悪夢
二回戦当日の朝を迎えた。
朝から曇り空で、今にも雨が振り出しそうな天候だ。
(嫌な天気だな)
雄介は空を見ながら、不吉な予感を覚えた。
そんな雄介の気持を見透かしたように、家を出ようとする雄介と照子を
母親の静子が玄関まで、 見送りに出てきた。
「今日は、お父さんと車で応援に行くからね」
と笑顔で言った。
K大付属戦は、車で30分はかかる相手チームの地元球場だった。
大村高校の父兄も、何とか応援でチームを盛り上げようとしている、
そんな気持が雄介には嬉しかった。
「ありがとう。とにかく頑張るよ」
雄介は、母親に笑顔を見せた。
選手は監督の安田の運転するマイクロバスで、試合球場に向かった。
選手たちの表情には、相手が強敵という事もあって、
一回戦とは違う緊張感が漂っていた。
球場に入ると、既に、K大付属のスタンドは盛り上がっていた。
雄介たちの前の試合から、小雨が振り出した。
「相手も同じ条件だから、どんな条件になろうと絶対に気持で負けるな」
安田の言葉にナインは頷いた。
午後1時30分。プレーボールが掛かった。
大村高校の先行だ。K大付属のエース斉藤は余り、スピードのない
技巧派の投手だという情報が入っていた。
一番打者の三島が打席に入る。
変化球で追い込まれ、ツーストライクワンボールからの4球目。
ワンバンドしそうなボールに三島のバットが空を切った。空振りの三振。
バットコントロールの上手い三島には珍しい事だ。
「スライダーかフォークボールかわからないが、今まで見た事のない変化だ。
ボールが消える気がするよ」
ベンチに帰ってきた三島が驚いたように言った。
初回の攻撃は三者三振で打ち取られてしまった。
しかし、大村高校の田所も負けてはいなかった。
(今日はボールが走っている)
キャッチャーをしている雄介も自信を持った。
K大付属の選手も田所の速球に押されて、凡フライの山を築いた。
雨が強さを増していく中、両チームとも打開策を見出せないまま、
試合展開は0行進が続いていった。
8回の表の攻撃を迎えた。
一番の三島からの好打順だ。
ぬかるんで来たグラウンド状態の中で、三島がセーフティバンドを試みた。
打球は、前進する3塁手を嘲笑うかのように、塁間で計ったように止まる。
一塁塁上で三島が笑顔を見せた。
2番の小技の上手い山中がバントで三島を二塁に進める。
3番の佐々木が三振に打ち取られ、打席に4番の西城が向かった。
監督の安田がタイムをかける。
「ここは長打はいらない
バットを一握り短く持って、ボールにくらいついていけ」
西城は安田監督の言葉に大きく頷いた。
K大付属の斉藤のボールにも序盤の切れはなくなって来ていた。
肩で息をしている。
ワンエンドワンからの3球目。カウントを取りにくる外角のカーブに、
西城が、おっつけるように必死にバットを出した。
打球は、懸命にボールを追いかける2塁手と右翼手の間にフラフラと舞い落ちた。
三島が手を叩いてホームイン。1対0。
大村高校のベンチは沸きに沸いた。
(これで、勝てるかもしれない)
雄介の気持の中に、0対0の時にはなかった重圧が掛かってきた。
横を見ると、田所も厳しい表情をしている。
いよいよ、9回の裏のK大付属の攻撃を迎えた。
幸いな事に、雨はいつの間にか止んでいた。
何とか二人の打者を打ち取り、ツーアウト。
後一人でベスト8に残れる。
そう思った矢先、田所のコントロールが狂い始めた。
ストライクが入らず、フォアボール。
安田は選手全員をマウンドに集まらせ、落ち着かせようとした。
田所もどうにか気を取り直し、最後の力を振り絞って、
目一杯の直球を投げ込んだ。
打者の打ったボールが3塁に転がる。
(終わった)
雄介がそう思った瞬間、井口の一塁に投げたボールが、
大きくそれて、ライト方向に転がった。
ナイン全員が冷静さを失っていた。ライトの上田がボールを取って、
2塁に投げる。このボールもレフトのファールグラウンドに抜けていった。
ランナーがホームインし1対1の同点。尚も二死3塁。
もう、スタンド全体がK大付属のムードだった。
監督の安田はベンチで歯ぎしりしたが、
既に、規定の3回のタイムは使い切っていた。
雄介は、一人でマウンドに向かい、動揺する田所に、
「俺を信じて投げろ」
と言って、肩を叩いた。
次打者の初球、甘く入った直球を相手打者が強振した。
打球が3塁線を襲う。わずかにファールになった。
(駄目だ、疲れでストレートに力がなくなっている)
雄介はスライダーのサインを出した。
田所の投げたボールがアウトコースに流れていく。
打者のバットが空を切った、と思った瞬間、
ボールは雄介のミットを弾いて、ファールグラウンドに転々と転がっていた。