それぞれの想い
雄介は、照子の思いを汲み取って、
学校に戻ると、チームメイトには、
「照子は胃に軽い潰瘍が出来て
しばらく入院するから」
とだけ伝えた。
しかし、練習をしていても、
本当にこのままでいいのか、
という思いが頭から離れない。
やはり、照子の親友の大塚由美子、
照子と想いを寄せ合っている西城、
そして、主将の伊藤には、
本当の事を伝えておくべきだ。
雄介は、そう覚悟を決めた。
練習が終わってから、
雄介は、3人を、
裏山の町を一望できる静かな
場所に呼び寄せた。
「3人にだけ伝えておきたい
事があるんだ」
雄介はそういうと、照子の病気に付いて、
ありのままを話した。
「照ちゃんがそんな病気に」
西城も大塚由美子も絶句した。
「俺も、照子のあんな姿を
見るのはつらい。
俺も、ずっと照子の側についていて
やりたいと思ったが、
止められたよ。
私の事より、
県大会を勝ち上がって
行く事を考えてって。
もちろん、照子の病気を
直す事が、俺には最優先だ。
でも、今は、照子の事はしばらく
父さんや母さんに任せて
野球に専念しよう思い直したんだ。
それが、照子の願いでもあるし、
病気にも一番の薬になると思って。
照子には、皆には心配かけたくないから言うな、
と言われたが、
3人だけには言っておいた
方が良いと思ったんだ」
4人は、暮れてゆく町並みを見ながら、
思い思いに押し黙っていたが、
大塚由美子が最初に口を開いた。
「わかったわ、照子の気持は。
私も照子の分まで皆のサポート
をするから」
そういうと由美子は涙ぐんで、
雄介の顔を見て言った。
「照子はいつも言ってたわ。
お兄ちゃんと甲子園に行くのが、
私の夢なんだって
だから、自分が照子を野球の世界に
巻き込んだから病気になった、なんて考えて、
自分を責めないで」
西城も懸命に事実を受け入れようと
しているようだった。
「俺も今は、自分の気持を
整理し切れない。
でも、雄介もつらいだろう。
今、俺達に出来る事は、
照ちゃんのためにも、
県大会で勝ち進む事に全力を集中する事なんだよな」
伊藤は皆の話を聞きながら、
頭の中を整理しているようだった。
「わかった。じゃあ、今の所は、
この事を知っているのは、
監督と部長と俺達だけなんだな。
俺も今、聞いた事は、
しばらくは、照ちゃんの気持を考えて、
誰にも話さないようにする。
監督や部長にも、
俺からそう伝えておくよ。
沢田も、つらいだろう。
俺に協力できる事は何でも
言ってくれ」
伊藤はそういうと、
雄介の肩を優しく叩いた。
翌日からも激しい練習は続いた。
いつも、練習で手を抜かない西城も、
一段と、目の色が違っていた。
そして、季節は9月の初旬になり、
秋季大会の初戦の
日を迎えた。