4番昇格
劇的な瞬間だった。
ベンチから全員の選手が飛び出してきた。
ネクストバッターズサークルにいた井口が、
最初に抱きついてきた。
「ありがとう。お前が打ってくれなかったら、
どうしようと思ってたよ」
チャンスに再三、凡打に倒れていた
一年生の三上も泣いている。
西城と田所は握手をしながら、
笑顔を見せていた。
学校に戻った選手に安田は言った。
「今日は、俺がお前達に助けてもらったよ。
打順の組み換えなどで、配慮に欠ける
点もあった。
本当によくやってくれた」
そこまで、選手を労ってから、
安田の口調は厳しいものに変わった。
「ただ、今日の試合はお前達にとっても、
勉強になる点が、多くあったはずだ。
例え、練習試合などで相性のよい
相手であったとしても、
状況の変化やその日の成り行きで、
こういう試合展開になる事もある。
この夏の大会は、どんな相手だって、
三年生にとっては、集大成という思いで、
必死に挑んでくる。
お前達のチームは、まだ、若い。
その圧力を跳ね返す精神力を
もっと持たないと、敗れてしまう。
単純に実力通りにいかないのが、
野球の難しさだという点も、
今日の試合で気付いただろう」
安田は、選手の顔を見回して、一息つくと
言葉を続けた。
「しかし、次のK大付属戦は全く
立場が逆になるはずだ。
向こうは、甲子園帰りだ。
何も恐れないで、思い切りぶつかって
いこうじゃないか」
それから、安田は雄介の方を見た。
「沢田。次の試合から西城が戻ってくるまで、
4番はお前に任せる」
雄介は監督の目を見て、頷いた。
結局、一年の三上は負担の軽い7番を
打つように打順を入れ替えた。
帰り際、雄介は西城に冗談めかして言った。
「俺、野球を始めて、4番って、まだ、
打ったことがないんだ。
お前は逆に、4番以外打ったことのないような
選手だろう。
いつも、どんな気持で打席に立ってるんだ」
西城は笑顔を見せた。
「俺は、いつもランナーをホームに還す事を
考えているよ。
でも、お前は俺とは違うだろう。
キャッチャーをしているから、
試合の流れも読んでいるはずだ。
打順の事なんて何も考えないで、
その試合の流れの延長線上に打席が
あると思って打席に入ればいいさ」
西城の言葉で、雄介は肩の荷が軽く
なるのを感じた。
翌日。
K大付属の試合を見てきた伊藤が言った。
「斉藤は甲子園で負けてから、
ずっと調子を落としていたが、
ここにきて、本来の調子が戻りつつある。
だが、じっくり、ボールを見極めていけば、
打てないボールではないと感じたよ」
伊藤の言葉に選手達は自信を持った。
OBの中村も時間の空いた日などに、
バッティング投手をしてくれた。
こうして、準々決勝に向けて、
雄介たちは、安田の下で、
斉藤対策を練った。