由美子の気持
翌日、雄介は練習でランニングをしながらも、
由美子が家に来ると思うと、落ち着かない気がした。
大塚由美子の方をそれとなく見ると、照子と一緒に
淡々と女子マネージャーの役割を
果たしていた。
夕方、練習が終わり、雄介が部室で着替えをして、家に帰ると、
既に、照子の部屋に大塚由美子が来ているようだった。
雄介が自分の部屋に入って、しばらくして、照子と由美子が
雄介の部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん、由美子もお兄ちゃんに話したいことがあるって」
そういうと照子は部屋を出て行った。
雄介は、大塚由美子と二人きりだと思うとドキドキして、
グラウンドで、野球の練習をしている時と違って、
顔を上げられなかった。
由美子も緊張した面持ちをしていた。
「私ね、照子から沢田君が私の事を思ってくれているって話を
聞いたわ」
由美子が話し出した。
雄介は、何を言っていいかわからず、黙っていた。
「沢田君、私が野球部のマネージャーになったのは、
皆で心を一つにして甲子園を目指したいと思ったからよ」
「もちろん、俺もそうだよ」
「だからって言うのも何だけど、今は誰か一人と恋をするとか、
そんな気持になれないの。っていうか、自然に誰かの事を
好きになることもあるかもしれないけど。
その辺は、私にもちょっとわからないわ。
それとね、もう一つ、私には、夢があるの。何だかわかる?」
「さあ」
「将来ね、小学校の先生になりたいと思っているの。
小さい子供たちに、私や沢田君が甲子園に抱いているような
夢を感じてもらえるような先生になりたいの」
由美子は、そういうといつもの生き生きとした笑顔を見せた。
「君は偉いんだな。俺は、まだ、そこまで先の事は考えられないよ。
そういえば、俺の父さんも中学の先生をしているから、聞きたい事があれば、
照子を通じてでも聞けばいいよ。
普段から、余り、必要以外の事は、
喋らない無口な親父だけどね。
でも、今日は、君とこんな話が出来てよかったよ。
これも、照子のやつのお節介の賜物だな」
と雄介は笑った。
その時、勢いよくドアが開いて、照子が入ってきた。
「何だ、お前、聞いてたのか」
「ひどいわね、お兄ちゃん、お節介だなんて。
まあ、振られたみたいだけど、気持がすっきりして
良かったでしょう」
と照子も笑った。
「まだ、振られたと決まった訳じゃないよな」
雄介は由美子の方を見た。
由美子はかすかに微笑んで頷いた。
翌日から、雄介はいっそう練習に励んだ。
大塚由美子の将来の夢を聞かされた事で、
自分も野球だけではなく、先々の人生についても、
少しは頭の片隅において、生活しなければいけないな、
と言う気持になっていた。
ちょっぴり、大人になった気がした。