安田と竹村の話
星村学園に1対0でサヨナラ負けした後、
大村高校の選手達は直ぐに学校のグラウンドに
戻った。
安田監督が選手全員を集めて、
ミーティングを始めた。
安田は以前、怒った時とは違って、
穏やかな表情で話し始めた。
「今日の試合結果だけを見れば1対0だ。
しかし、お前らはそれ以上の敗北感を感じて
いるだろう。
もちろん、打たれたヒットの違いであったり、
守備力、また、外山のボールを全く打てなかった事も
あるだろう。
しかし、俺はベンチで見ていて、もっと大きな星村との
違いを感じた。
何だかわかるか?」
安田はそういうと、選手の顔を一人一人見回した。
選手達は監督の目を見つめたまま黙っている。
「焦りだよ」
安田は静かに言った。
「確かに、お前らは、円陣での俺の指示通りに、
形だけは、バットを短く持ったりしたかも
知れない。
しかし、威圧されたのは外山のスピード
ボールだけじゃない。
気持ちも心も外山のボールに押されて、
焦りを感じて、冷静さを失っていた。
少なくとも俺には、そう見えたという事だ」
安田がそこまで言うと、今度は、横にいた部長の竹村
が口を開いた。
「俺達は小さな町に住んでいる。
ところが、星村の外山や前島は子供の頃から、
大きな大会で活躍してきて、甲子園という大舞台も、
経験している。
その自信が、大きなゆとりとなって、
点差以上のものに表れたとは思わないか」
竹村はゆっくりと言葉を続けた。
「俺は、今日、ベンチで試合を見ていて、
絶対に君らと甲子園に行きたいなと、
監督とも話したんだ。
大舞台を踏んだ後、君らのその後の人生が、
どう変わるのか。どんな自信とゆとりが、
君達の心に生まれるだろうか。
そう考えるとワクワクした気持にもなった。
今は、格差社会だといわれる。
君らも知っているように、財政再建団体になる
自治体も出ているような状況だ。
この、M町だって、例外じゃない。
限界集落化してきて、いつ、どうなるかわからない。
だからと言って、いきなり、大きな都会から、
プロ野球の外国人選手のような助っ人が来て、
この町を救ってくれるだろうか。
そんな神風が吹くような事があるだろうか」
雄介の胸にも、安田や竹村の言葉が沁み込んできた。
「そんな事はない。結局、自分達の力で急場を乗り切って、
いく以外にないんだよ。それが、出来るのは、大きな舞台を
経験して、精神的にも大きく成長したこの町で育った
人間じゃないかと いう気がするんだ。
だから、君達にも野球を通して、世の中や社会全体との
つながり、その中での自分の位置づけ。
そういうことも考えて、高校生活を送ってほしい。
俺が言いたいのは、それだけだ」
竹村はそういうと、安田と顔を見合わせた。
「今日は、もう、これで終わりだ。
各自、自分に足りない部分は何なのか。
それをよく考えて、明日からの練習に生かしてほしい」
安田はそういうと、竹村と校舎の方に去っていった。