一年の夏を前にして
しかも、対戦日は2週間後の開幕試合になっていた。
気落ちし、気後れする上級生に安田は檄を飛ばした。
「いいか、お前達の力は確かに星村の奴らには劣っているかもしれない。
しかし、お前等だって、3年間必死にボールを追いかけてきたはずだ。
その気持は誰にも負けないだろう。
相手がどこであろうと、その気持を素直に出せばいいんだ。
やる前から気持で負けている 選手を俺は使うつもりはない。
例え、一年生でも勝ってやろうという気持のある奴を使うからな。
そのつもりでいろ。
大体、県内一の実力高校相手に、自分達の力を思う存分試せるなんて
幸せな事じゃないか」
安田の言葉に上級生の目つきが変わった。
3年生の主将の富田も部員全員を集めていった。
「俺達にとっても最後の夏だ。絶対勝つ気でやろうぜ」
それから2週間、上級生の猛練習が始まった。
雄介たち、ベンチ入りのメンバーから始めた選手は外野の球拾いをしたりする
サポート役に回った。
ただ、雄介にとって、気がかりだったのは西城だ。
試合前のキャッチボールや準備体操を一緒にしているだけで、
一人だけ、一年生でレギュラーに選ばれた事に対する緊張感が
伝わってきた。
夜遅くまでの練習を終えてから、雄介と照子は懸命に西城を励ました。
「お前なら、普段の通りやれば、充分に力を出せるよ」
照子も西城に声をかけた。
「西城君の事、小学校の時から見てるけど、いつも、ここぞという時に
打ってくれたじゃない。うちのお兄ちゃんと違って」
「馬鹿野郎、余計な事はいうな」
兄妹のふざけた会話に、西城も心がほぐれてきたようだった。
大塚由美子も西城の肩を叩くように言った。
「大丈夫、普段の練習だと思ってやればいいのよ」
「ありがとう、俺、とにかく、先輩達の足を引っ張らないように頑張るよ。
やるしかないもんな」
「頼むぞ、新チームからはお前が中心になる。何か、プラスになるものを
持ち帰ってきてくれ」
「ああ、わかってるよ」
西城も翌日から吹っ切れたように、練習に励みだした。
こうして、大会の開幕日を迎えた。
大村高校から大会の開催地の県営球場までは、バスで、一時間半はかかる。
だから、前日の夜から近くの宿泊施設に泊まるのが通例になっていた。
開会式の朝、5時に起床した選手達は、食事を済ませると、
近くの県営球場のサブグラウンドで最後の調整を行った。
快晴の文句なしの野球日和だった。
選手達は黙々と調整をこなした。
もう、何も言わなくても、気持は一つになっている。
練習を終えると、いよいよ、開会式の行われる県営球場に向かう。
球場前で、雄介たちはベンチ入りのメンバーと別れた。
「頑張れよ」
雄介は、入場行進に向かう西城と田所、三島に声をかけて、
スタンドに向かった。
時々、プロ野球の公式戦もも行われる県営球場は、広々としていた。
他校の生徒や父兄で賑わっている。
雄介たちは一塁側の中断に陣取った。
「広いなあ、俺達もここで来年からはプレーしようぜ」
伊藤が笑顔で言った。
「俺も、あのマウンドで投げて見せるさ」
坂本も相槌を打つ。
「馬鹿、俺達が目指すのはここじゃない。甲子園だ」
強気の井口が、まくし立てた。
山中と上田も緊張した面持ちで、大会の準備が進むグラウンドを見守っている。
雄介は、仲間達とこのグラウンドで戦う姿を想像していた。
やがて、開会式の9時になりファンファーレが鳴った。