準決勝敗退
当日、先発を告げられた坂本だったが、
度胸は、エースの田所以上にあるのは、
捕手の雄介が一番、わかっていた。
ほとんど、雄介のサインに首を振らない
田所と違って、坂本は自分自身の
ピッチングの組み立てにこだわる
投手だった。
悪く言えば、田所は人任せ、沢田は独りよがりと
いう弱点を持っていた。
ただ、人の持って生まれた個性というのは、
簡単に直せるものではない。
(とにかく、今日は、坂本の思い通りに投げさせてみよう)
と雄介は覚悟を決めた。
相手が優勝候補筆頭の星村学園という事もあって、
大村高校の選手には後2勝で、
甲子園にいけるという気負いは全くなかった。
午前11時にきっかりに試合開始のサイレンが鳴った。
星村学園の先攻だった。
立ち上がりから、坂本は持ち味の大胆な
ピッチングを続けた。
左のサイドから、4番の右打者の前島に
対してさえ、インコースの胸元を突く
直球で勝負して、凡フライに打ち取った。
星村の他の選手も、坂本の先発に裏をかかれた感じで、
序盤は戸惑っているようだった。
しかし、大村高校の打線も、まだ外山の
スピードボールを打ち崩せる程には、
成長していなかった。
150キロが出るマシーンを打ち込んできたが、
実践で投げる外山のボールは
それとは、全く異質のものだった。
手元で伸びてくる独特の球質は、
マシーンでは体感できない。
春季大会で対戦してわかっている事だったが、
その時以上に、外山も成長していた。
投球術も優れていた。
早い球に合せようとするすると、
打者の気持を嘲笑うようにアウトコースの
ボールになるスライダーで空振りを取る。
監督の安田も春の大会の時とは逆に、
スピードボールを見極めるために、
打席の一番後ろに立つよう、
指示を出したりもしたが、
バットに当たっても、詰まらされる。
ポテンヒットや内野安打が出ても、
後続が続かない。
こうして、中盤までは0対0の試合展開に
持ち込んだが、6回に坂本の強気が、
災いする展開が待っていた。
二死2、3塁で4番の前島を迎えた。
雄介は、当然、厳しいコースを突いて、
歩かせるつもりでいた。
しかし、坂本の投手としての
前島と勝負をしたい、
歩かせたくないというプライドが、
コントロールを微妙に狂わせた。
雄介は、ボール気味に投げるよう
サインを出していたが、球は
ストライクゾーンに入ってきた。
流石に、前島は3度も同じボールを、
打ち損ねてはくれなかった。
思い切り、振りぬいた打球は、
レフトの遥か場外に消えていった。
特大のホームランだった。
3対0。
監督の安田は、すぐさま投手を
エースの田所に変えて、
ベンチに戻ってきた坂本を怒鳴りつけた。
「お前一人で、野球をやっているつもりなのか。
何様のつもりだ。
チームのために戦えないなら辞めてしまえ」
坂本は俯いたまま、声も出せないでいた。
しかし、交代した田所のボールにも、
前の試合までの勢いは失われていた。
6、7回に星村学園の強力打線に
集中打を浴びて、
6対0になった。
安田は最後にセンターの三島を
マウンドに上げざるを得なかった。
ただ、三島が予想以上に切れのある球を
投げられるようになっているのが、
大村高校にとって、せめてもの救いだった。
9回裏、大村高校最後の攻撃。
内野安打とセカンドゴロなどで
二死2塁。
3番の主将の佐々木に打席が回ってきた。
おそらく、高校生活最後になるであろう
佐々木が、ゆっくりと打席に入る。
その姿を、ネクストバッターズサークルで
見ていた雄介は、佐々木に今まで見た事の
ないような鬼気迫る雰囲気を感じた。
佐々木の顔には、
(どんなに凄い投手だろうが、
自分より一年年下の投手にいつまでも
抑えられてたまるか)
という怒りのようなものがあふれていた。
流石の外山も猛暑の中での試合に、
汗を滴らせている。
佐々木は、外山の自慢の速球に
狙いを定めていた。
なりふり構わず、無心でボールに
喰らいついていった。
そして、ツーストライクスリーボール
からの六球目。
遂に、佐々木のバットが外山のボールを
捕らえた。
前島の打球に負けないような打球が、
レフトの上空に消えていく。
試合展開を忘れて、大村高校のスタンドが
沸くような大ホームランだった。
雄介は、主将の佐々木の最後の意地を見た
気がした。
ベースを一周する佐々木の目に
熱いものが滲んでいた。
雄介も佐々木の後に続こうという気持で
打席に入ったが、
今の雄介にはまだ、外山のボールを
完璧に捕らえる事は出来なかった。
結局、速球に振り遅れて一塁ゴロ。
雄介が最後の打者になってしまった。
またも、星村学園の前に、
6対2で敗れた。
こうして、雄介にとっての、
2年生の夏の大会は終わった。