大黒柱の離脱
その瞬間、大村高校のベンチは凍りついた。
チームの楽勝ムードは一気に吹き飛んだ。
痛みに顔を歪め、デッドボールの当たった左手首を
抱えたまま、起き上がれないでいる西城の下に、
担架が運ばれた。
西城を乗せた担架は、そのまま球場下の通路に消えていった。
このまま近くの病院に直行して、レントゲンを撮るという。
試合は、7回コールドゲームの7対0で勝ったが、
選手達に笑顔はなかった。
文字通り、チームの大黒柱の西城の様子がどの選手にも
気がかりだった。
部長の竹村が、地元に戻るバスの中で言った。
「西城は、中村君が車で学校まで連れて帰ってくれる
事になった。
皆、心配だろうが、あの様子からすると次の
試合から出場できない可能性もある。
しかし、今まで、こういう最悪の事態を想定して、
練習をしてきたはずだ。
今こそ、全員が心を一丸にして、西城の穴を埋める
よう頑張ろうじゃないか」
竹村の言葉に選手達は頷いた。
日が暮れ始める自分になって、中村の車に乗せられた
西城が学校のグラウンドに帰ってきた。
手首には包帯がグルグルと巻かれている。
心配して駆け寄るチームメイトに西城は言った。
「皆、心配してくれてすまない。
幸い、骨折はしていないが手首にひびが入っていて、
全治までには一月かかると医者に言われたよ。
でも、落ち込んでいたって、仕方がない。
相手投手が荒れ球だという事もわかっていたのに、
俺のよけ方が悪かったんだと思う事にするよ。
その分、次の試合から皆のために必死に応援するから
頑張ってくれ」
西城はそう言って、笑顔を見せた。
子供の時から親友として付き合ってきた雄介も、
西城の人間的な成長に胸を打たれた。
(本当に今、一番、苦しいのは西城のはずなのに、
チームの皆の事を気遣って笑顔まで見せている)
一年からレギュラーとして活躍してきた自信が、
西城という人間を一回りも二回りも大きく成長させていた。
雄介は、西城の気持を察して、冗談めかして言った。
「気にするな。お前一人、レギュラーからいなく
なったからって、俺達は動じないぜ。
なあ、みんな」
他の選手も西城と雄介のやり取りを聞いて、
「もう一度、気持を入れ替えて、
西城の分まで頑張ろうぜ」
と口々に言い合った。
監督の安田は、負傷した西城を欠いた後の
シフトの変更を決めた。
西城の抜けたショートにサードの井口を回し、
サードに3年生の佐々木を回して、
一塁手にレギュラーから外されていた上田を
入れた。
打順では、思い切って、一年生の三上を四番に入れて、
雄介は、5番打者として、始めてクリーンアップを
任せられる事になった。
2回戦は三日後だ。
選手達は必死になって、細かいサインや
連係プレーを徹底するための練習に
残る二日を費やした。