第41話 主犯の行方
<Ukie>
トーマ。
その名前を聞いてすぐに思い当たる人物がいた。
過去に調査した人物で、しかしながら全く足取りが掴めなかった商人だ。
「トーマですか?それが裏で手を?」
「貴族と何人かの使用人、あと実際に魔法陣をいじった実行犯の全員からその名を聞いた。ほとんど裏で指示を出したのはそのトーマという人物だ。そしてその名前をウキエさんが知っていると聞いたのでここに来た。」
私が知っているという部分で私の部下を見たので、おそらくレイの隣で応急処置の道具を手にもっている彼にきいたのだろう。前のトーマ捜索の時にも私の手足となっていたはずなので、知っているのも当然だ。
「確かに知っています。が、あまり手がかりにならないかもしれません。とりあえず、手当をしながらでも...。」
「先に教えて欲しい。」
レイの立っている場所には血だまりができている。
これが全部、レイの血なら致死量なんじゃないだろうか。ふらついていないところを見ると、そんなことはないみたいだが...。
私はため息をつきながら、部下に椅子をもって来るよう指示をして、説明をはじめた。
「トーマについてですが、わかっていることは自称商人だったということと、南部の出身ではないかということぐらいです。」
「自称?」
「そもそもトーマが浮上したのは、リュッカさんが巻き込まれた事件です。覚えていますよね?あのヨルム教の事件です。儀式に使っていた飴玉。あれを辿るとトーマという商人に行き着いたのです。もちろん行方を捜査しましたが、事件の前日から姿をくらませており、出国した形跡もなく、また魔法の探知で追えるような物品も残されていませんでした。」
レイの右手が、ぎゅっと握られるのが目に入った。
手から血が滴り落ちる。
「当時もトーマに関しては捜査しましたが、わかったのは数人の証言からでた人相と、本人が商人を名乗っていること。あとは南部の訛りが強かったことから、南部出身者ではないかということだけです。なので探知につかえる物品もありません。」
「そうか...。」
「少し情報を整理しましょう。手当をしながらで構いませんね?」
「...わかった。」
レイの右手が開き、深くため息をつくのが聞こえた。
私は部下に指示して手当を開始させる。
「ほら、ローブを脱いでください。とりあえず、そちらの椅子に座って。」
私が促すとレイが素直に従う。ローブを脱ぎ捨て、中に着ている服も脱ぎ、黙って椅子に座った。
大きいのは脇腹の傷。儀式のときの傷が開いたんだろう。ほかにも小さな傷が目立った。
「すまない。よければこれを使って欲しい。」
いつの間にか私の側まで近づいていたマウの妹がレイに何か瓶のようなものを差し出した。
レイが訝しげな表情を浮かべて、瓶とマウの妹の顔を見る。
「...私はマウエンの妹、リザ。これは私の一族に伝わる血止め薬。」
「...あぁ、...ありがとう。」
レイが素直に受け取るのを見ると、うん。とうなづいて離れていった。
受け取ったのはいいが、左手を怪我しているのか、さっきから左手を使っていない。
血止め薬も自分で塗れないことに気づいたレイが、手当をはじめようとしている私の部下に渡して塗ってくれるよう頼んでいる。
「とりあえず、貴方はカルミナフ子爵邸に押し入ったんですよね?そこでトーマの話を?」
「あぁ、探知に引っかかった男がちょうどその何とかっていう子爵と同じ部屋に居たんだ。だからそのまま捕まえた。あとは身体に聞いて、吐いた関係者を全員拘束して詳細を聞いた。」
「...身体に...ですか。」
「生きてはいる。」
「...身柄は?」
「第三師団に引き渡した。フリー・リーだっけ?そういえば、あとでこちらに来ると言っていた。」
「全員からトーマの名が?滞在していたのですか?」
「あぁ、滞在していたらしいんだが...その部屋からは一切痕跡がでなかった。」
「貴方の探知魔法で何もでなかったんですか?」
「部屋はもちろん、トイレや庭、共用部分もほとんど調べたが、そのトーマに該当しそうな人物の痕跡はなかった。」
「前回と同じですね...。にしても貴方の探知魔法をごまかすというのは...現実的ではない。」
私にはある可能性が浮かんでいた。
「どういうことだ?」
「いや...もしかすると幻惑や擬態の使い手かと。魔族にはそういった能力をもつものもいるようなので。あくまで可能性の話ですが。」
「そもそも人族のトーマが存在しないと?」
「可能性です。あまり絞り込んで捜査するのはよくない気がしますね。催眠魔法の可能性もありますし。にしても...少し休みなさい。明日の式典で倒れますよ?」
「わかった...。」
それっきり黙って手当を受けているレイの怪我は中々酷い。
もともと、儀式の時の怪我も治りきっていないのだから仕方ないが...。
一度治癒師のいる病院施設に連れて行ったほうがいいかも知れない。
「ウキエ様、フリー・リー副官が到着です。」
部下に連れられ、こちらに向かってきたのはまだ副官に成り立てか、若い青年だった。
「第三師団所属、副官のフリー・リーです。」
「第四師団所属のウキエ・サワです。すいません、人事は明日以降なので役職は省かせてください。」
私とフリー副官が握手を交わす。
「さっそくですが、引き渡して頂いた人員の連行は終わりました。今後取り調べや拷問により更なる前後関係の洗い出しに努めます。また、カルミナフ子爵家に関しては、明日皇帝陛下に事実を報告後、第三師団の方で処分や裁判を予定しておりますが、宜しいでしょうか?」
「はい、是非お願いします。」
おそらく叩けばホコリがでそうな貴族家なので余罪などもあり面倒そうだ。
手柄も取られるが、面倒事をこれ以上抱えたくないので、ちょうどいい。
それをわかっているのか、フリー副官はニヤっと笑って続けた。
「後のことはお任せを。といっても、あれ以上拷問しても何もでないでしょうが...。うちの者に見習わせたいぐらい凄まじかったですから。よくショック死しなかったものです。」
その目は手当を受けているレイに向く。
いったいどんな拷問をしたのやら...。
「あ、そうだ。忘れるところでした。トーマもそうですが、ザッハという名の商人も行方不明です。宿泊していた宿にいませんでしたが、荷物が置きっぱなしだったようなので外出でしょう。確保は時間の問題かと思います。」
「ザッハ?」
「まだ聞いていませんでしたか?ザッハという商人もトーマと接触があったようなのです。正確にはカルミナフ子爵とトーマに騙される直前だったみたいですね。」
「被害者ということですか...。」
「しかしながら重要参考人ですからね。確保次第、連絡します。」
「よろしくお願いします。」
残りの事務連絡をいくつか終え、フリー・リー副官は去っていった。
ちょうどレイの治療も終わりそうだ。
...ん?なんだその添え木は。
「その添え木は?」
「あぁ...ヒビ...というか、ほぼ折れてますね。」
私の疑問に部下が答える。
左腕が折れているらしい。たしかに少し腫れているような気がする。
...これはまずい。おもったより重症だ。
これは朝一で治療師のところに連れて行かないと式典にも影響しかねない。
「あの...私、治癒魔法が使えます。よければ少しだけでもかけましょうか?」
ありがたい申し出はアフの姉からだ。
...上か下かはわからない。同じ顔、双子なのだろう。
けれど先程から何度かこちらに声をかけてきている方だと思う。
「私、珀といいます。亜歩の姉です。よろしくお願いします。」
「...ウキエさん?」
レイに頭を下げ、左腕に手を添えようとする珀に、レイが戸惑った顔で私を見る。
この場でもし強力な攻撃魔法を発動されたら、さすがにレイもただではすまないだろう。
だが、彼女がそうする可能性は低いと私は考えている。
...あ、そうか。レイは彼女が事情を知っていることを知らないのか。
私は少し悪戯することにした。
「その呼び方はダメだといったでしょう。私は貴方の部下になるのです。呼び捨てで呼ぶように。」
「いや...そうじゃなくて。」
珀は躊躇なくレイの左腕を取り、魔法を詠唱する。
レイは緊迫した表情を浮かべていた。
しばらくして危険がないとわかったのか、あからさまに息を吐いた。
「私があなたを害するとおもったのですか?」
「いや、それは...。」
珀も気づいていたのだろう。微笑みながら引きつった顔のレイに話しかけた。
「弟の親友にそんなことするわけないでしょう?」
彼女の言葉に、レイが怪訝な顔をした後、なにかに気づいて、睨みつけるように私を見る。
「ええ、すべて話しました。...正確には見せたという方が正しいですね。」
「見せた?」
「あの場面はすべて記録石に残ってますから。」
「...なぜ見せた?」
レイが私を睨みつける。
言いたいことはわかる。わざわざ死ぬところを見せる必要があったのかと言っているのだ。
だが、それは違うと反論しようとしたところで、先にセリフを奪われた。
「私達には見る権利があります。ウキエ様が見せてくれたことに感謝もしています。そして、少なくとも私達姉妹はあなたを怨んではいません。辛いお役目...ありがとうございました。」
優しく魔法をかける珀の言葉は、彼の救いになっただろうか?
下を向いてしまったので、表情はわからないが、その背はやけに小さく見えた。
すぐにトーマの捜索を行うこともできないため、その日はそこで打ち切りとなった。
レイが大人しく休むことに異を唱えなかったのも意外だったが、もうすぐ日も昇ぼる。
式典まで数時間、私も長い1日を終えようとしていた。
だが、休もうとしたタイミングで、部下が私を呼びに来た。
なんでも、サイやマウ、アフの遺族達からどうしても聞きたいことがあるといわれたらしい。
それも私を名指しでだ。
私は睡眠時間を諦め、彼らの元に赴く。
彼らの家族に少しでも報いるために。




