繋ぎとめる約束
あの日の夜からアレイフは変わった。
次の日からは顔つきが何て言うか、少し男らしくなったようにおもう。今まで良くできた弟分だったのに、同年代と思えるぐらいには頼れる存在になった。
けれど、それから数日たって、仕事から帰ってきたアレイフは少し様子がおかしかった。
真っ青な顔で帰ってきて、晩ご飯も食べずに部屋に戻っていった。帰る時間はいつもより早いぐらい。そんな日はいつもならご飯の後、年少組の相手をしてくれるのに。
いや、ローラ姉さんも手伝ってくれるから園の仕事は大丈夫なんだけど。なんとなくアレイフらしくない。
いつもと違う様子が気になった。
部屋に行って聞いてみたが、ちょっと体調が悪いだけだから寝れば治ると追い返された。
何かあったんだろうか。仕事をしているんだから失敗もあるだろうし、怒られることもあるだろう。けれど、アレイフの様子はそういうのとは違う気がした。
気になりつつも私にできることもないので、そのままにするしかなかった。
そして深夜。
階段を降りる音がして、誰かがトイレに降りたのがわかった。
アレイフのことが気になって、私も眠りが浅かったんだろう。
しばらく経っても上がってくる気配はない。
年少組なら誰かついて行ってるはずだし、まさかローラ姉さん?いや、下で寝ちゃってたり、体調を崩した可能性もある。
ちょっと気になって、そっと私は部屋を出た。
静かに1階に降りていく。
トイレの方に人の気配があった。
けれど、人影はトイレのそばの洗面台のところだ。
水で手を洗っている。
ずっと、ずっと、ただ手を洗い続けていた。
いつからそうしているんだろう。
私が1階に降りてきてからかなり時間がたっているが、その人物はずっと手を洗い続けている。
その様子に、気になって私は声をかける。
「アレイフ、どうしたの?」
その声に驚いたのかアレイフはビクっと肩を震わせてこちらを見た。
「レーゼ?ううん。なんでもないよ。ちょっとトイレに起きただけ。」
真っ青な顔で、それでも笑いながら私に嘘をつく。
「何があったの?」
私はなるべく優しく聞いてみた。
「...何もないよ。」
けれど彼は答えない。
「仕事で何か嫌なことが?」
私が思い当たるのはそれぐらいだ。
傭兵団がまさか何か嫌なことをされたんだろうか。
「そんなことないよ。みんないい人だから。」
言葉とは裏腹に彼の声は震えている。
私はアレイフが微かに震えていることに気づいた。
「何があったの?」
私の質問に彼は少し迷い...口を開く。
「人を...いや、ちょっとね。仕事で失敗しちゃっただけだよ。」
仕事で失敗して何かいわれたんだろうか?
「それで何か言われたの?」
私の言葉にアレイフは笑顔を作った。
そう...作り笑いを浮かべたのが私にはわかった。
「いや、むしろ気にするなって心配された。」
笑み以外に嘘はいっていないみたいだ。目を見ればわかる。
けど、何か隠してる。
私に話せないことなんだろうか。
少しモヤモヤするが、私にはどうすれば私の知りたいことを彼が話してくれるかわからない。
「もう遅いから戻りましょう?それともお腹すいた?」
私が笑いかけると、彼も笑顔で答える。
さっきと同じ、作った笑顔だった。
「お腹は大丈夫。疲れてるのかな?食欲はないんだ。戻ろっか。」
私たちは階段の方へ移動する。
「ねぇ。」
「何?」
「仕事は順調?やっていけそう?」
「大丈夫だよ。...すぐ...慣れるさ。」
「無理しないでね。」
「無理してないよ。」
階段を上がってすぐにそれぞれの部屋の前につく。
「それじゃ。ありがとう。レーゼ。」
青い顔のまま、それでも彼は笑顔をつくって私の愛称を呼ぶ。
「ねぇ。」
「ん?」
私は...何故かアレイフが遠くに行こうとしている気がして、引き止めた。
「約束覚えてる?」
「約束?」
不思議そうな顔をするアレイフ。
「花を咲かせる魔法を見せてくれるってやつ。」
彼は少し考えて、苦笑を浮かべる。
「あれ本気だったの?」
「もちろん。」
「でも、属性の関係で...。」
「できるよ。アレイフなら。」
笑顔を向けた私にアレイフは困ったように苦笑した。
「んー。わかったよ。でも、いつまでかかるかわからないよ?」
「いいの。期限はなし。待っててあげる。」
「わかったよ。でも、期待しないでね。」
「うん。お休み、アレイフ。」
「おやすみ、レーゼ。」
なぜそんな約束を持ち出したのか、自分でもわからない。
3人で話した最後の日。冗談だった約束ごとを、今日本当の約束にした。
アレイフはきっと約束を守るために頑張るだろう。
足枷かもしれない。
けど、この約束がある限り、急にいなくなったりはしないはずだ。
不思議と、今の彼からは消えてしまいそうな危うさがあった。
だからだろうか、無茶とわかっていながらこんな約束を持ち出したのは。
それからしばらく経っても、アレイフの様子は少しおかしいままだった。
性格が変わったわけじゃない。
園にいるときはいつも通り。
けれど、明らかに食が細くなって、あまり笑わなくなった。
そして夜中に思い出したかのように起き出して手を洗う。
聞いても答えてくれない。
聞き出す術を私は持っていない。
けど、きっと大丈夫。
ゼフや私との約束を彼はきっと守る。守る努力をするはずだ。
だから、急に消えたりは、きっとしない。
今日も僕はミアやララと仕事をこなす。
最近では傭兵団の他の人たちと一緒に大きな仕事にもついている。採集の仕事よりずっと割りがいい魔物や盗賊団の討伐だ。
こういった討伐任務は大人数ですることが多く、僕らのパーティーより多人数のパーティーが複数集まって仕事をする。
その中でも僕らのパーティーは援護とか、後詰みたいな、比較的安全な役割になることが多かった。
そういう配置だと1日全く戦うことがなく終わることもある。
賃金は活躍によって分配されるので、そういう場合は安いけど、それでも採集の仕事ぐらいはあった。
こういう仕事にもだいぶ慣れてきた。
後方支援とはいえ、魔物や盗賊が襲いかかってくることもある。躊躇してたら自分や仲間が怪我をする。
はじめの頃は吐き気や幻覚に悩んだこともあったけど、今はそれもない。
カシムさんが慣れるといったのはそういうことだったんだろう。
そう、僕はもう人を殺めている。
もちろん、相手は盗賊や犯罪者だ。
はじめて殺めた相手は盗賊の人で、向こうから剣を構えて向かってきたので僕は身を守っただけ。
けれど、魔法で殺めたのに、人を殺したという事実と感触はしばらく僕に付きまとった。
思い出す相手の顔。
手についた真っ赤な血。
そしてむせ返るような返り血の臭い。
初めての感覚に悩んでいる僕を、ミアは明るく、ララは心配そうに気遣ってくれた。
そしてカシムさんが言った。続けていれば時間が解決すると。それが慣れだと。
その時はとてもそうは思えなかった。
人を殺めれば殺めるほど、夢見は悪くなり、血の臭いは濃くなる。
その頃は少し後悔していた。
やはり自分には無理だったのかと。
でも、もう汚した手は戻らない。
それからどれぐらいの日がたっただろう。
今の僕は特に何も後悔していない。
はじめて殺めた人の顔はもう覚えていないし、血の臭いもそれほど気にならなくなった。
これが慣れというものなのかはわからないが、気にならなくなると、同じ傭兵団の仲間のために。という気持ちが強くなった。
殺らなければ仲間が殺られる。
迷いなんてあるわけがない。
そして今日もまた、僕は仕事で人を殺めた。
返り血も最近は浴びなくなったし、ふさぎこむこともなくなった。
今日は盗賊の残党狩り。
僕等のパーティは前衛のサポートをするのが仕事だった。
最近少しずつ増えているポジションだ。
僕とララは魔法で援護、僕は主に防御系の魔法で、ララは回復をサポートする。
ミアは奇襲に備えて護衛。基本的にやることがなくていつも暇そうだった。
仕事が早く終わった時は真っ直ぐ園に帰り、イレーゼやローラ姉さんと一緒に幼年組の世話をする。
そして夜、寝静まった後。
僕は夜の裏庭に抜け出し、フィーに魔法を教わる。
最近は防御系の魔法を教えてもらうことが多くなった。
本当にフィーはなんでも知ってる。
例えば突風を利用して多くの弓を弾く魔法や、それの応用で突風を起こして相手を怯ませる魔法など、集団戦に向いた魔法だ。今のところ使い道は無さそうだけど、いざという時のために覚えておいて損はないはずだ。
魔力の方はそれほど増えてないけど、使える魔法の種類はここ数ヶ月でかなり増えてきた。
けれど、魔法を教われば教わるほど、フィーが教えてくれる魔法の恐ろしさがわかってくる。
僕が使う魔法はたぶん、どこの教本にも載っていない。
少なくとも人族がもっている知識じゃないはずだ。
魔法の呪文や名称に統一性がないのも、たぶんフィーが知っている魔法で最もいいものを僕に教えてくれているからだ。
風の魔法は探索や魔法防御が中心のはず。
ララの魔法がいい例だ。
でも僕の魔法は戦いの支援だけでなく、攻撃に特化している。
そのおかげで今の仕事ができているんだけど。
明け方になる前に、部屋に戻り眠りにつく。
最近すっかり寝る時間が短くなった。
けれど不思議と疲れは感じていない。
寝る子は育つというけど、僕の場合、この生活をしていると身長は伸びなかったりするんだろうか。
それは困る...。小さいのを少し気にしてるから。
明日にでも園長に聞いてみよう。




