薄氷の勝利
2回戦当日。
朝から、小雨が間断なく降り続いていた。
第2試合に予定されている試合に備えて、
雄介たちは、球場横に設置されている
雨天練習場で、軽めの練習を行った。
対戦相手は、大村高校がよく練習試合を
する近隣のA高校だった。
練習試合でも、ほとんど勝っている。
現在の大村高校のチーム力からすれば、
普通に戦えば、勝てるチームのはずだ。
しかし、安田は大黒柱の西城の離脱で、
チームの足並みが乱れる事を恐れていた。
安田は、試合前の円陣で言った。
「とにかく、油断をするな。
また、この試合に勝てば、K大付属と当たると
いう事は一切頭に入れるな。
この一戦に集中するんだ」
開始時刻の午前11時30分になった。
試合前の挨拶を終えると、まず、大村高校の選手達が、
それぞれの守備位置に散っていった。
ただ、雄介は投球練習の時から、田所の精神状態に
不安を感じていた。
今まで、投の田所、打の西城と言われる
2枚看板のチームだっただけに、
西城の故障は、田所を動揺させていた。
試合が始まって直ぐ、
雄介の嫌な予感は現実のものになった。
西城のために自分がやらねば、という気負いが、
田所の制球力を狂わせた。
ボールが全て、高めに抜けてくる。
初回からフォアボールを連発し、
無死一、二塁のピンチを迎えた。
雄介は、とにかく間合いを取って、
肩の力を抜いて投げるよう、田所に
合図を送った。
次の3番打者に対して、
いつも、ストライクを取りにいく時に使う
アウトコースのカーブのサインを出した。
予想通り、打ち気に逸る相手打者は、
球を引っ掛けてくれた。
ぬかるんだグラウンドにゆるい打球が、
ショートの井口の所に転がっていった。
併殺を狙うのは無理なタイミングだったが、
井口は一瞬二塁ベースを見てしまった。
間に合わないと見て、急いで一塁に、
投げたのがいけなかった。
ボールは、大きくそれて、ライトの奥深くに
転がっていった。
雄介の脳裏に、昨年の秋、K大付属にサヨナラ負け
した試合がフラッシュバックのように蘇った。
このエラーの間に、相手の打者二人がホームに
戻ってきた。
(とにかく、皆を落ち着かせないといけない)
雄介がマウンドに向かおうとした瞬間、
ベンチから、包帯の姿もまだ、痛々しい状態の
西城が飛び出してきた。
マウンド付近に内野手全員が集まった。
普段、気の強い井口まで、真っ青な顔をしていた。
「大丈夫だ。今日のグラウンド状態なら
俺でもやってたよ」
西城は井口に軽口を叩いてから、
田所の肩を抱くようにしていった。
「いいか、お前がボールを投げない事には
野球は始まらない。試合のリズムを作るのも
壊すのもお前次第だ。
野手を信頼して、とにかくリズムよく
投げろよ」
西城は、そう言うと、
戻り際に、エラーをした井口の背中を
励ますように、ポンと叩いて、
ベンチに消えていった。
田所も井口も、
そして雄介を含めた内野手も
西城の機転でどうにか、
平常心を取り戻し、
初回の攻撃を2点に押しとどめた。
ただ、攻撃面でも打順を組み替えたちぐはぐさが、
つながりを欠いた打線にしてしまった。
チャンスを作っても、いつも打てていた
相手投手の、のらりくらりとしたピッチングに、
内野ゴロの山を築くばかりだ。
特に、4番に抜擢された一年の三上の不調が
響いた。
チャンスにことごとく併殺打に倒れた。
中盤に三島のホームランで一点を返したものの、
2対1のまま、終盤を迎え、
ついに9回裏になった。
打順は一番の三島からだ。
ベンチの選手達は祈るような気持で三島を見つめた。
そのホームランを打っている三島がいきなり、
意表を突くセーフティバンドを決めて出塁した。
これで、いけるという気持になった。
安田は、山中にバンドのサインを出して、
二塁に三島を進めた。
相手投手は、3番の佐々木を警戒して、
ストライクが入らず、フォアボールで歩かせた。
一死一二塁で、4番の三上を迎えた。
ここで、安田は当たりの出ていない三上に
送りバントをさせた。
2死二、三塁。
安田は、雄介に全てを委ねたのだ。
雄介は、打席に向かいながら、ベンチにいる
西城を振り返った。
(頼んだぞ)
西城の目は、そう語っている。
雄介は笑顔で頷き返すと、打席に入った。
不思議と気持は冷静だった。
相手投手も疲れからか、肩で息をしている。
(絶対に打てる)
なんな気持になっていた。
そして、ボールボールと続いた3球目。
雄介は、相手投手がストライクを取りにくる
カーブを見逃さなかった。
コンパクトにバットを振りぬいた。
打球が、遊撃手の頭を超えて、
左中間に転がっていくのが見える。
3塁ベースコーチの伊藤がグルグルと
必死に腕を回しているのが、雄介の目の端に映った。
佐々木が小躍りして、ホームインする。
雄介にとっては、生まれて始めての
逆転サヨナラヒットだった。