試合開始
準決勝の日、朝から照子はそわそわしていた。
今の照子にとって、病気の不安を忘れ
させてくれるのは、野球部の選手達の
活躍が一番だった。
ただ、先日の中村と立石の話は、
励みになっていた。
中村の計らいで、抗がん剤で抜け落ちた
髪の毛を補うためのカツラも間もなく
出来てくるという話だった。
様態が安定すれば、
外出許可も取れそうだ。
「朝から落ち着かないわね」
病室で付き添っている母が笑顔を見せた。
「だって、お母さんもお兄ちゃん達の
試合気になるでしょう」
照子はそういうと時計を見て
ラジオの電源をオンに入れた。
実況が始まった。
まだ、地方局に赴任して間もない
ような若いアナウンサーの声が
聞こえてきた。
「来年春の全国選抜高校野球選手権大会への
出場権を賭けた、F県予選。
準決勝の日を迎えました。
F県営球場は秋晴れの快晴。
絶好の野球日和となっております。
第一試合は星村学園対大村高校の
対戦となっています。
この試合で勝った方が、今月下旬から
開かれる地方大会への出場権が
得られる重要な試合になります・・・」
実況のアナウンサーの説明は、
スターティングメンバーの紹介に
移っていった。
「まず、先攻の大村高校の
スターティングメンバーは、
一番、センター三島
二番、セカンド山中
三番、サード三上
四番、ショート西城
五番、キャッチャー沢田
六番、ファースト井口
七番、ライト上田
八番、レフト山口
九番、ピッチャー田所
となっています」
つい最近まで、共に汗を流して、
甲子園を夢見てきた仲間の名前が
読み上げられている。
ラジオからは、試合前の
選手の気合を入れる
声も聞こえてくる。
照子は、ひょっとしたら、
自分が座っていたかもしれない
ベンチに思いを馳せた。
目頭が熱くなるのを感じた。
試合が始まったようだ。
両校ナインの挨拶の声が聞こえる。
実況のアナウンサーは元k大付属の
監督という解説者と星村学園の
チーム状況を話していた。
「今日は外山の先発ではないよう
ですね」
「ええ、試合前に矢吹監督に聞きましたら、
甲子園大会中から肩の違和感を訴えていて、
将来のある身ですから、大事を取って、
先発はさせないと言っていました。
ただ、数イニングのリリーフなら、
何とかなるかもしれないという話でしたね。
ただ、マウンド上の
上杉も140キロのスピードボールに
カーブ、スライダーをバランスよく
投げる好投手ですから、
大村高校も攻略は容易じゃないと
思いますよ」
「さあ、一番の三島が左打席に入りました。
マウンド上の上杉、捕手の高宮のサインを
伺ってから、ゆっくりと振りかぶって
第一球を投げました」
照子は、ラジオを聞きながら、
手を握り締めた。