成長の夏
準々決勝の日を迎えた。
再び、夏の猛暑が戻っていた。
雄介たちは朝10時の試合開始に備えて、
前日から、N市のホテルに宿泊していた。
宿舎を出発する直前、
佐々木が選手全員を集めた。
「とにかく、相手は選抜甲子園を
経験している強豪だ。
胸を借りるつもりで、
思い切っていこうぜ」 「行くぞっ」
選手全員から雄たけびが起こった。
試合は、10時ジャストに開始された。
大村高校の先攻だった。
斉藤対策として、安田が立てた作戦は、
とにかく、各打者とも打席の一番前に立って、
斉藤の切れ味鋭い変化球の曲がり際に、
喰らいついていけ、というものだった。
先頭打者の三島はショートゴロに倒れたが、
ファールで粘って、斉藤に7球投げさせた。
ベンチに戻ってきた三島は自信に満ちた
表情で言った。
「大丈夫。去年のような驚きは
感じなかったよ。フォークボールも
落ち際を狙っていけば何とかなる」
安田も三島の言葉を聞いて言った。
「とにかく、球数を投げさせるんだ。
この試合は後半勝負になる。
斉藤の疲れを誘うんだ」
大村高校の田所も調子が良かった。
雄介もK大付属の一人一人の打者を、
甲子園のビデオを伊藤達と何度も見返して、
研究していた。
ストレート系に強い選手もいれば、
変化球に強い選手もいる。
インコースに強い選手もいれば、
アウトコースに強い選手もいる。
少なくとも星村学園の前島のような、
強打者はいなかった。
雄介は冷静なリードを続けた。
試合展開は安田の読み通り、0対0の
展開が続いた。
ただ、去年の秋と違うのは、大村高校の
打者が、斉藤に投げさせた球数だ。
既に5回終了時点で、百球を超えていた。
しかも、フォークボールを多投する斉藤は、
徐々に握力がなくなって、ボールが高めに
抜け始めていた。
額から大粒の汗が流れ落ちている。
グラウンド整備の間の円陣で安田が言った。
「後、少しで斉藤の疲れはピークに達するはずだ。
その時を絶対に見逃すな」
7回になり、試合が動き始めた。
一番の三島が粘りに粘って、フォアボールで出塁。
山中が送って、一死2塁。
三番の佐々木セカンドゴロは倒れたものの
二死3塁で、雄介に打順が回ってきた。
「4番、キャッチャー沢田君」
という場内アナウンスに促されるように
雄介は打席に向かった。
2回戦でのサヨナラヒットを見ている応援席から
大声援が起きる。
その中でも、雄介は冷静に西城に言われた
言葉を思い出していた。
(とにかく、打順なんて関係ない
試合の流れを読んで打つだけだ。
この場面で、斉藤が恐れるのは、
フォークボールがショートバウンド
してワイルドピッチになる事だろう。
フォークを投げるにしても、
必ず、ボールが高くなるはずだ)
雄介は、打席で足場をならしながら、
必ず打てると自分に言い聞かせた。
初球はアウトコースの直球でストライク。
2球目は真ん中のスライダーでツーストライク。
雄介は2球とも、平然と見逃した。
一球、高目の釣り球で誘って、
カウントはツーストライクワンボール。
勝負の4球目。
斉藤は、雄介の読み通り、
得意のフォークで三振を取りに来た。
これも想定内だ。
いつもより、少し、高めに浮いてくる。
雄介はバットを放り出すように、
フォークの落ち際を叩いた。
打球は二遊間を抜けて、フラフラっと
センター前に落ちるポテンヒットになった。
3塁から、三島が駆け込んでくる。
1対0。先制だ。
雄介は一塁ベース上で、ベンチに笑顔を見せて、
手を上げた。
しかし、疲れているのは田所も同じだった。
段々とボール球が増え始めた。
何とかピンチを凌ぎながら、
9回裏までこぎつけた。
(去年と同じだ)
雄介の脳裏に一瞬、悪夢が蘇ったが、
この一年で、自分達も成長している。
自信を持とうと、思い直した。
ベンチで、安田も坂本に交代させるか、
続投させるか、迷っていた。
しかし、この試合は田所の将来のためにも、
任せてみようと決心した。
弱気な所のあった田所を人間的に
成長させるチャンスでもあった。
ヒットと送りバントなどで、
2死一二塁という場面になった。
次は相手の4番打者だ。
(この打者を打ち取れば勝てる)
という気持は全くなかった。
雄介はタイムを取って、マウンドに向かった。
「いいか、ストライクを投げる必要はない。
思い切って、インコースの高めに
ボール気味になげるんだ」
そういうと、大きなゼスチャーで、
外野手を前に寄せた。
守備位置に戻ろうとすると4番打者は、
プライドを傷つけられたような表情をしている。
雄介の賭けだった。
初球、思った通り、高目のボール球を強振してきた。
打球がセンターの前方に舞い上がる。
前進守備をしていた三島がボールを掴んだ。
(勝った)
選手達は飛び上がって、
喜びを爆発させた。
学校創立以来、初の準決勝進出だった。
投稿前にユニークアクセスを見たら、979人
という数字になっていました。
小説の評価は別にしてですが。(笑)
ユニークアクセスというのは、実数に近い
数字であるという説明を見ると、
今日明日で、千人を超えるであろう人が、
一瞬でもクリックしてくれたとしたら、
その労力に感謝したいと思います。
これからも、頑張りますので、
よろしくお願いします。