第37話 第四師団長誕生
数ヶ月前、王による突然の第四師団長候補が発表された南区の大広場。
その場に多くの国民が再び集まっていた。
皇帝が立つ台の左右には、ほとんど公の場では見られないほど貴族たちが集まっている。
左右には現第一から第三師団長を含め、その副官までも一同に介していた。
更に国王の後ろに並ぶ家臣団の姿は壮観である。
「さて、親愛なる帝国国民諸君。以前約束した通り、新しい第四師団長を紹介しようと思う。」
皇帝の声に集まった国民が大きな歓声を上げる。
「まずは紹介しよう。前へ!」
国王の言葉を皮切りに、後ろの家臣団が左右に割れ、青いフードを目深にかぶった1人が歩みを進める。
身体はそれほど大きくなく、フードのせいで顔はよく見えない。
そしてその歩みは遅く、よく見るとフードの下はボロボロの服を着て、腕も怪我をしているように吊られている。
その異様な姿に、国民の誰もが注目を注ぐ。
青いフードをかぶった者は王の横を通り、ぐるっと皇帝に向き直り、膝をつく。
フードを取り払うと、そこには銀色の髪が現れる。
皇帝の方を向いているため、国民からはその顔は見えない。
「レイ・シンサ。汝を新たなる第四師団長に任命する。そして古の習わしに従い、民のための軍を率い、その真価を示せ!」
銀髪の少年、レイ・シンサは深く頭を下げ、王に同意の意を示す。
静まり帰った国民に対し、皇帝が演説を続けた。
「ここに第四師団長が誕生した。なお、この新たな第四師団長の本来の名はアレイフ・シンサである。ここに子爵位を与え、南区に関する自治及び、第四師団の再編、そして...裁きの権利を与える。」
この発表に、国民だけでなく、王の後ろにいる家臣団もざわめいた。
裁きの権利。これは本来、皇帝が任命する審議官に与えられる称号であり、犯罪者に対する審議及び、罪の決定を行う役職である。
主に第三師団の文官が役職についており、裁判の場にて最終的な判断を下すのが、この”裁きの権利”をもつ者となる。
品行方正かつ実力があり、派閥に属さない貴族家の人間が選抜される。皇帝にしか任命権がない役職で、現在でもその人数は10人に満たない。
この権利を数ヶ月前、急に第四師団長候補と紹介された人物に与えるのことを疑問視する声があがってもおかしくはない。
なぜなら、その権利は絶大。
極端な話、気に入らないものに罪をかぶせ、投獄することすら可能となってしまうからだ。
そんな周りの思いを承知しているであろう皇帝は次の言葉を続けた。
「アレイフ・シンサ卿、疑問を打ち払え。」
その声と共に、アレイフは王に背を向け、国民を見る。
前の方に陣取っていた国民は、まだ若い青年のその顔をじっと見ている。
右の手のひらを上にかざしながらアレイフが口を開く。
「古の契約に基づき、姿を示せ。古き精霊よ。その姿を、言葉を、我が前に。」
長い詠唱が続く。
その声にあわせて、周りの空間から光が舞った。
光の玉は小さなものから、人の握り拳ぐらいの大きさのものまで、自由に飛び交い、意思があるように飛び回る。触ろうとするとその光の玉はすり抜けるだけ、掴めず、熱さも感じない。
広場に集まる国民はもちろん、全員がこの光の玉を凝視していた。
「...しばし我が呼びかけに応じ、顕現せよ。風の使者。」
そこで詠唱が終わる。
周りに集まった光の玉の一部がアレイフの前に集まり、空に舞い上がる。
するとそこには美しい女性の姿が浮かび上がっていた。
全員がその姿を凝視する。
空に浮かび上がった女性は透き通っていた。
手をかざすと空にあった雲が晴れ、美しい太陽の光が降り注ぐ。
その姿はまさに神のようで、膝を付き拝むものまで現れていた。
ー我、風を司るものなり。
空から声が降ってくる。
全員がその声に聞き入った。
ー我を呼び出しし者、我が加護をもつ資格を認めよう。
その瞳はアレイフを見る。
ー汝が命が尽きるその時まで、我が汝を見届けよう。
その手をアレイフに向けると、いくつもの光の玉が現れ、アレイフの周りを回ってから消えていく。
空に浮かびあがった女性はその姿をどんどん光の玉に変え、やがて消えていった。
いつの間にか、周りにあった光の玉も消えている。
「4英傑の精霊の誓いだ...。」
誰かが呟く。
それはとても有名な話。
この帝国の始祖たる勇者に仕えた4英傑が各精霊との契約を行ったシーンである。
英傑の呼び出しに従い、精霊が姿を表す。
そして誓いの言葉とともに、英傑の身体に溶け込むように消えるという場面だ。
その呪文は、ただ長いだけで誰でも知る単純なもの。
アレイフが唱えたのもその呪文だ。
しかし資格のないものでは誰も発動させられず、何も起こらない呪文。実際に4英傑以外呼び出せた例もなく、学者の間では伝わっている呪文がどこか異っているのではないかとまでいわれていた。
その呪文で伝説の効果を得られるのは資格あるものだけと伝えられている。
「ここに風の神格者の誕生を宣言しよう。」
国王の宣言に、国民は大きな歓声を上げる。
”裁きの権利”にざわめいていたものも皆その口を閉ざす。
そう、当時の4英傑には王すら裁く権利が与えられていたという。勇者たる皇帝が間違った道を歩もうとすれば、4英傑がその罪を裁く。皇帝が自ら与えたものである。
これもまた有名な話。
実際にその権利は行使されなかったが、帝国に住むものなら子供でも知っているような話である。
神格者は4英傑以来現れておらず、各師団長が役職としてその名をうけついでいるばかりで、精霊を呼び出せるような本物は現れていない。
しかしながら神格者の逸話は多く、その効果は絶大だった。徐々に広場が騒がしくなり、帝国の守護者再来に沸く国民に、皇帝は満足げな笑みを浮かべていた。
時は第四師団長誕生の前日。
皇帝は1人の青年の前に座っていた。包帯だらけでボロボロの少年の前に。
「契約を解除したい。」
皇帝の言葉に青年、アレイフは眉をひそめる。
「このまま縛らないのですか?」
そう、2人の間にある契約では、皇帝はすでに契約を完遂しており、あとはアレイフが一方的に皇帝の言いなりという状況になっている。
ここで契約解除するメリットが皇帝にはない。
「神格者を縛るわけにはいかん。これは必要なことだ。もちろん金を返せともいわんよ。」
そういって皇帝が笑った。
「そして新たに、我が国に仕えて欲しい。皆の幸せのために、自分の意思でワシに膝を折ってほしい。」
「断られたらどうするのですか?」
契約を破棄すれば、アレイフに従う必要はなくなる。
「何度でもお願いするさ。ワシにも立場がある。だが命令して従わせる見せかけだけの忠誠に意味はない。きちんと契約を解除した上で、まずはこの国をよくするために協力して欲しい。」
「忠誠は必要ないんですか?」
「そんなもの、ワシがふさわしき皇帝であれば、自然とついてくるものだ。それにワシが間違った道を歩むのならそれをいさめ、裁いてもらってもかまわん。...この帝国はかつてのような強国ではない。そして地理的にもかなり危ない位置にある。その力を是非貸してもらいたいのだ。」
「先に契約を解除してくれといったら聞いてくれますか?」
これは皇帝にとっては危ない賭けだ。
契約を解除されれば、話すことさえできずに姿をくらまされる可能性もある。
そして、試されていることもわかっていた。
「ウキエ、先に契約の解除を。」
「よろしいのですか?」
「構わん。どちらにせよ解除するのだ、早くせよ。」
後ろに控えていたウキエを呼び、契約解除を行う。
解除は契約時と同じ手順で行われた。
そして、自由になったアレイフに再び王が問う。
「力を貸してほしい。」
それに対して、アレイフは笑いながら答える。
「いくつか、条件を言ってもかまいませんか?」
「それは新たな契約をするものかね?」
「口約束でも構いません。先ほど王は裁かれても構わないとおっしゃいましたから。」
「ここから先は言葉にも気を付けんといけんな。」
その言葉に、皇帝は声を出して笑った。
ウキエが少し苦い顔をしているところを見ると、その条件に予想がついているのだろう。
そして、いくつかの条件を飲むことで、この国は新たな神格者を手に入れた。
口約束による契約が終わったあと、ウキエが何人かのメイドを呼んできた。
「では、採寸します。」
「採寸?」
首をかしげるアレイフに皇帝が笑いかける。
「神格者らしい格好をしてもらわねばならんからな。それなりの服装を用意せねば。今のところ、ローブにしようと思っておるのだが、何か希望はあるかね?」
少し悩んで、アレイフが応えた。
「では...仮面をつけていた頃のローブと似たようなものを。なるべくちかいものがいいです。」
「...魔法防御や物理防御も一級品だったからそれはわかりますが、認識阻害はいりませんよね?」
ウキエが確認するが、アレイフは躊躇しなかった。
「いえ、そのままでお願いします。外見はどうでもいいですが、着心地と性能はそのままで。」
「認識阻害などつけておったら、国民達に顔がわからないではないか。」
「何か理由があるのですか?」
国王とウキエがアレイフに聞き返す。
「...忘れたくないので。色や見た目はお任せします。あと、ウキエさん、その言葉づかい止めてください。」
その言葉に国王とウキエはしばらく顔を見合わせた。
「わかりました。では外見は相応しいものにします。あと、言葉づかいは当然です。貴方は貴族になるのですから。私に敬語を使う必要もありません。」
ウキエの返事に少し嫌な顔をしながら、アレイフはメイド達に採寸されている。
「今まで通りの言葉づかいでお願いできませんか?」
「無理ですね。」
静かににらみ会うウキエとアレイフに笑いながら皇帝が言う。
「早速、動くのだろう?採寸が終わったら退出して構わんが、式典には遅れないように。とりあえず、式典までにローブは作っておくので、しばらく前のものを身に付けておいてくれ。一応まだ今はレイ・シンサだからな。よろしく頼む。」
そういって、握手を求められたアレイフは国王の手を握った。




