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聖人君子が堕ちるまで  作者: 澤田とるふ
第1章 孤児院時代
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第8話 夢をみせる飴玉

「お前等、今日は仕事終わりにいいもんくれてやるぞ!」


 荷運びをしている老人や少年に、雇い主の男が告げる。

 それを聞いて、何のことか分からず、キョトンとする者達と、事情を知っているのか、大喜びする者達に別れた。


「仕事が終わったら全員に配るからな。ただし持ち出しは認めねぇ。ここで食うか、返すかどっちかにしな。」


 そういうと、雇い主の男は荷運びを急ぐように指示した。


 事情を知らない者達も、タダでくれるという点と、知っている者達の喜びようを見て、きっと良いものをもらえるのだとやる気を出す。


実際に作業はかなり前倒しでおわったが、期待を募らせる者達を裏切るかのように、配られたいいものとは大きめの飴玉1つだけだった。

 またしても、躊躇せず口に放り込む者と、訝しげに飴玉を見つめる者に別れたが、飴を舐めている者の幸せそうな顔を見て、自分も返すぐらいならと口に含む。


 知らずに飴玉を口に含んだ者は、皆生まれて初めての体験を経験する。

 そう、世界が変わったのだ。




 昼下がりの街中にある小さな花屋の店先に、貴族の馬車が停まっている。

 店の中にはいかにも貴族という太めの中年男と、執事のような老齢の従者が付き従う。


「その赤い花で花束を作ってもらえるかね?」


「はい、ありがとうございます。少々おまちください。」


 従者の注文に少女が答え、花束を作っていく。その姿をみながら貴族の中年男がにこやかに話しかけた。


「君、ここの娘さんかね?」


「いえ、たまにお手伝いに来ているだけです。この店のお婆さん、最近腰が悪いらしくって、たまに私がお手伝いさせてもらっているんです。」


「ほう、それは感心だ。お嬢さん、お名前は?」


「リュッカといいます。どうぞ御贔屓に。貴族様。」


 少女、リュッカが笑顔で貴族に花束を差し出した。


「うむ、また来るとしよう。」


 リュッカを下から上まで舐めるように見た後、差し出された花束を無視して馬車に向かっていく。

 花束は横にいた執事が受け取り、料金を少女に支払った。

 リュッカは貴族の後に馬車に乗り込む執事を見送り、深くお辞儀をして馬車を見送った。


「姉さん、偉い立派な客がいるんだなーこの花屋。」


 リュッカの後ろから声をかけたのはゼフだ。

 仕事帰りなのか、少しくたびれた雰囲気がする。


「今日初めて来てくれたお客さんだと思うわ。通りかかっただけじゃないかしら?」


「それもそうか。あんな常連客がいたらこの店もこんなボロくねぇよな。」


 ゼフの軽口を「こらっ」とリュッカがたしなめる。

 仲のいい姉弟のようだ。そんな2人に店の奥からしわがれた声がかかる。


「ボロい花屋で悪かったね。リュッカ、今日はもういいよ。弟が迎えに来たことだし、ほらお駄賃。」


「誰が弟だ!」


「ありがとうございます。お婆ちゃん。」


 怒るゼフをなだめながら、リュッカがお礼を言う。

 奥から出てきた老婆はゼフを無視して、リュッカに笑いかける。


「本当によく働いてくれるよ。リュッカが手伝ってくれると、売れ行きもいいからねぇ。私が隠居した後はリュッカにこの花屋を任せようかね。」


「隠居って、まだまだそんな歳じゃないでしょ」


「早く隠居しやがれ、ババァ。」


 毒づくゼフがリュッカにゲンコツを落とされる。


「いってぇ…姉さんひでぇよ。」


「失礼なことばかり言わないの。」


 じゃれあうような2人を、目を細めて見る花屋のお婆さんに気づいたのか、ゼフはばつが悪そうな顔をして近づく。


「悪かったよ。ほらこれ。」


 そういうと、ゼフは包みをカウンターにおいた。


「なんだい?これは。」


「仕事場でもらった飴玉だよ。婆さん甘いの好きだろ?」


「ほぉ、よく覚えてたね?でもいいのかい?」


「あぁ、うちのガキどもの分もあるから気にすんな。」


「じゃあありがたく貰っとくよ。2人とも気を付けて帰るんだよ?」


 お婆さんに手をふって、ゼフとリュッカは歩きだした。

 園にはまだ距離がある。

 2人が他愛ない話をしながら歩いていると、ふいに見知らぬ男から声がかかる。


「ねぇちゃん、この前はありがとうよ。」


 振り向くゼフとリュッカの前にいたのは、冒険者風の男だった。

 背格好は中肉中背。黒髪で、ヘラヘラしているといっていいほど、軽薄な雰囲気をまとっている。

 腰にある1本の剣だけが、男には不釣り合いなほど立派で目立っていた。


「あぁ、この前の。もうお身体は大丈夫ですか?」


「ねぇちゃんのおかげでな。本当にありがとよ。」


 どうやらリュッカの知り合いのようだが、ゼフはムスっとした顔で、男を見ている。そんな視線に気づいたのか、男がゼフを見る。


「そっちは弟さんかい?」


「ちげーよ。」


 不機嫌を隠さずゼフが答える。


「こら!ゼフ。」


「だってよぉ。」


 怒られるゼフを見て、男は口許の笑みを濃くする。


「仲がいいなぁ。弟じゃないってこたぁ…?」


「同じ孤児院なんです。弟分ってとこですね。」


「孤児院の……あぁ、そうだ。わりぃなぁ、ねぇちゃん。礼をしたいのは山々なんだが、いまちっと懐が寂しくてな。仕事が終わったらなんか礼をさせてくれや。」


 頭を手で書き、申し訳なさそうに、それでも笑みを浮かべながら男が謝罪した。


「気にしないでください。お礼なんていいですよ。」


「そうもいかねぇ、命の恩人だからな。俺はアルスってんだ。ねぇちゃんは?」


「私はリュッカといいます。」


「んで、そこの弟君がゼフか。」


「だから弟じゃねぇって!」


 くってかかるゼフを笑いながらなだめるアルス。

 ゼフもからかわれていることに気づき、つっかかるのをやめて黙ってアルスを睨み付ける。


「これからいくつか討伐依頼うけっから、次会ったときに礼をさせてもらうわ。」


「お礼はいいですって。それより気を付けて行ってきてくださいね。」


 おぅよ。と親指を立て、アルスはリュッカ達とは別の方向に歩きだした。


「姉さん、命の恩人っていってたけど、何したんだ?」


「この前、偶然道端でお腹を押さえて倒れこんでたのを見つけて、診療所に連れていってあげただけよ?」


「へぇ、なんで倒れてたんだ?」


「さぁ、でもその時は路地裏で何かあったみたいだったから何かあったのかも。兵士さんが慌ただしかったし。…それにしても、大事なくてよかったわ。」


 笑顔になるリュッカに見とれるゼフ。


 ゼフが仕事帰りにリュッカを迎えに行くのはいつもの光景だった。平和ないつもの光景。

 園に戻ると家族が待っている。

 親を知らない孤児達。

 他人からみれば同情の対象かもしれないが、本人たちは幸せな生活をおくっていた。





 とある貴族の屋敷にて。


「近々、パーティを開こうとおもっておるのだ。」


「それは良いお考えでございます。さっそく招待状を手配しましょう。」


 夕日が射し込む馬車の中で、貴族らしい男が、執事に告げる。


「違う。そっちではない。」


「と、申されますと…。」


「…裏のパーティだ。」


「……左様でございますか。」


 執事は少し困った顔を浮かべながらも、主に、恭順の意を示す礼をする。


「すでに場は整えておる。今回で3度目か。今回は大きな場をトーマが用意したらしい。」


「それは…。」


「安心せよ。誰にも感づかれはせん。」


「くれぐれもお気をつけくださいませ。」


「わかっておる。それにな、いいことを思いついたのだ。」


 そう言うと貴族は赤い花束に顔を近づけ、匂いを嗅いだ。


「今回は面白いパーティになるぞ。」


 いやらしい笑みを浮かべる貴族を乗せながら、馬車は大きな門をくぐり、広い貴族の敷地へと入ってゆく。


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