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聖人君子が堕ちるまで  作者: 澤田とるふ
第4章 魔国の姫君
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第86話 つかの間の休息

 朝起きると、身体のだるさは随分とマシになっていた。

 部屋を見渡すと、部屋にある唯一の扉の横に、はくが座り込んでいる。

 何故か手にはランプと木刀をもっていた。


 ...なぜそんなところで、そんな装備を?


 目の下にうっすらとクマを作ったはくがこちらに気づいてランプと木刀を起き、近づいてくる。


「ご気分はいかがですか?」


「だいぶマシになったかな...ところで、その格好は...。」


「これは...ランプで影を照らして、中にいないか木刀で突くのです。」


「...は?」


 はくはいったい何を言っているんだろう?


「...いえ、なんでもありません。お気になさらず。とりあえず、着替えや包帯の取り替えを致しましょう。座れますか?」


「ああ、大丈夫。」


「少々お待ちください。」


 そう言ってはくが部屋から出ていく。

 残された俺は、上半身を起こしてから部屋を見渡した。


 部屋自体もかなり広い、もともと寝泊りしていた執務室の隣の部屋に比べると倍以上だ。

 大きなベットの他にもソファーにテーブル、棚にあるのは酒だろうか?

 にしても、このベット大きすぎないか?こんなサイズ初めて見たけど、特注だろうか?

 普通のベットの3倍以上はありそうだ。ウキエさんがこれを?それともはくか?

 無駄に広いだけで使い道がなさそうな気がするけど。


 ぼーっと考えていると扉がノックされ、はくすいが入ってきた。


「包帯を取り替えるついでに、身体も拭きますね。すいちゃん、お願い。」


「はい。」


 そういうと、すいは俺の横に来て、前のボタンを外し始めた。


「いや、拭くのは自分でできるから...。」


「お怪我をされています、今は大人しくいうことをお聞きください。」


 すいはそういうと俺の上の服を脱がせる。

 自分でも気づいてなかったが、右腕は包帯だけじゃなく、添え木がされてガチガチに固定されていた。

 肩や胸にも包帯が巻かれていて、何かの薬を布に染みこませたもの?が貼ってある。


 すいが手際よくどんどん脱がしていく。

 確かに、すいの言う通り、身体も自由に動かないし、任せる方が早そうだ。


 その間、はくが何か布に薬を塗ったりと準備をしている。

 はくがこの手当をしてくれたんだろうか?


「では、お身体を拭きますね。」


 そういうとすいは俺の上半身を拭き始めた。

 お湯で絞って、頭から、顔、身体と、全体的に丁寧に拭いてくれる。

 思い返して見ても、リントヘイムを出るときに拭いたのが最後なので、気持ちいい。

 汗もずいぶんかいていたみたいだ。


「では下も脱いでもらいますね。」


「え...。」


 そういうとすいは当然のように下の衣服を脱がしにかかった。


「ちょっとまって!そっちは自分でできる!」


「...大人しくしてください。」


「いや、まって!わかった。そっちはなしでいい。」


「そういうわけにはいきません。」


「だ、ダメだ!はくすいを止めてくれ!」


「...レイ様、諦めてください。身体を清潔にするのも必要ですし、恥ずかしがるものではありません。」


 はくが無慈悲に言い放つ。

 その間にもすいが脱がそうと引っ張る。


「あまり暴れると、怪我が酷くなりますよ?そして酷くなればこういった機会がよけいに多くなります。」


 手を止めてこちらを見つめるすいの目は真剣だった。

 こちらを心配してくれているんだろうか...確かにすいの言うことは正しいかもしれない。

 だが、なんとなく...その瞳の奥に何か違う感情が見え隠れしているような気がする。


「それにあまり意識されるとこちらも恥ずかしいので、どうか大人しくしていてください。これはメイドの仕事です。」


「...わ、わかった。」


 仕事と言われれば仕方ない。

 黙ってなされるがままになる。

 身体を拭かれ、恥ずかしさに顔が真っ赤になるが、すいは気にした風もなく俺の身体を全て清めてくれた。

 そして新しい寝巻きをつけられ、上半身にははくが手当をやり直してくれる。

 手際がいい。


 すべてが片付くと、今日一日ぐらいは大人しくしているよういって、はくすいが退出していく。そして部屋にただひとり残された。


「暇だ...やることがない。」


 こんな風にのんびりと寝たのはいつぶりだろう。


「フィー?」


「なんだい?」


 俺の頭の上にいつもどおり乗っていたフィーが俺の目の前に降りてくる。


「久しぶりにちょっと話をしよう。」


「いいよ♪」





 寝ずの番が終わって、やっと一息つけます。

 思えば昨晩は大変でした。

 部屋に帰ってのんびり寝ようと考えていると、リビングでもたれ合いながら寝ているミア様とララ様が目に入りました。

 そういえば、教えてくれといっていたので、一応声をかけておきます。


「お二人とも。レイ様が起きられましたよ?」


 少し揺すってみたが起きる様子がありません。

 ギリギリまで起きていたのでしょうか?

 私は近くにあったひざ掛けを二人にかけて、部屋を後にしました。

 起きなかったものは仕方ないと割り切って。


「メイド長、お戻りですか?」


 声をかけてきたのはすいちゃんと同じようにこの館に移動してきたメイドでした。

 名前は...そう、確かカリン。


「ええ、もうレイ様も起きられたので、私はこれから部屋に戻って少し休みます。」


「お疲れ様でした...それで、その...主様のご様子は?」


「まだ全快ではないようですが、落ち着いているようです。体調だけならすぐに良くなるでしょう。」


「そうですか...よかった。」


 嬉しそうに笑うカリンを見て、少し首をかしげてしまいます。

 この子は確か私よりずっと前から居るメイドのはずです。そしておかしな小説に毒されていない真面目な子でもあります。

 あまりレイ様との接点もないはずなのにここまで気にしていたのは意外でした。


「心配だったのですか?」


「え、いえ...なんといいますか...。」


 その様子を見て、これは気があるなと確信しました。

 主人に恋するメイドというのは実はあまり珍しい話ではないそうです。

 実際に、手を出される話もよくあるぐらいですし。

 まぁ、うちに限ってはそういうこともなさそうですが。


 本来なら、すいちゃんの邪魔をするようなことはしないのですが、今はそんな気分じゃありません。

 夜幾度となく襲撃し、今もレイ様の着替えた服と身体を拭いたタオルを密かに部屋に持ち逃げする悪い妹を援護する気にはどうしてもなれませんでした。。


「主の身体を心配するのはメイドとして当然です。そういえば、そろそろお部屋の水差しが古くなっていますね。交換してきてもらえますか?それに、もし他に急ぎのお仕事がないのなら話し相手になってきてください。きっとお暇をもて余していますから。」


「え!?...あ、はい!」


 カリンは嬉しそうに私に頭を下げると、キッチンの方へ向かっていきました。

 さっそく水差しと、綺麗なお水をもらいにいったのでしょう。


 わかりやすいが、純粋な彼女の後ろ姿を見て、すいちゃんも昔はああだったと、私は目に涙を滲ませました。





 アレイフののんびりとした休息はそう長く続かなかった。

 昼を大きく過ぎた時間になって、血相を変えたウキエさんが王城から戻ったらしく、面会として部屋にやってきた。


「すいません...まことに申し上げにくいのですが、陛下がお呼びです。私と共に来て頂きたい。」


「...わかった。事情は途中で教えてもらえるのですか?」


「お待ちください。その身体では...。」


 起きようとした俺を押しとどめるように、傍にいたすいがウキエさんに非難の目を向けている。


「私もわかっています。無理を言っているのも十分に承知しています。しかしながら、状況がそれを許してくれません。シンサ卿にも協力頂かなければ解決できない問題なのです。」


すい、ありがとう。大丈夫だ。すまないけど準備を手伝ってくれるかな?ウキエさん、少し待ってて。すぐに行く。」


 俺が指示を出すと、すいは文句を言わず、俺の着替えを取りに行ってくれた。


「では、入口で待っています。事情は馬車でお話しますので。」


「ああ、よろしく。...確認だけど悪い話ですよね?」


「ええ...いい話ではありません。すいませんが。」


「...わかった。」


 ウキエが出て行ったあと、戻ってきたすいに服をもらい、着替えようとするが、うまくいかない...片手は不便だな。


「お手伝いします。」


 すいが手伝ってくれてようやく着替えが終わる。


「あの...。」


 部屋を出ようとすると、すいが声をかけてきた。


「どうした?」


「これをお持ち頂けませんか?」


 そういってすいが差し出したのは、赤と黒が混じった紐...なんだこれ?

 じっと手の中の紐を見つめると、すいが口を開く。


「私達の種族に伝わるお守りで、ミサンガといいます。これに色々と願掛けをし、身に付けることでご利益があると言われています。」


「へぇ...どうやって付ければ?」


「目立たないところがよろしいかと...失礼します。」


 そういうと、すいはしゃがみこんで、俺の左足首にミサンガを巻きつけた。


「どうぞ無理をなさいませんように。」


 すいがニコリと微笑んだ。


「あ、ありがとう。」


 すいのこんなに無邪気に笑った顔を見たのは初めてじゃないだろうか。

 はくの笑い方とは違って、少し控えめな笑顔だった。

 だからだろうか、不覚にもドキリとしてしまった。

 少し顔が熱くなるのを感じる。


 すいに見送られながら、ウキエさんと共に馬車に乗る。

 まだまだ身体はダルく、本調子には程遠い。

 道すがら、王城に届いた報告と、状況を説明してもらった。


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