レアな日々
朝日が差し込み、私は目覚めた。
身体を起こして、伸びをすると窓から外を見る。
太陽の位置からまだ明けてすぐだろう。
朝日で目覚めるのは昔と変わらない。
けれど、あの冷たい石の部屋と、私が今寝ているベッドでは全然違う。
私が今の生活を手に入れてからまだ半年もたっていない。
だからまだ鮮明に覚えている。そして今でもふとした時に思い出す。
冷たい石の床、寒さに震えながら眠る夜、私たちを背に隠していなくなってしまったドラ達。
私はいま幸せだ。
だからふと不安になる。
私だけが助かってよかったんだろうか?
私と一緒に助け出された子供達は新しい家に迎えられたらしい。
大人達はほとんどがここで働いている。
けれどドラ達は?
今ならわかる。彼女達はもう二度と戻ってこない。
もう少しで私も同じ目にあっていたはずだ。
だからこそ...私だけがこんなに幸せになっていいのかと。
私はベッドから起き上がり、身支度を整えて部屋から出た。
考えても答えはでない。それならできることをする。
あの人に教えてもらったことを守るために。
部屋の外に出て食堂へ向かう。
この新しいお屋敷でも、前のお屋敷、ホームって呼ばれてる場所でも食事はみんな1階の大きな食堂でとる。
みんな時間は違うけど、この部屋で仕事をしている人はみんなこの食堂で一緒だ。
ホームよりは小さいけど、このお屋敷の食堂はまだ新しいから綺麗だ。
ここで料理を作っている人も私と同じ場所から助けられた大人の人らしい。
私とはここではじめて会ったけど、話を聞くとそういって笑ってた。
「おはよう。レアちゃん、早いね。」
「おはよう。おばちゃん、今日は?」
「今日はスープとパン、あとは肉と魚どっちにする?」
「魚で。」
「あいよ。」
そういうとおばちゃんは作ってあったスープやパンをトレイに置いていく。
「レアか...早いな。」
「あ、おはようございます、レイ様。」
「お館様、早いですね。魚と肉、どちらにします?」
私の後ろにはいつのまにかレイ様がいた。
おばちゃんも驚いている。この時間ならミアぐらいしか食べにくる人はいないはずだけど、特にレイ様がくるのは珍しい。
この人はレイ様、本当はアレイフ様というらしいけど、みんなには主様、お館様、レイ様っていろんな名前で呼ばれてる。私はいろいろと教えてくれた珀さんと同じ呼び方を使うようにしている。
一番短くて呼びやすいから。
レイ様は目の下に大きなクマがあって、少し...いや、かなり疲れているみたいに見えた。
朝から疲れてるってことは、もしかして寝てない?
「いや、スープとパンだけでいいよ。」
「お館様!それじゃあ力が付きません。サービスするんで、ガッツリ食べてください。」
おばちゃんは豪快に笑うと、私の倍はあろう器にレイ様の分を盛っていく。
悪気はないと思うんだけど、レイ様の顔が引きつってる...。
自分のトレイをとって、私はレイ様の対面に座った。
「レアは最近どうしてるんだ?ララからは魔法もずいぶん使えるようになったってきいたけど。」
山盛りに積まれたパンを食べながらレイ様が聞いてきた。その表情はやっぱり優しい。
けれど、どこか...ドラ達の顔を思い出す。
「はい、最近は翠さんにもいろいろと教わってます!」
「翠に?へぇ...メイドの仕事も教わってるのか、レアは将来なんにでもなれそうだな。」
ニコニコ笑うレイ様、けれどメイドの仕事とはなんだろう?
私が翠さんに教わってるのはナイフの投擲術とか短刀の使い方なんだけれど...。
訂正しようとすると、いつの間に来たんだろう、翠さんがレイ様の後ろに立っていた。
「レイ様、よろしければ私がお手伝いしましょう。」
「おわっ!翠!?」
翠さんはレイ様の隣に移動すると、ナイフとフォークで肉を切り、レイ様の口元に運ぼうとした。
「翠、何してる?これはどういう...。」
「利き腕が不自由な主への作法です。気にせず口を開けてください。」
「あ...あぁ。」
レイ様の口に翠さんが肉を突っ込んだ。
つづいて、もう一切れ切ろうとする。
「って、違う!翠、そんなこと頼んでないぞ?自分で食べられるし、そんなに食欲もないからパンとスープだけで十分なんだ!」
「ですが、昨日の昼からまともな食事をされていません。夜も帰り際にリザ様とお菓子を少しつまんだだけでしょう?」
「なぜそれを!?」
「私は専属ですから。」
そういうと、翠さんは再びレイ様の口に肉を運び込んだ。
「・さ...すがにすべては食べきれない。手を付けたら誰かに渡すこともできないだろう?」
レイ様はどうやら肉と魚に手を付けず、誰か...たぶんあっちで二度目のお替りに向かった近衛のイチさんに渡すつもりだったんだろう。
「心配無用です。残りは私がいただきます。」
「翠が!?」
「なので好きなだけお食べ下さい。」
「いや...でも...そんな食べ差しを片付けさせるわけにも...。」
「お気になさらず。では、バランスよく私が運びましょう。私が運んでいるのですから食べさしとはいえないでしょう。」
そういうと翠さんはスープをスプーンですくい、フゥーフゥーと冷ましてからレイ様の口元に持って行った。
「いや...さすがにそこまでしてくれなくても。」
レイ様の顔が赤い。
けれど、翠さんはスプーンを持ったまま止まっている。
しばらくにらみ合ってから観念したのか、レイ様がスプーンを口に入れた。
さすがはレイ様専属メイドで、他のメイド達からは”狂信者”という異名で呼ばれている翠さんだ。
主を押し切るメイドなんて普通はありえないと珀さんが言ってたけど...。
食事を食べ終わると、宣言通り、翠さんはそのままテーブルについた。
「翠?本当にいいのか?」
「はい、お構いなく。館の入口で、すでにクイン様がいらっしゃっていると思われます。私はまた夕方に合流しますので。」
「...わかった、じゃあ、お先に。レアもまたな。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
レイ様が立ち去ると、私と翠さんだけが残った。
...イチさんがもう何度目かわからないお替りに行ったけど、仕事は終わったんだろうか?このあと護衛任務ならまた怒られるんじゃ...。
「レア、このあと時間がありますが、どうしますか?」
「じゃあ、お願いします。準備して待ってますね。」
私の今日の予定は翠さんに教わることに決まった。こうやって少しずつでもできることを増やしていきたい。
そうすればいつか、私が助けたいと思った人を助けることができるはずだから。
それにしても、翠さん、まるでスプーンやフォークを舐めるように食事をとっているけど...あんな変な食べ方をする人じゃなかったはず...。
けれど、私は何も言わない。一礼だけして、部屋に戻って準備しないと。
何も仕事をしていない私は、優秀な人たちのちょっとした時間の合間にいろいろなことを教えてもらうようにしている。
そういうのを効率がいいというらしい。
けっして、翠さんの恍惚な表情が怖くて、声をかけられないからじゃない...決して。
この日の午前中は翠さんからみっちりとナイフの使い方を教わった。
前に教えてもらった投擲術もそうだけど、翠さんは本当にいろいろと詳しい。
次は暗器という特殊なものについても教えてくれるらしい。また翠さんの予定を聞いて、次の目途をつける。
誰かに教えてもらったら、その終わりに必ず、わかる限りの予定を聞いて、暇な日をメモする。
時間を縫って効率的に教えてもらう私なりの方法だ。
最近だと、ミアやララ、珀さんや翠さんの他、食堂のおばちゃんやリザさんもいろいろと教えてくれる。
次に狙うのはウキエさんやランドルフさん、2人とも多忙でなかなか時間は取れないみたいだけど、ぜひ2人から内政や軍というものを学びたい。そうすればきっと私はもっと役に立てるようになる。
今のところ、将来何をしたいかと言われてもよくわからない。
ミアやララみたいに、近衛兵を勧められることもあるけど、翠さんみたいに護衛もできるメイドもいいと思う。
他にもウキエさんみたいに内政や、ランドルフさんみたいに軍の運用に携わるのもかっこいい。
そこで私は気づく。
私の思い描く未来の中心にはどれもレイ様がいる。
...当然かもしれない。私のしたいことを実現できる人に付き従い、その人の力になれば、間接的に私の願いもきっと叶うのだから。
たぶん、私が助けたいと思う人をレイ様は助けてくれる。
なら、私は将来、どんな方法でも...いや、違う。
たくさんの方法でレイ様のお役に立てれば、それだけ多くの人を助けて、私みたいに幸せにしてあげることができるはずだ。
私は昇り切った太陽を見て、目を細める。
そろそろ昼食、そのあとはララに魔法を学ぶ。
朝が弱いララもそろそろ起きてくるはずだ、部屋に行って一緒に食堂にいけばいい。
今している努力はきっと報われる。
将来、ただ身代わりになるしかなかったドラ達を、笑顔で助け出せる人間に、私はなりたい。




