第39話 仕組まれた儀式
薄暗い部屋の中心に4人が立っている。
レイ、マウ、アフ、サイの4人だ。
彼らのいる部屋には4つの扉がそれぞれあり、火、水、土、風の紋章が扉に描かれていた。
「準備はいいですか?」
彼らの頭上から声が聞こえる。
4人が頭上を見上げると、そこにはウキエを含め、数人が立っていた。
その場所はウキエから見れば大きな穴の底。
少なくとも、4人がいるところまで15メートルちかくはある。
またウキエの足元には鉄格子があり、穴の中の牢獄という描写が的確だろう。
ウキエが見下ろす穴の奥にはロウソクに照らされた4人が立っている。
「それぞれ、自分の属性の扉から儀式に入ってもらいます。無事、出てこれたなら神格者となっているでしょう。」
ウキエの声が響く。
「ただし、伝承によると、扉の中で死んだり、化物になってしまうこともあったそうです。全員が化物となってしまった場合、聖水を満たすことで浄化することになっています。無事に出てきたものから縄梯子を下ろすので上がってくるように。」
要するに、穴の中で何かあった場合、聖水で溺死させると言っているに等しい。
「もう何度目だよ。ていうか、化物って...。」
「全員ちゃんと帰ってくるって。」
「肉を用意しておけ。」
「ウキエさん、ちょっとは落ち着けば?」
儀式を見守るウキエの方が心配されてしまっている。
そのことに周りの部下と苦笑いを浮かべながら、ウキエは儀式のはじまりを宣言した。
4人が真ん中で互いに笑顔を向け合う。
「さて、そんじゃーま、行きますか。誰が一番か競争だな?」
「ふふふ、魔術的なことで僕に勝てるとでも?」
「たまには勝たないとな?サイ、レイ。」
「マウ、あとで絶対にリベンジしてやる...神格者になれば胃袋もでかくなるはずだ!」
「...レイ、お前そんな理由で神格者はダメだろう。」
サイのツッコミに全員が笑う。
そしてそれぞれの扉の前に立ち、扉をあけて中に入っていった。
サイは火の扉へ。
マウは土の扉へ。
アフは水の扉へ。
レイは風の扉へ。
部屋にはいると、そこには複雑な魔方陣が組まれており、それぞれが四元素の1つを主とし、他の3つを補助とした術式が描かれていた。
その中心に立ち、魔力を練ることで、儀式が始まる。
各扉の中で行われる儀式は4つの儀式魔方陣が起動することで始めて意味をなす。
予め彼らの身体に施された魔方陣に、儀式魔法が作用し、それぞれの精霊が宿る。
魔力を練る彼らが見たビジョンは4つの異なる色の光の玉が自分の回りを囲み、一番大きな1つが自分に溶け込む映像。残りの小さな光る玉もそれに続くように取り込まれていく。
しかし、身体に取り込まれるその瞬間、青く輝く光の玉が一瞬、黒ずんだ。
静かな時間が続く。動きがあったのはそれから約2時間後のことだった。
ずっと上で見守っていたウキエ達に緊張が走る。
水と土の扉が中から破られたのだ。
土の扉からは誰も出てこない。
水の扉からはピチャピチャと音を立てながら、アフが出てくる。
濡れているのか、水を滴らせ、足跡をきっちりのこしながら4人が別れた中央まで歩くと、上を見上げた。
「アフ?大丈夫ですか?」
ウキエが頭上から声をかける。部下はすでにロープを垂らす準備をしていた。
「うぅ...ガァァァ!」
アフが胸を掻き毟るように苦しみだし、身体にいくつもの魔法陣が浮かぶ。
そして、肌の色が変わり、身体も膨張していく。
背から羽が生え、頭からは角が。異形の姿に変異していく。
まさに悪魔という容貌の魔獣が生まれた。
言葉なく立ち尽くすウキエ達。
そこに土の扉から何かが飛び出し、アフに飛びかかった。
体当たりされ、吹き飛ぶアフ。
土の扉からでてきたのは、羽のない竜のような体躯の魔獣だった。
土色の体が脈打ち、2メートルはある体躯。その竜の頭には額のところに人の顔が浮かんでいる。
「まさか...マウ、アフ。」
ウキエが膝をつく。
マウだった魔獣とアフだった魔獣は互いに敵と認識したのか、咆哮を上げながら互いに傷つけあい、激しく衝突していた。
そこに、火の扉がゆっくりと開けられた。
中から出てきたのはサイだ。
「サイ!サイ!無事ですか?早く縄梯子につかまりなさい!」
ウキエがサイの姿を見て、急いでロープを下ろすように指示を出す。
しかし、サイはその場に倒れるように膝をつき、苦しみだした。
「馬鹿な...サイまで。」
その姿は大きな狼のような魔獣に変わっていく。遠吠えを一度発すると、すでに死闘を繰り広げる魔獣の輪に加わっていった。
「...ウキエ様。」
「まだ、レイが残っています...が、念のため、聖水の準備をしてください。」
ウキエは膝をついたまま、歯を食いしばり、魔獣と化した部下たちを見つめる。
そして、最後の扉が開く。
中からでてきたのは、レイだ。
少し歩くと立ち止まり、頭痛をこらえるように頭を押さえている。
「レイ!レイ!聞こえていますか?無事なら早く返事をしてください!」
ウキエが必死に叫ぶが答えが返ってこない。
絶望の表情を貼り付けるウキエ達が必死に呼びかけた。
「ウキエさん、うるさい。それより...あれは?」
「レイ!無事なんですね?縄梯子を下ろします。早くつかまりなさい!」
下ろされた縄梯子をチラっとだけ見て、レイは周りをキョロキョロと見回した。
「他の扉が開いてる...他のやつらはもう上か?ていうかこの魔獣は?」
「まずは上がってきなさい!危険です!」
「ウキエさん、そこにサイやマウ、アフはいるのか?」
その言葉に、死闘を繰り広げていた魔獣たちが動きを止めてレイの方を向いた。
その視線を受けて、レイが顔を青くする。
「おい、まさか。...ウキエ!あいつらはどうなった!?」
声を荒げるレイに、ウキエが静かに告げる。
「失敗したようです。目の前にいるのが彼らですよ。せめて貴方だけは無事上がってきてください。さぁ、早く!」
その言葉を聞くとレイは静かに3匹の化物を見る。
狼の姿をした魔獣がレイに襲いかかる。爪の一撃を風の魔法で受け止め、牙の一撃も風の魔法で回避した。
距離を取ると、後ろから竜の姿をした魔獣が体当たりをしてくる。
魔法で浮き上がることで避けると、悪魔のような姿をした魔獣が氷の刃を放ってきた。
風の魔法でそれもなんとか防ぐ。
「マジか!?おいサイ!マウ!アフ!目を覚ませ!」
狼の魔獣が突進してくる。その刃を受け止めるが、今度は左肩を噛み付かれる。
魔力による強化で肩を砕かれないよう、上顎を持ち上げる。
「ぐっ...サイ、こら、目を覚ませ!」
「グルルルルゥ!」
ヨダレを垂らしながら、肩を砕こうと力を込めてくる。
そこに後ろから鋭い氷柱が襲いかかる。
「クソッ!」
サイを風の魔法で吹き飛ばし、氷柱を回避する。
いくつかが身体をかすめ、左足に1本刺さる。
「早く上がってきなさい!もう彼らは正気ではありません!」
ウキエが上から声をかけるが、レイが聞く様子はない。
突っ込んでくるマウに上方から風の風圧で無理矢理押さえつけ顔の部分に近づく。
「マウ!こら!いい加減、正気に戻れ!妹をおいていく気か!?」
だが、直ぐに周りから石の塊がいくつも飛来し、レイの体を吹き飛ばした。
舌打ちしながら転がると、また氷柱が襲いかかってくる。
「おまえら!いい加減にしろ!」
レイの声は誰にも届いていない。
「いい加減にするのはあなたです!死ぬつもりですか!?せめて貴方だけでも上がってきなさい!」
「聖水を流すのか?まだだ!きっと正気に戻れば身体も元に戻る!」
ウキエの言葉に反論するレイ。
その間にも魔獣たちはレイに襲いかかる。
避けながら、しかし完全には避けられず、身体は傷だらけになっていく。
魔力の消費も酷い。
連携がないのが救いだが、それでも3対1は分が悪い。
「ウキエ様!このままではレイも。」
「わかっている!レイ!早く上がってきなさい!死にますよ!」
上でウキエ達が大騒ぎしてるが、レイはすでに下ろされている縄梯子を使う素振りを見せない。
時折、頭を押さえているので調子も悪そうに見える。
「いい加減にしろっ!風牢!」
レイが大声で魔法を放つ。
3匹の魔獣はそのまま大きな力で上から押さえつけられるように地面に叩きつけられ動きを止めた。
もがいているが抜け出せないようだ。
「聖なる風よ。魔に属するものに静寂を。聖風!」
詠唱とともに、瘴気のように立ち込めていた魔獣の魔力が散っていく。
レイが一番近くにいた竜、マウだった魔獣に近づいていく。
「マウ!マウ!起きろ!正気を取り戻せ!」
竜は身体を押さえ付けられたまま、顔だけをレイの方に向ける。
「レ...イ。」
「よかった。マウ。戻ったんだな。このままその変な魔力を払い除けてやるからなっ!」
レイが自分の唱えた魔法に更なる魔力をかけようとする。
そして、レイの身体からはいくつかの血しぶきが上がり、右目からも血が流れる。
魔力が限界にちかいのか、よろめきながらも魔力を込めていく。
「ムダ...ダ。」
マウから声が上がる。
「コロシテヨ。」
その声はアフからだ、マウと同じように地面に這いつくばりながら懇願する。
「モウ、モドレネェ」
サイも同様に告げる。
「問題ない!魔を払えば...。」
「ジカン、ガ、ない、ツギはもう意識が、モドルコトモナイ...ダロウ。意識がはっキリしているウチに...殺してくれ。」
たどたどしい言葉で、マウが懇願する。
声が、口調が、元のマウのものに戻っていく。
それはサイやアフも同じだった。自我を取り戻したことがわかる。
「頼むよ。せめて魔獣ジャなく......友達トシテ死なせてヨ。」
「...ワルいけど、頼むワ。」
アフとサイもマウと同じ事を言う。
「馬鹿な...まだ大丈夫だ。諦めることない!」
レイが大声を上げるが、魔獣となった3人が元に戻る可能性など誰が見てもないに等しい。
何より、無理矢理押さえつけた上で、浄化の魔法をかけてやっと会話ができるレベルだ。
そもそもレイの魔力が尽きかけているのも誰が見ても明らかだった。
「レイ、彼らの願いを。せめて...。」
ウキエが上から声をかける。
「ウキエさん!魔力を回復する魔法薬を!それならっ!」
レイの声にウキエが首を左右に振る。
所詮は時間稼ぎにしかならないことはわかっているし、そんなことをしてはレイの身体の方が持たないだろう。血は流れ続けている。
「タノむよ。...レイ。」
「もうゲンカイがチカい、。...タノむ。」
「タノむぜ...な?」
レイが震えながら、フラフラとマウの前に立つ。
頬にはすでに涙が流れていた。
「マウ...エン。妹をおいていく気か?たった一人の家族なんだろう?」
「オマエがなんとかシテくれるだろ?ワルいが頼む...。」
「大食いの勝負...勝ち逃げかよ。」
「ワルいな...オレのカンゼン勝利ダ。」
そういうとマウが笑った。
「マウ...いや、マウエン。お前の代わりに、お前の妹を手助けすることをここに誓う。」
「ありガトウ。...ワガ友ヨ。」
そういうとレイが手をかざす。
人差し指をマウの額に向けた。
「風牙。」
風の牙はマウの額ではなく、外れて地面に突き刺さる。
「やっぱり無理だ...。ど、どうにかならないのかよ。」
レイが崩れ落ちた。
肩を震わせ、涙が頬を伝っている。
「スマナイな。...レイ、いや...アレイフ。オマエにはイヤなオモイをさせるガ、助けテクレ。...クルシイんだ。...ハヤク終わらセテくレ。タノむ。」
「マウ...。」
レイは再び人差し指をマウの額に向けて構えた。
震えながら、小さな声で、魔法を唱える。
「アリが...トウ...ワガ...友ヨ。」
その言葉を最後に、マウは事切れた。
肩を震わせ、涙を流しながら、レイがアフの方に移動する。
「レイがソンナニ泣いテルとこなンテ、久々ニミタ...気がスルよ。」
「アフ...綺麗な姉を紹介してくれるんじゃなかったのか?」
「そウダネ...まぁ紹介はデキナイけど、ビジンだからサ...イイヨ。口説いチャッテモ。」
「...弟を殺した俺に口説けと?」
「ダイジョウブ...アレイフは弟をコロシた相手ジャナイ。弟のシンユウなんだカら。」
「アフ、一つ教えてほしい。この儀式...。」
「ウン、そうだネ。アレイフの...オモッテル通りだ。ボクが最後に調整シタものと起動式がチガウ。ダレカが...カキ換えタンだ。」
「やっぱりか...何かわかることは?」
「ギシキ魔法のツカイテだね。最低デモ、ウキエさんレベルじゃなイトムリだと思ウ。水の儀式魔法ヲ書き換えたミタイだから...ミズ属性にツヨイ奴ダト思ウ。」
2人の会話に驚いたのはウキエだった。
「儀式の術式が書き換えられたと!?」
ウキエの周りにも動揺が走る。
この儀式魔法は入念な研究と実験の上に用意されたものだ。確かに時間は足りなかったが、アフのように魔法の才に秀でた者の協力により、完成度はかなり高いはずだった。
今の話では最終確認を行った昨日から儀式が始まる今日の朝までの間に細工がなされたということになる。
つまり、誰かによって儀式は失敗させられたということだ。
「クヤシイよ。サイゴにチェックさえシテたら...。」
「必ず見つけ出すさ...。」
「...タノムネ。」
レイがアフの額に向けて、人差し指を突き出した。
「亜歩、お前の姉達のことは俺が引き受けよう。安心してくれ。」
「...タノンダヨ。ボクの親友!」
アフもまた、その生涯を静かに閉じた。
レイはフラフラと最後に残ったサイのもとに歩いていく。
「ナンテ顔してんダ。」
「悪いな...。こんな顔でしか送ってやれない。」
「カタキヲとってクレ。」
「あぁ、...必ず。」
「アト、マウやアフよりオオイケドよ。オレの群れノ家族ヲ頼むワ。」
「わかってる。...必ず手助けする。」
「アリガトウナ。…たったニネンちょいダッタけどよ。タノシカッタぜ。」
そして、レイがサイに向けて指を突き出した。
「サイレウス、家族の事はまかされた。...そして、仇を必ずうつことを誓う。」
「...サイゴマでワリィな。アイボウ!」
サイの身体が力を失い。うなだれる。
魔法を解除すると、3人の身体が、崩れ、真っ白な灰に変わっていった。
座り込むレイが動かないのを見て、上の方でウキエが下に降りようと鉄格子を開け、縄梯子をつたって降りようとするのを周りの部下達が必死に止めている!
「うわぁぁぁ!」
急に大きな声を出し、レイが足に刺さっていた氷柱の一部を抜き、自分の左腕に突き刺した。
「レイ!?」
「ぐぅぅぅうぅぅ!」
左腕に何かを刻むように何度か突き刺し、刻み、レイが動きを止める。
周りの部下をなぎ払い、縄梯子をつたって降りるウキエと、そのあとを追う部下達。
下まで降りて、レイに近づくウキエが聞いたのはいつものレイの声だった。
「ウキエさん。瓶をもってきてくれないかな。灰になっちゃったからさ...。」
「...わかりました。とりあえず、ここを出ましょう。灰は私が責任をもって集めます。」
「大丈夫だよ...灰を集めるぐらい。」
振り返ったレイの顔は、すでに泣いてはいなかった。
涙の跡があり、目も腫れぼったいのに、落ち着いた。けれど疲れきった顔をしていた。
「とりあえず、陛下に会えるかな?」
「えぇ、そのつもりですが...とりあえず手当てからですね。詳しい話はその時にしましょう。」
立ち上がろうとしたのか、レイの身体がバランスを崩したように倒れた。
ウキエは急いでレイに近づき、大声で部下達に声をかけた。




