30歳の「甲子園」とは?
大会三日目。
雄介にとっては、始めて、レギュラー選手として、
夏の大会に出場する日を迎えた。
炎天下の中での大会だったが、高校野球ファンは、
星村学園やK大付属など、甲子園を経験している
選手が2チームいる大会に注目して、
球場に足を運ぶ人も例年にも増して多かった。
雄介たちが一回戦で対戦するのは、県立神尾高校という学校だった。
伊藤達の分析では、エースの西村という投手は、荒れ球ながら、
速い球を投げるという情報を得ていた。
試合球場はN県営球場の近くにある、
第二グラウンドだった。
昼の2時試合開始の第3試合という事もあって、
地元からも選手の父兄などの応援団が駆けつけた。
試合開始のサイレンが球場に鳴り響いた。
エースの田所が思い切り、渾身の力を込めて、
速球を雄介のミット目がけて、投げ込んだ。
相手の打者のバットが空を切る。
「ストライク」
審判の声が、背中で聞こえる。
(今日の田所の調子なら大丈夫だ)
雄介は、自信を持って、田所にボールを投げ返した。
スタンドでは、父兄に混じって、
OBの中村たちが、大村高校の試合を見守っていた。
土曜日という事もあって、多くの人が
試合を見ていた。
試合は大村高校のペースで進行していた。
エースの田所が自慢の速球で相手打線を抑え、
打線も荒れ球の相手投手のボールをよく見極めて、
押し出しで点を取るなど、3回を終わって、
5対0という展開に持ち込んでいた。
中村は親友の立石明と試合を見ていた。
立石とは、12年前にベスト8まで進んだ時の、
エースと捕手という関係だった。
立石は、大手のスポーツ用品メーカーの営業部員として、
県庁所在地のN市で働いていた。
今でも、月に一度は会って、酒を酌み交わす仲だ。
「こいつらなら本当に俺達の夢を叶えてくれる
かもしれんな」
立石が中村に話しかけた。
「ああ、俺もそう思う」
中村は返事をしながらも、何かが喉に支えている
気がしていた。
「なあ、立石。俺達にとっての甲子園って何だろう」
不意に中村が言った。
「どうした」
「俺は、こいつらが羨ましいと思う。
俺達にも、こんな時期があっただろう。
でも、何か、この年になって、夢を見続ける
という事を忘れている気がしないか」
中村は最近、漠然と感じていた事を口にした。
「お前の夢って何だよ」
立石は中村の顔を見つめた。
「俺は、こいつらの練習に付き合っていて、
自分自身も野球への情熱を忘れていない、
野球が本当に好きなんだと感じたんだ。
だから、趣味としてだけでなく、何かの形で、
本格的に俺達のチームを作れないかと思うんだ」
「クラブチームのようなものか」
「まだ、考えはまとまっていないが、
それもあるかもしれない」
「お金も掛かるし、選手も必要だし、
そんなに簡単にはいかないぞ」
中村と立石がそんな話をしていた時、
ほぼ試合の大勢が決したグラウンドでは、
大村高校にとって、深刻な事態が起きていた。
4番の西城が、相手投手の速球を避けれず、
手首に受けて、そのまま打席内に倒れて、
起き上がれないでいた。