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聖人君子が堕ちるまで  作者: 澤田とるふ
第1章 孤児院時代
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プロローグ

 最初にその声を聞いたのはいつのことだろう?

 一番古い記憶のなかではすでに聞こえていた気がする。


 初めは意味のない耳鳴りのような、唸り声のようなものに邪魔されて聴こえづらかったが、だんだんとはっきりとした声で聴こえる。それは異国の言葉を話しているようで、内容まではわからない。それでもその声は確かに聞こえていた。


 月日がたつにつれて、だんだんとはっきり、その声は鮮明になっていく。


 やはり内容はわからないが、その声を聞いていると何故か落ち着く。

 それに、たまに歌のように聞こえる時がある。

 普段聞こえてくる声が、何かの歌を歌っているのだ。綺麗で、澄んだ歌声。

 いつまでも聞いていたくなるようなそんな歌声だった。


 今でも微かに覚えている。

 幼い頃からその歌声を聞きながら、静かに目を閉じて、幸せな夢を見ていたことを。


 その声が話す内容も、僕が言葉を覚える頃にはだんだんと意味のある言葉に変わっていた。

 といってもその声と会話ができるわけじゃなく、一方的に向こうが話しているだけだ。


 何度も試したが、こちらから声をかけても、何も答えてはくれない。


 しかも、どうやら周りの人にこの声は聞こえていないみたいだ。

 僕が聞こえる声に反応して、話しかけてくる相手をキョロキョロと探し回っていると、他の子からは不思議そうな顔で見られる。


 一度だけ、園にいるお姉さんに相談したことがある。

 いつも僕たちの面倒をみてくれる、なんでも知ってる、この園では年長者にあたるお姉さんだ。

 けれど、「そんな声は聞なんて聞こえないよ?大丈夫?それともからかっているの?」と困った顔をされてしまった。


 それから僕はこの声について、園にいる他の子には話さなくなる。

 たまに声につられてしまうこともあるから、周りからは落ち着きがない、集中力がないってよくいわれてた。


 だって仕方ないじゃないか。


「ねぇ、あれ何だろう?」


「見て見て!すごいよ!」


「うわー危ないよ~。」


 なんて気になる言葉が急に聞こえてくるんだから。

 それも声のする方を見てみると、確かにその声にあった光景を見られるのだ。

 一度はその声のおかげで、園で最も年少の2歳になる妹がベットから転がり落ちる前に見つけることができた。

 それでもなるべく、普段は声を無視して、普通にすごしていた。


 会話できるわけでもないのに、その声は僕にひたすら話しかける。聞こえていなくても問題ないというばかりに。無視されてもあきらめず。


 状況が変わったのは僕が7歳になったとき、園では1年に1回だけお祝いがある。

 みんなが同じ日に1歳年をとる日だ。


 誕生日というらしい。

 皆で年をとって大人に近づくのを家族で祝うのだと、園長が教えてくれた。


 この日だけは、いつも難しい顔をしている園長もはしゃいでいる。

 だけど、この日は同時にお別れの日でもある。


 15歳になったお兄さんとお姉さんが園からいなくなる日だ。

 卒業というらしい。


 最初は楽しいお祝いで、最後はお世話になったお兄さんやお姉さんとの別れ。

 誕生日が卒業とセットだと、園長が言うようにその日がいい日なのか僕には疑問だった。


 お兄さんやお姉さんは園を卒業して、自分たちのやりたい事をして、家族を作って幸せになるらしい。

 園長の言う幸せがどんなものなのかわからないけれど、いつか自分もそうやって園を卒業していくんだろう。その頃には幸せが何か分かるようになっているんだろうかと不思議に思っていた。


 今年は3人のお兄さん、お姉さんが園から卒業する。

 僕が謎の声のことを相談したお姉さんもその一人だ。

 ずっと世話をやいてくれて、いろいろと教えてもらった。

 もちろんお世話になったのは僕だけじゃないので、みんなで作った紙の花束を渡して、お礼とお別れを告げる。園から卒業した後、3人がどうなるのか僕にはわからない。


 去年、園から卒業した兄さんは、1ヶ月に1度ぐらい園を訪ねてくるけれど、そうじゃない人もいる。

 去年卒業した人の中で、それ以降に会ったのはそのお兄さん1人だけだ。

 もしかすると、お姉さんともこれが最後のお別れになるかもしれない。


 そして、誕生会が終わり、卒業のお別れが済むと、その後の空気は重い。


 もう会えないかもしれないと思うと、それも仕方がないと思う。

 実際、僕も寂しいという気持ちがある。


 夜眠る時、沈んだ気持ちで寝付けないでいると。

 いつもの声が聞こえてきた。


「ねぇ、なんでみんな悲しんでるんだい?」


「大事な家族とのお別れがあったんだ。」


「そう、君も悲しんでるのかい?」


 僕は驚いた。

 それまで、あっちが一方的に話すばかりで、こちらの言葉には一切答えなかったのに。

 今回もいつも通り答えが返ってこないことがわかっていながら、本当になんとなく答えただけだったのに、今はじめて僕はどこからか聞こえてくる謎の声と会話をしている。

 声は上向きに寝そべっている僕の正面。寝ている僕の真上の何もない空間から聞こえている。


 やっぱり何も見えない。


 でも確かに聞こえる声に、僕は驚きながらも、偶然会話が成立したわけでないことを確かめるため、会話を続けることにした。


「ずっと一緒にいて、いろんなことを教えてくれる人達との…家族とのお別れだからね。もしかしたら2度とあえないかもしれないし。」


「好きだったのかい?」


「好きって?お姉さんのこと?」


「うん。よく話してたよね。ずっと一緒にいたかったってことじゃないのかい?」


 好きか嫌いかときかれると、好きなのだが、何かニュアンスが違う気がする。

 それに、本当に気のせいかもしれないけれど、声が不機嫌になった気がした。


「今日卒業したお兄さんも、お姉さんもみんな好きだったよ。みんな優しかったし。決まりだからしょうがないけど、もっといろんなことを教わりたかったなって。」


「なるほど、君はいろいろと教えてくれる人がいなくなったから悲しんでいるんだね?」


「ん…まぁそうだね。」


 少し勘違いされた気がするけど、僕はそのまま頷いた。自分でもなんて言ったらいいのかわからなかったからだ。


「それなら君はもう悲しむ必用はないよ?」


「…なぜ?」


 話していても相変わらず、声だけで姿は見えない。

 僕は中空を見つめながら、会話をしている。

 いつもと違って、声のする方向がすぐ変わるわけじゃなく、同じ場所。最初の場所から動いていないようだった。


 ただ、やっぱりそこには何もいない。


 けれどなぜだろう、相手の姿は見えないのに、相手が偉そうに胸を張ったような…気がした。


「ボクがいるんだ。悲しむ必要なんてないだろう?」


 なぜか偉そうな声音に少し笑ってしまう。


「なぜ笑うんだい?ボクは君が生まれてからずっと一緒にいるんだよ?」


「でも、話したのは今がはじめてだよ?」


「それは…ボクにもいろいろとあるんだよ。」


「いろいろ?」


「そう、いろいろ。分かる年齢になったら教えてあげるよ。」


 はじめて話すのに、なぜか安心する声音だった。

 そういえば、今日卒業したお姉さんの声に少し似ている気がする。


「これからはいつでも話せるの?」


「ああ、君が死ぬまでボクは君の傍らにいるよ。」


「死ぬまでって、イヤな言い方だね。」


「まぁ…確かに。それにしても君は他の同年代の子より随分と大人だね。」


「そうかな?」


「なんだか、話し方もだけど、子供と会話をしている気がしないよ。」


 そう言って謎の声は愉快そうに笑った。

 気のせいか、声が少し自分の顔の方に近づいてきている気がする。


「姿は見えないんだね。」


「もう少ししたら見えるようになるよ。」


「もう少し?」


「そう、もう少しだよ。」


 そこで僕は、今更ながらの疑問を投げかける


「ところで、あなたは誰?」


 その問いに、声はなぜか今日一番に嬉しそうな声音で応えた。


「ボクはフィー。君と共に歩むものだよ。」


 この日から僕の世界は大きく変わる。


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