夏の猛練習
季節は8月になり、夏の甲子園大会が、
開幕する時期になった。
(春でも夏でもいい、来年は俺達が
あの舞台に立つんだ)
どの選手も、意気に燃えて、
ひたすら、ボールだけでなく、
チームメイトや
そして、自分自身と向かい合う
日々が始まった。
過酷な暑さの中での練習に
足に痙攣を起こす選手や、
小さな怪我をする選手も
続出した。
まるで、グラウンドの土全体が、
燃えているようだった。
選手が負傷すると、
その度に、マネージャーの
大塚由美子や照子が、
ミネラルウォーターや救急箱を
持って、グラウンドを駆け回った。
練習は過酷でつらかったが、
雄介は、皆の気持が一つになる事の
素晴らしさや楽しさも感じ始めていた。
しかし、チームメイトも仲間であると
同時にライバルである事に変わりはない。
エース番号1を賭けた競争も熾烈になった。
傷の全快した西城が8月10日過ぎから、
本格的にピッチング練習を開始した。
エースの田所の横で、地肩の強い
西城は140キロを超える伸びのある
スピードボールを投げ始めた。
その姿を見て、それまで試合でも弱気な一面を見せていた
田所の顔色も変わってきた。
スピードボールで劣る坂本も、
二人に負けじと得意の変化球にもっと切れを出そうと
必死になって投げ込んできた。
投球練習場では、
ボールを受ける雄介も気合の入るような
競争が連日繰り広げられた。
内野の井口も西城が投手に回る機会が増えれば、
遊撃手を任される試合が多くなる。
サードにコンバートされた一年生の三上と共に、
ひたすら、ノックを受け続けた。
一年の選手も三上や上級生に追いつこうと、
大きな成長を見せ始めた。
攻撃面では、
安田は、バント練習に一番時間を割いた。
安田は選手に言った。
「外山のような超高校球の投手を崩すには、
送りにしてもセーフティでも、
バントがきちんとできないと駄目だ。
野球は、自分達がノーヒットで相手チームに、
10本以上のヒットを打たれても、
勝てる可能性のある競技だ。
よく、ヒットを十数本打ったチームが、
ほんの数本しか打てないチームに負けた時に、
惜しかった、という言い方をする人がいるだろう。
俺は、あれは違うと思う。
きちっとした裏付けがあるんだよ。
弱いチームが強いチームに勝つには、
それしかないと言ってもいいだろう。
しっかりと細かいプレーを決めて、
守り抜く。
そこから勝利への活路が開けるんだ」
安田は、口を酸っぱくしてそういい続けた。
そんな中、甲子園で星村学園が
勝ち進んでいる状況がテレビを通じて、
雄介たちの目に飛び込んできた。
エースの外山が甲子園のマウンドで
躍動している。
結局、この夏、星村学園は準決勝まで、
勝ち進んだ。
大村高校の選手達は、更に奮い立った。
敵に不足はない。
後は、自分達が外山を苦しめるような
成長を遂げるだけだ。
いよいよ、秋季大会に向けての
メンバー発表が行われる日になった。
安田は、淡々とレギュラー選手から
名前を読み上げた。