも負けたら奢りだぞ?」
「ん。」
「わかりました。次からは私も参加します。」
「1人負けにするか?それとも1人勝ちにするのか?」
「もちろん1人勝ち、これで食後のデザートもゲット♪」
...友人からの、助け舟だったと信じたい。
ちなみに、帰ったあと、皆で肉を分けていたが、私だけ食べかけと、専用の串があると知って、羨ましがられた。
ならばと分けてやったが、全員が1口でいらないと言って変なものをねだった奴みたいな顔で私を見てきた。もちろん残った肉は私が責任をもってすべて消化するはめになった。
ずいぶん時間がかかった上に、数日顎が痛いという初めての経験をしたわけだが、せっかく買ってもらったものを捨てることはできなかった。
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