安田監督の怒り
春の地方大会を前にして、監督の安田から、
ベンチ入り選手の発表があった。
ここで、安田は思い切った行動に出た。
それまで、秋以降レフトを守っていた新3年生の水田
をレギュラーから外して、一年生の三上毅を
いきなり、5番でレフトのポジションに入れたのだ。
これで、十数人いる3年生選手の中で、
レギュラーとして試合に出られるのは、3番打者で
一塁手の主将の佐々木だけになった。
翌日の練習から、三年生の部員が、
「なぜだ、今年の下級生に優秀な選手が
多くいるからといって、俺たちも3年間、
一生懸命に頑張ってきたじゃないか」
という不満を口々に言うようになった。
練習にも身が入らず、3年生を中心に、
チームに不協和音が流れ始めた。
その雰囲気を感じ取った安田は練習後に選手全員を集めた。
安田の表情は、今まで、入部以来、雄介が見た事もない
ような怒気を含んでいた。
安田はいきなり、大声を張り上げた。
「何だ!今日の3年生の練習態度は。
俺は、いつも、実力のある選手を使うと
お前らに言い続けてきたはずだ。
三年生はこの夏を終われば、進路を決めなければならないだろう。
一度、社会に出れば、仲良しクラブのような会社や組織が
あると思うか。
今の競争社会の中で、温情だけで成功させてくれるという
甘い考えが通じると本気で思っているのか。
そんな腐った考えの奴は、今、すぐグラウンドから出て行け。
自分の力で這い上がろうという気持のある奴だけ残ればいい。
俺は必ず、甲子園に出場できるチームを作る。
そのために、入学したての選手でも力のある奴を
使っていく。
何度も言うが、悔しかったら、自分の力で這い上がってみろ」
安田は容赦のない言葉を浴びせ続けた。
雄介は、安田の言葉は、三年生だけに語りかけている
話ではないと感じた。例え、今、レギュラーポジションを
取っている選手でも、明日はどうなるかわからない、
それを覚悟しておけ、と言っているのだ。
3年生の部員は、押し黙っていた。
涙を流している選手もいた。
その中で、普段から負けず嫌いの吉田という選手が、
立ち上がった。
「皆、やってやろうじゃないか。
俺たちにだって、意地がある。
このままで終われるか。
俺は、夏までにレギュラーポジションを
獲ってやる」
そういうと、夕闇の迫り始めたグラウンドに、
向けて、勢いよく駆け出した。
「俺も行く」
他の選手も競い合うように駆け出していき、
自主練習を始めだした。
「監督の雷が効いたようだな」
部長の竹村が、目を細めて、グラウンドを駆け回る選手を
見ながら、安田に言った。
「いや部長、僕は彼らに、強い人間になってほしい、
と思っているだけなんですよ」