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聖人君子が堕ちるまで  作者: 澤田とるふ
第4章 魔国の姫君
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第93話 ヘイミング来襲

 珀に案内されてきたのはヘイミング親子だった。

 父親のイスプール・ヘイミングと、その娘、イリア・ヘイミング。

 特に約束していた記憶はないし、何の用か...この二人のことだから、あまりいい予感はしない。


「すまないね、シンサ卿、突然に。」


「こんばんわ、アレイフ様。」


 気安く手を挙げて挨拶するヘイミング卿に、なぜか臣下の礼をとったイリア嬢。


「大丈夫ですよ。ヘイミング卿。お久しぶりです、イリア様。それで、お二人揃ってどうしたのですか?とりあえず、お座りください。」


 客間のソファーを進め、自分も対面に座った。


「レイ様、こちらを。」


 すると、珀が隣に寄ってきて、紙を手渡される。

 中身を読むと、金貨や布、家具、食器...銅像?なんだこれ?


「屋敷が完成したときいてね、微々たるものだけど、そのお祝いの品をね。それと娘が、シンサ卿の怪我を聞きつけて、お見舞いしておきたいといったので連れてきたんだよ。」


 どうやら(はく)の渡してきた紙は目録だったらしい、にしても...これはすごい量じゃないだろうか?

 こういうものか?という意味を込めて(はく)の方を見たけど、首を左右に振られた。


「すいません、高価なものをこんなに...。このあたりの礼儀に疎くて。」


「いや、返礼はいらないよ。気にしないでくれ。私と君の仲じゃないか。」


 なぜかヘイミング卿の笑顔はこちらの不安をあおる。

 もちろん、懇意にしている相手だし、信頼もしている。けれどこういう笑顔のヘイミング卿は何か企んでいる気がする。


「それよりも、腕は大丈夫ですか?左肩や足も怪我をしているようですが。」


「はい、大丈夫ですよ。右腕はこの通りですが、あとは大したことありません。それより仕事が多くて忙殺されてます。」


 そういって笑いながらイリア嬢に答えたが、内心は冷や汗を流していた。

 右腕は見ればわかる。けれど左肩は第四師団の一部の人間しか知らないはずだ。そして何より足を怪我したのは今日の朝、ミアに抱きつかれて挫いたばかり。

 なぜその情報を知っている!?


「それはよかったです。」


 ニコニコ笑うヘイミング親子、さて、どうやって帰ってもらおうかと早くも考えていたところで、(はく)が恐ろしいことを言い出した。


「あの、よろしければお食事など如何でしょうか?お口に合うかわかりませんが、ゆっくり団欒されては?」


「よろしいのですか?」


 何言ってんの!?と叫びそうになったが押しとどまった。イリア嬢が嬉しそうに返答したからだ。


「はい、もちろんです。レイ様、よろしいですよね?」


「...も、もちろん。ゆっくりしていって下さい。」


「それでは準備してまいりますね。翠ちゃんも借ります、ここは別の者にこさせますので。」


 そういうと、(はく)がまた俺に紙を渡して部屋を出ていった。

 紙には、返礼の品を用意するので少しでも時間を稼いでください。とあった。

 なるほど...確かに要らないといわれても、何も用意しないわけにはいかない...。

 となる時間を稼ぐために夕食はもってこいだ。


 この時間に約束なしの来訪、祝いの品、本当に偶然だろうか...。


 食事まで、当たり障りのない談笑をしていると、ヘイミング卿が笑いながら軍についての編成に触れてきた。


「そういえば、もうすぐ弓兵の三番隊を設立するんだったね。ぜひ式典には呼んでくれよ?」


「もちろん招待状は送りますが...大丈夫なのですか?普通あまり他師団の式典には顔を出したりはしないものでしょう?」


 そういうものだとウキエさんに聞いた。

 うちの式典で呼ぶのは南部の派閥貴族と、王城の誰か、たいてい姫か王子の誰かだ。

 他の師団長クラスには招待状だけを出して、言葉をもらうか、代理で誰かに来てもらうのが普通らしい。


「娘の晴れ舞台は見ないとね。」


「お父様、気が早いですよ。」


 嬉しそうに頬に手をやるイリア嬢、いや...確かに配属ではイリア嬢はうちの第四師団に配属予定だ。

 三番隊かどうかまでは決めてないけど、たぶんそうなるだろう。

 なんといっても彼女は弓の名手なのだから。

 ただこの口調...彼女がまるで三番隊の隊長になること決まっているかのような口ぶりだけど...さすがに釘を刺しておこう。


「次年度からはイリア様にも力をお貸し頂くことになりますね。しかし、うちの隊長選抜は実力主義ですよ?」


「もちろんです。アレイフ様。でもお任せください。戦場の経験は未熟ですが、実力だけなら誰にも負けません。」


「それは期待しておきます。そういえば、第三師団からかなり多くの弓兵がこちらに異動願いを出していますが...。」


 イリア嬢は自信があるらしい、別にコネで隊長になろうと考えているわけじゃなさそうだ。

 ということは実力で隊長を目指す?さすがに兵士として経験を積んだ者たちに、つい先日まで学生だった者が勝てるはずないと思うけれど...。

 この話題のついでに、第三師団からの大量異動についても聞いておこうと思い、ヘイミング卿に問うと、はじめて困った顔を向けられた。


「ああ...あれはね...先に言っておくけど、私の差し金ではないよ?本当に私は何もしていないんだ...ただ、イリアがね...。」


 どういうことだろう?完全に仕組まれたものだと思っていたが、そういう感じではなさそうに見える。

 ヘイミング卿の様子は本当に困っているようだ。


「あら、私は第四師団に希望を出したと、皆にいっただけですよ?」


「それだよ...。困った娘だ...。」


 どういうことだろう?

 首をかしげる俺に気づいて、ヘイミング卿が説明してくれた。


「いやね...実はイリアは昔から軍務に付いて回っていてね。客観的に見てもそこらの学生より戦場の経験もあるし、優秀なんだよ。何より一緒に行動していたうちの第三師団の中にはイリアが配属されると信じて、副隊長や隊長の席を空けていた部隊まであるぐらいで...。」


「それは...。」


 意外だった。まさかお嬢様だと思っていたイリア嬢が実践経験済みだったとは...。

 というかいきなり隊長や副隊長の席って、イリア嬢の人気すごいな...。


「そこにイリアが第四師団に入るって言いだしたからね。イリアを待ってた部隊が第四師団に異動願いを...あれでもかなり止めたんだよ?さすがに部隊長だけじゃなく副官まで引き抜かれたらたまらないからね。」


「申し訳ありません、アレイフ様、もう少しで中枢メンバーも引き抜けるところだったのですが...。」


 申し訳なさそうなイリア嬢に戦慄する。

 これは意図して自分に好意的な父親の師団から第四師団に引き抜いたということを認めるようなものだ。

 第四師団と第三師団では軍の構成が違うけど、うちでいうと、ウキエさんやカシムさん、ガレスさんを引き抜かれるようなもの...。

 そんな副官まで異動させる気だったとは...イリア嬢、おそるべし。


 心強いと思える半面...気を付けないと恐ろしいことになる気がする。


「大丈夫、イリアは君の味方らしいよ。父親の私よりね。」


 俺の表情を読んだのか、ヘイミング卿が苦笑いを浮かべていた。


「もちろんです、アレイフ様の味方ですよ?早く正式な辞令が下りないかと待ち遠しいです。」


 にっこり笑うイリア嬢、優秀な人材なのは間違いないはずだ...扱いは一度ウキエさんやランドルフに相談する必要がありそうだが...。





 私は、お客様の相手をレイ様に任せて応接室を出ました。先程レイ様の陰から私の方に移動してきた翠ちゃんにはウキエ様を探しにいってもらいました。

 この時間から返礼の品を用意って!そもそも貴族同士とはいえ、あれだけの品物をもらった場合の対応がわかりません。

 普段のお茶会での贈り物と返礼とはわけが違います。


 翠ちゃんがウキエ様を連れてくるはずなので、私は経理を牛耳っているヒム様の部屋を訪れました。

 ウキエ様とヒム様、私と翠ちゃんで手分けして返礼の品を用意することになりましたが、今から手に入るものには限りがあるので、イッヒ男爵が用意してくれた商品になります。これなら珍しく、高価なので返礼にはピッタリとのことでした。

 ただ、予定外の出費なので、あとで関係各所にフォローも必要になります。その辺りはまたウキエ様が苦労することになるでしょう。

 本当に、急にいろんな仕事を持ってきてくれる人達です!


 レイ様達の食事も終わる頃には何とか準備もでき、目録も作ってレイ様に終わったことを告げると、それを見計らったように、ヘイミング伯爵様がそろそろお暇しようかな。とおっしゃられました。


 目録を渡し、返礼を終えると、ほっとして主人であるレイ様と一緒に2人の来訪者を見送ります。

 レイ様とヘイミング伯爵様が何か話している間に、イリア様が私と翠ちゃんのほうに寄ってきて、話しかけてきました。


「突然ごめんなさいね。悪気はなかったのだけれど、手間をとらせてしまいましたね。えっと、(はく)さんと(すい)さんでしたか?」


 貴族のご令嬢様が、私たち使用人の名前を、それも亜人の名前をきちんと憶えていてくださったことに、素直に驚いてしまいました。


「はい、私がメイド長の(はく)、こちらが、アレイフ様付きのメイドで(すい)と申します。」


 私と(すい)ちゃんが頭を下げる。


「双子なのですか?すいません、見分けが・・・頑張ってつけるようにしますから、もし間違っても気を悪くしないで教えてくださいね。」


 イリア様は申し訳なさそうに私たちに笑いかけられました。お嬢様という感じはしますが、いい人みたいです。


「大丈夫です。毎日会う人でも良く間違えられますから。お気になさらず。」


「けれど、この家の者になるなら、きちんと見分けがつかないと周りに恥をさらすことになるでしょう?」


 私の気づかいは、驚きの一言でかき消されます。

 この家の者になる!?


「あの...このお屋敷はアレイフ様のお屋敷でして、住んでいるのは住み込みの私たち使用人と、一部の近衛兵だけですが...イリア様は近衛兵になられるのですか?」


 私の質問に、イリア様はふふっと笑って、左手を見せてきた。細く、きれいな指、その薬指には指輪がはまっている。

 価値はわからないけれど、きっと高いものなのだろう。けれど、どうしてこのタイミングで指輪を?


 私と(すい)ちゃんの困惑を感じ取ったのか、イリア様は笑顔を深めます。


「この指輪は遠征前にアレイフ様に頂いて、付けて頂いたものなのですよ?」


 この国の未婚女性に対して、指輪を贈り、かつ左の薬指に付けることには意味があります。

 元々貴族身分の方々の習わしではあるのですが、最近は平民の間にもひろがりつつあります。

 例えば、右手は家族や親族が贈り、それをつけることで意味が生まれます。逆に左手は恋人や夫が贈ることで意味を持つのです。

 左手の薬指にはめられた指輪は恋人を表し、さらに人差し指に指輪を付けることで正室、中指が側室、小指が妾の意味合いを持ちます。

 側室や妾を持つのは貴族や大商だけなので、平民は恋人の薬指に指輪を贈り、結婚するときに人差し指に指輪を贈るのが最近の流行りです。


 現在、イリア様の左手薬指にはきれいな指輪がはまっています。これが意味するのは...。

 私も驚いていましたが、(すい)ちゃんはそれ以上だったようで、いつも姿勢を崩さず、マイペースなのですが、今は目をまん丸に開いて、イリア様の指を見入っています。

 手に持っていた目録の写しも落としてしまっていますが、それに気づいて、拾う気配もありません。


 私だけじゃなく、(すい)ちゃんにも気づかれず、いったいいつの間にイリア様はレイ様と距離を縮めたのでしょう?


 驚く私たちをよそに、イリア様は幸せそうにほほ笑んで、去っていきました。

 翠ちゃんはまだ立ち尽くしています。

 レイ様が声をかけても反応はなく、しかたないので、私の方で周りに気にしないよう告げて、(すい)ちゃんを部屋に運んで行きました。


 ...しばらく、お休みを上げた方がいいのでしょうか?

 (すい)ちゃんの歪んだ愛情を知っている私は、複雑な気分で部屋に戻りました。


 これで(すい)ちゃんが目覚めてくれたらいいのですが...いや、ないとは思いますが、変なことにならないよう気を付けないといけません。

 不安を覚えつつも、私はかわいい妹を気遣いました。


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