部長の教え 1
雄介が、席を立ってから、
居間には、西城と照子の二人だけになった。
「怪我、大丈夫?」
照子は、包帯のしている西城の手首を見つめた。
「ああ、大分、良くなっているよ。
来週の末位から、徐々に本格的な
練習をしていこうと思ってるんだ」
「そう、よかったわ」
照子は安心したように頷いた。
少しの間、二人はばつが悪そうに黙っていた。
「なあ、照ちゃん。
将来、何になりたいとか考えてる?」
西城が考え込むように言った。
「私?まだ、漠然とだけれど、
皆が練習で、怪我とかするでしょう。
そういう世話をしていて考えたんだけど、
看護士の資格を
取ろうかなと思ってるの」
「そう、君らしいな」
「西城君は?」
「俺の所は、今、家の状況が結構厳しいんだ。
親父の漁の仕事もそんなに上手く
言ってないようだし」
西城は、少し、表情を曇らせた。
「だから、俺には進学は考えられない。
でも、俺は負けないよ。
星村の外山や前島のように、
直ぐに、プロのドラフト候補とは
行かないだろうけど、まずは、
社会人のチームに認めてもらえるだけの
実績を残して、その社会人チームで活躍して、
将来は、プロで飯を食いたいと思っている」
西城は、そこまで言うと真っ直ぐに、
照子を見つめた。
「俺は、照ちゃんの事を大切に
思っているから。
それだけは、
忘れないでくれよ」
照子は、笑顔で頷いた。
それから、照れたように、
「そうだ、お兄ちゃん、呼んでくるわ。
きっと、しびれを切らせてるわよ」
二人は、顔を見合わせえて笑った。
翌日、学校に集合すると、
安田と竹村が行く所があるから、
とマイクロバスに選手達を乗せた。
バスの中で、竹村が言った。
「俺の友達が、障害者施設の施設長を
しているんだ。今から、君達を
そこに連れて行く。
君らに何かを感じてほしいんだ」
バスは、町内を抜けて、30分ほど走ってから、
隣町のS市の郊外にある施設に入った。
そこは、中堅クラスの障害者施設で、
「共修園」
と書かれてあった。
雄介たちが、玄関の中に入ると、
職員が待っていて、
「よく、来てくれました。
皆も喜ぶと思うので、
気軽に接してあげて下さい」
と言った。
選手達と大塚由美子や照子も
いくつかのグループに分かれて、
それぞれの部屋を回った。
いろんな人たちがいた。
それぞれが、体の不自由を感じていても、
文字盤を使って、必死にコミュニケーションを
取ろうとしていたり、口や足の指を使って、
器用に文字を書いていたり、
懸命に生きていた。
雄介は、文字盤を使って、
野球が好きだという少年と会話をした。
好きなプロ野球チームや選手のことなどを、
少年は嬉しいそうに文字盤を通じて答えた。
雄介は、なぜか、涙が出そうになった。
他の選手達もいろんな事を感じたようだった。
竹村は帰り際に選手に言った。
「君らは、野球が出来るのを当たり前のように
感じてきたかもしれない。
しかし、世の中、そんなに単純ではない。
グラウンドを好きなように駆け回れなくても、
思う存分、スポーツが出来なくても、
こうして、必死に生きている人たちがいる。
その事だけは、君達に伝えておきたかった。
後は、それぞれが、自分の中で消化して、
野球というより、高校生活や
今後の人生に生かしてほしい」
雄介にとっても、生まれながらのハンディキャップや
交通事故などで、心ならずも苦痛を強いられている人たちの
人生を身近に感じた事は、大きな教訓になった。