第17話 決意と覚悟
僕が傭兵団に入って数日が過ぎた。
といっても、特に今までと何も変わっていない。
3日に1回のペースで休んでいるし、休みの日はイレーゼと一緒に園の仕事をしている。
イレーゼと僕は最年長組だ。
本当はリュッカ姉さんとイレーゼやゼフが最年長組で僕はまだなんだけど、今の園にいる子供の中では僕は上から2番目の年齢だ。だから自然と僕も最年長の扱いになる。
さすがに最年長がイレーゼだけっていうのも大変だろうし。
休みの日以外は傭兵団の溜まり場になってる酒場の方に出向いて、ミアやララと一緒に仕事を探す。
あいかわらず採集任務が中心だけど、最近は少しだけ魔物の討伐任務もするようになってきた。
3人だけのパーティだからあまり大きな仕事はできないけど。
変わったことといえば知り合いが増えたぐらいだ。
傭兵団といっても証をつけるように言われただけで、子供の僕にはまだまだ義務はないらしい。
本当は副団長が率いるチームで定期的に大きな依頼をこなすらしいけど、僕やミア、ララには割り当たってない。
なので入団したとは名ばかりで特に今までと何も変わっていなかった。
やっぱり子供だから仕方ないんだと思うし、僕の方にも不満はない。
変に危ない仕事や園の方に影響がでるようなことになっても困るし...。
あ、でも最近よく魔法以外の訓練をカシムさんやライラさんがつけてくれるようになった。
剣の使い方だ。
2人がいない時も、暇な傭兵団の人が教えてくれる。
流派とかはないらしい。そもそも基本訓練だといっていた。
今までも、ミアに少し教わる程度だったし、どうにも苦手だけど、とりあえず教えてもらっている。
魔術師といっても、僕は接近系の魔法が多いので立ち回りは役に立つ...はずだ。
そうして、今までと変わらない日々が何日も続いた。
変わったのは...ある日の夜のことだった。
仕事で遅くなった僕は、園への道を急いでいた。
門限はとっくに過ぎている。
本来、晩ご飯は期待できないけど、仕事の時はイレーゼがこっそり置いてくれていた。
たぶん今晩も大丈夫...のはず。
まぁなくても寝るだけだから大丈夫なんだけど。
そうして園に戻ってきた僕は園の扉をくぐったところで、
何かが割れる音を聞いた。
驚いて園の中に飛び込む。
中の光景を見て、僕は自分の目を疑った。
そこにはローラ姉さんと園長が対峙していた。
ローラ姉さんは頬を抑えており、床に座り込んでいる。
傍らにはイレーゼがいて、ローラ姉さんと同じように正面に立っている園長の方を見ていた。
園長が僕に気づき、振り返る。
その目は...とても悲しそうに見えた。
「アレイフか...なんでもない。なんでもないんだ。」
それだけいうと、園長は自分の部屋へ引き上げていった。
「レーゼ?」
僕はイレーゼの方に視線を向ける。
彼女は僕の方を見てうなづいた後、ローラ姉さんを連れて部屋に戻っていった。
僕はとりあえず、隣の部屋で怯えた様子だった子供達に部屋へ戻るように促した。
みんな、特に年少組は不安そうな顔をしていたし、中には涙ぐんでる子もいる。年中組も不安は隠しきれないようで、僕の袖をつかんで泣きそうになってる子もいた。
事情はまだわからないけど、確かに園長の様子はただ事じゃなかった。
食堂で一人待っていると、イレーゼが戻ってきた。
「ごめんね。お茶いれる。」
「うん。それで、さっきのは?」
「うん...座ってて。」
イレーゼは僕を席に促して、お茶をいれて戻ってきた。
「国との会合でね、援助金がかなり減額されるそうなの。」
「急だね...なんで?」
「うちだけじゃないんだけどね。よくわからないけど、全体的に孤児院への援助金が減額されるんだって。」
「そうなんだ...いつから?」
「来月から。どこもギリギリで経営してるからかなり厳しいんだけど、もう決定みたい。」
孤児院の経営は寄付金と国の援助で成り立っている。
不定期の寄付金に比べ、国の援助金は定期的にもらえる安定した収入源だ。
この園の経営も、国の援助金と寄付金、あとは園長がたまに受ける魔術関係の依頼で成り立っている。
僕はお茶を飲みながらイレーゼの話を聞く。
「それで?」
僕は続きを促した。
確かに、援助金は大きいが、それだけで園長があんな状態になるとは思えなかったからだ。
「ローラ姉さんの足、やっぱり良くないみたいなの。」
「毎週治療してたよね。」
「うん、最初に比べればよくなったし、外傷は消えたけど...。」
「歩けるようにはならない?」
「ううん。治療すれば歩けるようにもなるって。」
「...お金?」
「それもあるけど、一番はコネがないことかな。ローラ姉さんの足ぐらいになると、最上級の治癒魔法じゃないといけないらしいの...この国でもほとんどいないらしくて、一般人が簡単に見てもらえるものじゃないんだって。それに長い期間、高額な治療を何度もする必要があるって。」
「今の治療続けても意味ないってこと?」
「ええ。今の治療で治るところまでは治ったらしいわ。」
ローラ姉さんの足ははじめの頃に比べれば随分よくなった。
怪我は傷痕も残ってないし、ローラ姉さん自身も元気だ。
けれどまだ右足がほとんど動かない。
だから1人で歩くことができるようになったものの、杖のようなものが必要だった。
「それで、園長はお酒を?」
「ええ。」
さっきすれ違ったとき、確かにお酒の匂いがした。
普段園長は、お酒など飲まない。
孤児院をはじめてから禁酒したのだと昔聞いたことがある。
その園長がお酒を飲んで帰ってきたらしい。
「それでね。ローラ姉さんが...。」
「出て行くっていったの?」
「うん...。」
「無茶だよね。」
「そうだけど、ローラ姉さんからしたら...やっぱりね。」
ローラ姉さんは責任感が強い。
そうでなくても怪我をして園に戻ってきたことと、自分の治療が園の財政を圧迫してることを気にしている。
でも、ここを出て行ってもローラ姉さんに当てなんてないはずだ。
「実際、園の経済状況はどう?」
年長組になって、現在園のお金の状況を一番よく知っているのはイレーゼだ。
前までは園長と年長組の誰かが管理していたが、今は園長も仕事を受けることが多いため、イレーゼが主に園のやりくりをしている。
「そうね...。かなり厳しいわね。私が働きにでても足りないぐらい...。」
「そんなに...。」
「アレイフが頑張ってくれてるから今まで大丈夫だったけど。国の援助金が痛いわね。年中組の子達もアレイフやゼフみたいに働くっていってくれてるけど、アレイフほどの稼ぎにはならないだろうし...。あ、働き先は大丈夫よ。リュッカ姉さんが働いてた花屋のお婆さん知ってるでしょ?あのお婆さんが紹介してくれるところだから。」
「...ローラ姉さんは?」
「...知ってる。私に園のやりくりを教えてくれたのは姉さんだもの。」
暗い顔をするイレーゼ。その手は固く握られていた。
そういえばイレーゼはローラ姉さんと僕以上に仲がよかった。昔は確か同じ部屋だったし、今の状況で何とか力になりたいと思ってるんだろう。
僕は固く握られていたイレーゼの手をとって、ローラ姉さんの部屋を訪れた。イレーゼは突然の僕の行動に驚いている。
「どうしたの?二人して。」
急な訪問に驚いた様子のローラ姉さんの顔には涙の跡があった
「2人にお願いがあるんだけど。」
イレーゼとローラ姉さんが僕の方を見る。
僕は隠していたバンダナを2人に見せる。
飾り気のないバンダナには、中央に羽ばたく鷹のモチーフが描かれている。
「それは何?」
「バンダナ?どうしたの?」
2人は不思議そうな顔をしていた。
「先月なんだけど、銀鷹傭兵団っていう傭兵団に入団したんだ。」
このバンダナは入団時にもらった団員の証だ。
団員はみんな装備にこの印をいれているらしい。
昔使っていたものだとカシムさんがくれたものだ。
「よう...へいだん...。」
「嘘でしょ...。」
2人は驚いていた。当たり前だ。
僕みたいな子供が入るような場所じゃない。
普通、傭兵は盗賊団の討伐や、ダンジョンの攻略など血なまぐさい危険な仕事が中心になるし、何より荒くれ者達のイメージで、見た目はまぁその通りだし。いいイメージをもってる人は少ないだろう。
だから本来僕がそういっても普通の大人は信じないだろう。
けれど、この2人はきっと僕が嘘をいっているか本当のことをいっているかわかるはずだ。
僕の予想通り、2人とも僕の目を見た上で、驚いていた。
「本当なの?」
イレーゼの問いに僕がうなずく。
「なんであなたが?」
ローラ姉さんは泣きそうな顔をしている。
やめてほしい...僕は嫌々入団したわけじゃないんだから。
「大丈夫だよ、別に嫌々入ったわけじゃないし、みんな良くしてくれるから。」
これは本当だ。
傭兵団の人たちはとても親切だ。たまに変な絡み方をされるし、ガラの悪い人もいるけど、本当に悪い人には今のところあってない。
「でも、危険でしょう?それは...お金のためじゃないの?」
僕が働いていることはローラ姉さんも知ってる。
気をつかわせないように答えることはできるけど、どうせ嘘は見破られるから正直に伝えることにする。
「うん。」
「そう...。」
ローラ姉さんは悲しそうな顔をする。
自分のせいだと責めている顔だ。
「それでね。僕も年長組だし、将来のことを考えて本格的に働きだそうかとおもってたんだ。こういうのは早いほうがいいし、いい機会だから、ローラ姉さんやレーゼに園のこと頼んでもいいかな?」
僕は笑顔で告げる。
「傭兵になるの?園を出て行くつもり?」
不安げに聞いてきたのはイレーゼだ。
「ううん。本来の卒業までは園に下宿させてほしいんだ。もちろん下宿代は払うよ。」
僕が覚悟を決めて、本格的に働けばたぶん園の財政状況はギリギリ助かるだろう。
ローラ姉さんの治療分までは無理かもしれないけど、それはちょっとずつ貯めるしかない。
「ダメよ。傭兵なんて。」
ローラ姉さんの反対は想定内だ。
「ローラ姉さん、僕が将来何になろうが僕の勝手だよね?なりたいものを目指しなさいって教えてくれたのは姉さんだよ?」
「お金のためにでしょ?争いごとが苦手なあなたが...そんな。」
ローラ姉さんは今にも泣きそうだ。
逆にイレーゼは僕をじっと睨み付けるように見ていた。
「勘違いしてない?傭兵っていっても、そんな危ないことしないよ?まだ子供だからって採集とか迷子探しみたいな仕事しかもらえないし、危なくないよ。」
嘘はいっていない。
ローラ姉さんは僕の目をじっと見ている。
「それにね、園を卒業したら僕も働かないといけない。勉強苦手だし、得意な魔法を活かそうと思うとてっとり早いんだよ。傭兵の仕事。風の属性は探索とかに向いているし。」
ちゃんと先のことを考えているとアピールする。
ローラ姉さんとイレーゼは僕の目をまだじっと見つめていた。
しばらくして、ローラ姉さんは静かに目を閉じる。
「わかったわ。園のことはできる限りレーゼを手伝うから、気にしないで頑張って。お願いだから危ないことだけはしないでね。」
僕はローラ姉さんに笑顔で「うん。」と答える。
イレーゼは黙って僕の顔をまだ見ていた。
...何か言いたそうな顔をしている。
それから少し雑談して、イレーゼと一緒にローラ姉さんの部屋を出た。
廊下でイレーゼが急に立ち止まる。
「ねぇ。」
「何?」
「嘘だよね。さっきの。」
イレーゼがいってるのは、僕が将来を考えて傭兵になったというところだろう。
...同じ家族でもイレーゼとゼフには特に嘘が通じなかったっけ。
「うん。」
僕は、素直に肯定した。
「それでいいの?」
「うん。僕が今一番大事なのは、この園のことだから。ゼフとの約束をいきなり破る訳にはいかないよ。」
僕はゼフとの約束を持ち出し笑いを誘ったが、イレーゼは真面目な顔のままだ。
「ねぇ、本当に無茶はしないでね。」
「大丈夫だよ。」
僕は笑ったが、イレーゼはずっと難しい顔をしていた。
そう。僕はこの日に決めた。
もう迷わない、躊躇もしない。
貪欲に金を稼ぐ、家族のために。
「男の顔だね。」
イレーゼと別れ、部屋に戻るとフィーが笑いながら話かけてくる。
「大丈夫。ボクがついてるよ。」
フィーの声をききながら、僕は覚悟を決めた。




