サヨナラホームラン
5月中旬、春季大会県予選準々決勝。
好天に恵まれたM町の町営球場に星村学園の
選手たちが乗り込んできた。
既に、星村の外山や前島を目当てに試合を見に来ている
プロのスカウトもいるようだと伊藤が話した。
4番を打つ前島も新2年生の段階で、通算のホームランが
30本近くになっていた。
ただ、雄介にとって、そんな話は今の段階では、
相手チームの事情に過ぎない。
まずは、自分のチームを捕手としてまとめない事には、
どうしようもない。
雄介が最近、気がかりなのはエースの田所だった。
元々、気が優しすぎるというか、精神的に
もろい部分を持っている。
時に、練習試合でも弱気の虫を見せて、
雄介がインコースのボール球を要求しても、
甘く入って打たれる事もあった。
その上に、2番手の坂本が大きく成長した事で、
より大きな焦りを感じているような所があった。
雄介は星村学園戦に安田が田所を先発させるのは、
自信を取り戻させるいい機会だと考えた。
雄介は、練習でも田所のボールを受ける度に
「大村高校のエースはお前なんだ。
お前が、自信を持って最高のボールを投げ込めば、
打ち込めるチームなんていないはずだ」
とひたすら囁き続けた。
星村学園対大村高校の試合はその日の2試合目に
組まれていた。
雄介たちは、一塁側のスタンドで、
一試合目の試合を見守っていた。
やがて、ネット裏に星村学園の選手達が入ってきた。
チラリと雄介たちのいる一塁側に視線を向けると、
星村の選手達は3塁側のスタンドに腰を下ろした。
やはり、どの選手も筋肉のつき方が、
他校の選手とは違う。
雄介は一瞬、外山と目が合った。
既に、甲子園を経験している投手の、
ゆとりが感じられた。
雄介は、自分の心に燃え上がるものを感じた。
午後1時30分、第二試合が始まった。
後攻めの星村学園の選手達が守備位置に散り、
外山が目の見張るような速球を投げ始めた。
実質的に、一年の夏の大会で対戦している西城以外の
選手は、外山のボールを見るのは初めてだった。
しかも、1年時より、はるかにボールは早くなっている。
「今までに見たことのないスピードボールだ」
「手元でボールが伸びてくる」
大村高校の選手達は、口々に驚きの声を上げた。
雄介も打席に立って、外山のボールに驚いた。
田所のスピードボールとも、球質が全然違う。
ボールが浮き上がってくるようにさえ感じた。
雄介は空振りの三振をして、ベンチに戻りながら、
気持だけでは野球は勝てないと思い知らされた。
しかし、田所も前島の前にランナーをためない
上手いピッチングを見せて、どうにか0対0の
展開に持ち込んだ。
安田はベンチに選手が戻ってくるたびに、
一握り、バットを短く持たせたり、
打席の前に立たせて、喰らいついていけ、と
いう指示を出したが、どの作戦も功を奏せず、
結局、9回まで無得点に抑えられた。
そして、9回裏2死走者なしで、打席に前島を迎えた。
田所が渾身の力を込めて、速球を投げ込んだ。
前島がそのボールを振りぬいた。
打球はレフトスタンドの上空を遥かに越えていった。
1対0のサヨナラ負けだった。
前島は顔色一つ変える事なく、
ベンチから飛び出す星村の他の選手とは対照的に
淡々とダイヤモンドを一周した。
決して、どんな場面でも冷静さを失う事がない。
これが、トップレベルの選手の実力なんだと、
雄介は実感した。