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聖人君子が堕ちるまで  作者: 澤田とるふ
第4章 魔国の姫君
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第91話 同盟成立

 王城では白熱した会議が行われていた。

 その議題はリントヘイムの処遇について。


「相手の条件は第四師団による統治、交易は平等と言っているが、国軍の師団長は領地を持たないのが原則だ。この条件を飲むことは過去から継承してきた原則を破ることになる。」


「いいのではないか?無条件に明け渡してくれるのなら、悪い条件ではない。」


「それでは個人、第四師団長が力を持ちすぎるではないか!」


「それに元々あそこが所領だった者達も黙っていないだろう、リントヘイムを最前線とすればいくつもの農村や街が昔のように住めるようになる。」


「誰が戻るというのだ、一度滅びた場所に。それに開拓するにも資金と時間がかかりすぎる。」


「そうだ、厄介事が多い上に、あそこを所領としていた貴族も所詮は逃げ帰った者にすぎん。守りきれずに逃げ帰った土地を再び返せとはいってこないだろう。」


「だが、領地が欲しい貴族は他にも数多くいる。特に南区には多いだろう!」


「ならばリントヘイムだけを第四師団長に統治させ、周りの村は他の貴族の所領にしては?」


「リントヘイムは南部最大の都市だ!そこがなければ旨みはないぞ?」


「しかし、他の貴族が治めるのであれば返還してもらえんではないか!交渉の余地はあるのか?」


「勝ち取ればいいではないかっ!」


「そうして、また無駄な戦死者を出すのか?」


「別の国軍を出せば!」


「他の国軍も紛争を抱えている、手薄にはできん。」


「待て、太守を第四師団長とし、収益は国が召し上げるというのはどうだろう?」


「それでは領地を狙う貴族から不満が!」


 ローレンス帝国から出された条件について、国の重鎮たる幹部達が朝から話し合っているが、一向に方向性すら決まっていない。

 白熱した会議は脱線を繰り返し、元の議題に戻ってはまた脱線を繰り返す。

 皇帝と宰相、ヘイミング卿は黙って成り行きを見守るだけだった。


 ずっとまとまらない議題に業を煮やしたのか、一人の大臣が宰相とヘイミング卿の方を見た。


「宰相や、ヘイミング卿はいかがお考えか?」


 宰相とヘイミング卿はすでに話していたのか、お互い目を合わせると、宰相が語り出した。


「基本的に、我々はあちらの要求を飲む形で問題ないと考えております。」


「しかし、それでは国軍の原則に...。」


 宰相の発言に大臣の一人が反論する。


「分かっております。ですので、太守としては第四師団長の推薦する人物に任せればいいかと。であれば、国軍が領地を持つことはなく、駐留しても問題ありません。それに、そもそもリントヘイムも交易以前に復興作業が必要となります。第四師団だけでは不可能でしょう。周辺の貴族の力が必要です。」


「任命権を第四師団長に渡すということですか?」


「少し違います。何人か候補をあげて頂き、こちらで任命すればいい。少し条件とは異なりますが、あくまで第四師団が治安維持、監督を行うのであれば、交渉の余地はあるのではないですか?」


 宰相の目がヘイミング卿に映る。


「そうですね。あくまで第四師団長が頂点にいれば、実際に領地を治めるのは他の貴族でも問題ないでしょう。問題あるとすれば、下手にその貴族をこちらで任命し、亜人差別など行えば、その場で第四師団長に裁かれる可能性があるということですが...宰相の案ならそれもないでしょう。」


 大臣達の目が再び宰相に移る。


「どうでしょうか?細かいことはまだまだありますが、方向性としては条件を飲む方向で決めてみては。」


 宰相の言葉に大臣達も頷き、長く続いた会議も意味のあるものに変わっていくように思えた。


「1つよろしいか?」


「なんですかな?」


 手を挙げて発言を求めた大臣が発言する。


「方向性は依存ありませんが、1つ懸念が。相手の...ローレンス帝国でしたか?聞けば第四師団長をずいぶんとかっているらしいではありませんか。しかもその相手は相手国の王家筋とか...まさか引き抜きの心配はないでしょうな?」


「た、確かに、第四師団長が寝返ればいっきに王都まで攻め上られます。」


「第四師団長はこの帝都とリントヘイムを行き来するのですよね?確かに少し懸念が...。」


 また大臣達が騒ぎはじめると、ヘイミング卿がコホン!っとわざとらしい咳払いをした。


「それを言っていてはキリがありませんが、皆様の懸念もわかります。しかしながら私に少々考えがありますので、任せて頂けませんか?」


「ヘイミング卿?案とは?」


 聞いたのは宰相だった。これに関しては事前に話していなかったらしい。


「何、簡単な話です。”貴族の義務”を果たして貰えばいいのです。それなら裏切る事などなくなるでしょうし、みなさんも安心できるのでは?」


 その言葉に、ほとんどの大臣が「なるほど。」とうなづいた。


「ヘイミング卿、そのことに関してなのだが、わしにも考えがある。あとですり合わせを行おう。」


「...わかりました。」


 はじめて発言した皇帝は鋭い目つきでヘイミング卿を見ていた。

 まるで敵を見るような目で。


「では、ひとまず同盟に関してはこの方向で話を進めましょう。おそらく同盟も問題なく進むでしょう。細かな部分やリントヘイムの復興に関してもある程度、決めておかねばなりませんし、使節団についても考えなければなりません。」


 王城での会議はまだまだ続く。

 会議が無事終わったのは深夜、そしてそのことが下知されたのは次の日の朝だった。





 数日後、リントヘイムにて、シュイン帝国とローレンス帝国の同盟調印が成された。

 同時にお互いの皇帝からの親書、そして会談、使節団の予定を中心とした会議の場を持つことも決定した。

 ローレンス帝国も外交官をリントヘイムに派遣してくるらしい。


 同時に、第四師団はしばらくリントヘイムやそれに連なるエスリーの砦、テレス砦の守護に人員を割くことになる。

 まずはリントヘイムを復興し、治水や開墾、城壁の補強や施設の建設を行う必要があり、内政官や調査官が派遣される。

 その護衛などすべて第四師団が中心で行われることになっていた。


 また、ローレンス帝国からも人員をいくらか派遣してくれるらしく、少し準備もあるからと、後日連絡するといって、アウレリア殿下を中心とした軍は森の砦に戻っていった。





 王都、第四師団本部。


「あの...弓兵隊として3番隊の設立案なのですが...。」


 第四師団内ですっかり内政官になってしまったウキエさんが書類を持ってきた。

 ここ数日は忙しすぎて、もう何の書類に判を押しているのか自信がない。


 リントヘイムにはランドルフとガレスが復興作業や周辺の魔物駆除を行っている。

 またリントヘイムまでの道はカシムが中心となり、輸送団の護衛を行っていた。


 国王に提出する太守候補の資料や、復興計画書、それに伴った予算案、相手国とのすり合わせなど、することは多く、優先順位を振りながらとにかく1つでも早く進めるように処理を行っている。

 またしばらくしたら、リントヘイムに行く必要があるので、師団長印の必要な案件はさっさと済ませる必要があった。

 ...いっそウキエさんに印を渡してしまおうと思ったが、怒られて却下された。

 いいじゃないか、ほとんどそのまま印を押しているだけなのだから...。


「えっと、どれですっけ...あぁ、行く前に出してたやつ?どうでした?」


「はい、弓兵の募集は問題なく、警邏隊の中からも希望者は何人も集まりましたが...その、これを。」


 ウキエさんの持ってきた資料は、隊内からの希望者名簿ではなく、徴兵によって国軍に所属し、うちに割り当てられた人材の名簿だった。

 一覧らしく、名前と年齢、あと文武の希望と、武であれば希望する兵種まで書かれている。


「これがどうし...ん?」


 なんとなく予想はしていたが、その名前を見つけて俺は苦笑いを浮かべた。


「はい、間違いなく、第三師団長のご令嬢です。」


 その名簿には”イリア・ヘイミング”の名前が書かれていた。


「...そうか。」


「事前に知らされていたのですか?」


 ウキエさんが眉をひそめた。

 本来、国軍からの配属はこちらが希望しない限りは任意で割り振られる。

 そして今回、第四師団は特に誰かを希望したりはしていない。

 なので、状況だけ見れば偶然なのだが、普段の付き合いを考えると、とてもそうは思えなかったのだろう。


「いや、聞いてはいなかったが募集に目を光らせていたから...それにこれはヘイミング卿の故意を感じる。」


「残念ながら、それだけではないのですが。。」


 そういってウキエさんが出した資料は、他師団からうちへの転属希望の資料だった。

 第一師団や第二師団からはないが、第三師団からは80名もの人材がうちに転属希望を出している。

 元々関係性の深かった師団なので、転属希望はお互いに珍しいものではないが、これは少し多すぎる。しかも資料を見ると、その中身はほとんどすべてが弓兵だった。


「これは...イリア嬢に併せてか?」


「はい...というか、何人かは隊長どころか、副官補佐の方まで混じってますよ?」


「副官補佐!?...これに関してヘイミング卿からは?」


「特に何も、いつもより少し多いが、受け入れてやってほしいとだけ。」


「バレると分かっていて送ってきてるということか。」


「でしょうね、そしてうちが断らないことも分かっているはずです。」


「有能な弓兵は喉から手が出るほど欲しい...うちは常に人材不足だからな。」


「1つだけ確認なのですが、三番隊隊長はどのように決めるおつもりですか?」


 ウキエさんの目が鋭くなった。


「試験の結果で決めようと思っている。体力測定、的当て、騎射や魔法等の技能とか、細かくはランドルフと相談する予定だったけど。」


 ウキエさんは俺の答えを聞いて、少し安心したように息を吐いた。


「それなら構いません、少なくとも実力で決めるなら。絶対に知り合いだからと隊長に任命するような行動は取らないでくださいね?他の兵からだけでなく、文官からも不満がでます。」


「なるほど、わかってますよ。うちはあくまで実力主義です。...第一と第二はもう傭兵団そのままだったので、特例です。」


 なんとかくだが...イリア嬢は実力で隊長を掴み取ってしまう気がする。さすがに三番隊の元副官補佐までくると優秀だろうが、イリア嬢の邪魔をするとは思えない。むしろ協力しそうだ。


「失礼しました。それでは三番隊に関してはすべて受け入れる方向で進めます。装備の準備や試験の準備もしないといけませんね。次にリントヘイムから帰る時には試験内容は決まっていると考えていいですか?」


「ああ、ちゃんと話してくるよ。」


「了解しました。」


 ウキエさんが退出し、今度はウキエの妻で経理担当のヒムが入ってきた。


「さて、次は私だ、予算案を詰めていこうじゃないか。」


 このあともいくつか文官達との打ち合わせ、会議などが待ち構えている。


「先は長いな...。」


「先を考えたらキリがない、やり続ければいつかは苦しさから解放される。っていうのが今の文官達の間でよく言われてる言葉だね...。」


 それ、疲れすぎてて、感覚がおかしくなってないか?

 それとも、慣れれば簡単な作業に思えるという前向きな言葉なんだろうか?


「...苦労をかけます。」


「そう思うなら、行方不明にならないでおくれ、少なくとも数日は逃げられないと覚悟してほしいね。あと、楽したいなら、もっと文官を増やしておくれ。」


「善処しますよ。」


 そういって、俺とヒムさんは予算系の打ち合わせを開始した。

 さぁ...今日は朝日が昇る前に眠ることができるだろうか?


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