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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
99/144

33-3話

 私は手放す事でしか、誰かを幸せにできない。

 私――混ぜモノ――がいると不幸になる。だったら初めから独りでいた方が――。




「あれ?」

 パチッと目をあけると、見慣れぬ天井だった。状況が理解できず、パチパチと数回瞬きをした。何だか変な夢を見た気がする。

 というかここは何処だろう。

 何か、こういう事が最近多いよなぁと、デジャブのような物を感じる。


「オクト、大丈夫か?」

 体を起こすと、黒髪の少年が声をかけてきた。状況が理解できず首を傾げる。

 確かさっきまでロキに海賊船を案内してもらっていたはずで……。それなのに、どうして私はベッドの上にいるのだろう。

「吐き気とか、痛い所があるのか?!」

「……ない」

 心配そうに私を見てくる少年に、私は首を振った。体がだるいのは、精霊との契約の所為でいつもの事だし、痛いとかそういう事もない。

 ただ自分の状況が理解できず不思議なだけだ。私の記憶は、この少年が船の上から降ってきた所で止まっている。


「良かったぁ。突然目の前で倒れるから心配したんだぞ」

「えっ……。どうも」

 そうか倒れたのか。

 いつもなら昼寝をしている時間だし、もしかしたら堪え難い睡魔に襲われたのかもしれない。契約以来、精霊に魔力を搾取され続けているので、時折自分自身の電池が切れたように眠ってしまう事があった。今までは階段で眠りこけてしまっても、図書館の中だったので良かったが、これからは気を付ける必要がありそうだ。

「もしかして、オクトは体が弱いのか?相変わらず小さいし」

「そんな事はないと思う」

 

 たぶん私の背が低いのは魔力に関係しそうだ。

 魔力が大きいと成長というか老化が遅い。混ぜモノの成長には普通というものが存在しないので、遅いとも早いとも言えないが、栄養が足りていないからという事はないだろう。

 それにアスタに引き取られてから、風邪もほとんどひいていないし、丈夫な方だと思う。


「それなら良いんだけどさ。俺に何でも頼っていいからな。俺がオクトを守ってやるから」

「あー……えっと」

 何で?

 頼って良いと言われるのはとてもありがたい話だ。色々海賊の事は分からない事も多い。今のところ唯一教えてくれそうなロキは、副船長なので、私に構ってばかりもいられないだろう。

 でも私はこの少年に対して、彼が私を守ってくれるだけの何かをしただろうか。さっき会ったばかりだしなぁ……。いやでも、彼の話し方を聞く限り、昔の私を知っていそうだ。

 それに、私も何故か彼を見ていると、とても懐かしい気分になった。何でだろう。


「オクト……もしかして、俺の事忘れちゃったとか?」

 ギクリ。

 私があいまいな返事をしている事で、少年は私の現状に気がついたようだ。凄くショックが大きいような顔をされると、罪悪感でいっぱいになる。

 ここは空気を読んで、そんな事ないよというべきだろうか。でもその後に、少年から名前をどうやって聞き出せばいいのだろう。そもそも私の話術ごときで誤魔化すなんて、かなり難易度が高いミッションだ。

 暑くもないのに、汗が出てくる。

 この少年を悲しませたくないと思うのに、いい方法が思い浮かばない。そもそも、こんな風に黙っているのは、忘れましたと言っているようなものではないだろうか。


「そっか。オクト、まだ小さかったもんな。でも、俺はずっとオクトの味方だから」

「……何で?」

 私なんかの味方になっても、何の得もないと思う。特に私の場合は、暴走で世界を滅ぼす可能性があるので、私を守っても正義の味方にはなれない。……いや、ある意味暴走を止めるという観点で見れば勇者か。でも状況的に、私ってゲームで言うところのラスボスだよなぁと思う。混ぜモノが居ない世界の方が、どれだけ心優しいだろう。


「オクトがたとえ忘れたとしても、俺はオクトのお兄ちゃんだからな」

 そう言って少年は笑うと、私の頭を撫ぜた。

 ……お兄ちゃん?

 兄といえば、ヘキサ兄だ。まあ、今はもう兄弟という関係ではないけれど、一番最初に頭に浮かぶ。でも兄的な立場というならば、他にもいた。

 黒髪、黒眼……お兄ちゃん。まさか――。


「……クロ?」


 記憶にあるクロは、綺麗な黒髪と黒い瞳を持った男の子だ。右も左もわからぬ私を、小さい手で引っ張ってくれた。

「思い出してくれたのか?!」

「いや、思い出すも何も……全然違うというか」

 だってあの時私が5歳だったから、クロは6歳だったはずだ。もっと私と身長も近くて、やんちゃだが可愛らしい顔をしていた。今はどちらかというと、可愛いというよりも恰好いいに進化を遂げている。身長も私と結構差ができていた。私を撫でる手だって、あの頃よりずっと大きい。


「本当にクロ?」

「こんな事で嘘ついてどうするんだよ。グリム一座で一緒だったクロだ。良かった、覚えていたんだなっ!」

「……忘れるわけない」

 あの楽しかった時間を、誰が忘れられるというのだろうか。


 とても大切で、思い出すと苦しくなるぐらい幸せで。だから私は壊さないように、そっと手放したのだ。

「全然会いに行ってやれなくてごめんな。言いわけみたいであれだけど、俺、オクトが魔術師に引き取られたとしか知らなくて」

 その言葉に私は首を横に振った。

 私は私の人生に彼を巻き込まないように手放したのだ。会いに来てしまったら意味がない。私を無条件で愛してくれた優しいヒトなのだ。不幸にはしたくない。


「アルファさんもいるの?」

 クロがここに居ると言う事は、アルファもここにいると言う事だろう。アルファさんは武芸の達人だったイメージがあるし、彼女なら女だけど海賊もやっていけそうだ。

「いや。母さんは、数年前に流行り病で死んだんだ」

「えっ」

 死んだ?


 衝撃的な言葉に、どう言っていいか分からず、私は言葉を失った。私の中のアルファさんはとても強くて綺麗な方で……死という単語と全然繋がらない。

「そんな顔するなって。ずっと前の事だからさ。ああでも、オクトが思い出してくれたなら母さん喜ぶかもな。オクトの事を心配してたからさ。だから良かったら今度俺と墓参り行かないか?」

「……うん」

 まさかクロの方がそんな事になっているとは思わなかった。私はずっと、クロはアルファさんと一緒に幸せに暮らしているのだと思っていた。


「なら、その後海賊に?」

 この世界は、子どもが一人で生きるには、とても厳しかった。大した力もない子供を好んで雇う店なんて、ろくなものがないのだ。かといって孤児を育てる施設は、よっぽど運がないと入れない。しかも運よく入れたとしても幸せに暮らせるとは限らないと聞いた事がある。

 海賊を職業としていいのかは分からないが、選択肢が少ない中で、まだマシな居場所だったのかもしれない。

「いや、その後色々あって……まあ色々だな。海賊に入ったのは、最近だ。オクトこそ、どうしてここにいるだ?引き取ったっていう魔術師はどうしたんだよ」

「えっと……あー」

 どう説明するべきか。

 別にアスタが死んだわけではない。ちょっと記憶喪失になって、とりあえずそれを放置したまま、私が家を出たわけだし。その後しばらく図書館でニートしていたけれど、これじゃあ、ヒトとしてまずいと思って社会復帰目指してみたのだ。でもいられる場所が犯罪者集団の所だけで……、そして今である。

 

「色々あって、私はアスタ――魔術師の家を出て、まあ色々あって、ここに住む事になったかな?」

 ニート云々の話はできたらあまりしたくなくて、私は色々ぼやかしてみた。折角再会できたクロを無闇に心配させるのも嫌だし、逆に残念な子という目で見られるのも嫌だ。

 とりあえず、私はへらっと笑って誤魔化すことにした。すると同じような表情をしたクロと目が合う。多分クロも色々あったのだろう。


「ここに住む事になったって、海賊に入ったんだよな?」

「まさか」

 海賊に入るには入団試験というものがあるのだと、以前ライに聞いた事があった。勝てば官軍。強いものが生き残る世界だ。

 最弱な私など、一瞬でプチっと打ち殺されてしまう。痛いのとか耐性がないので、暴走の原因になりかねない。そんなものは、全力で辞退するに決まってる。


「私は部屋を間借りしただけ。学校を卒業したら出ていく」

 今回、部屋を借りるにあたり、船長とはそう契約をした。もちろん、今は文字を読んだり書いたりできるので、紙でのやりとりをしている。だから今度こそ大丈夫だ。

 最悪、転移魔法だってあるのだし。

「オクト、学校に通っているのか?」

「うん」

 実際は現在休学中だけどねっと心の中で付け加えた。でも近いうちに、カミュが何とかしてくれる予定なので嘘ではない。

 ただ復学できたとしても、普通に授業を受けるのは難しいだろう。大方、特別教室で授業を行うのではないだろうか。結局クラスにはなじめないままだったなと思うと残念だけれど、仕方ない。それに私はこれ以上、エストやコンユウのような近しいヒトを作る気はさらさらなかった。

 再会できたことは嬉しいが、できたらクロの近くにもあまり居たくはない。もしもまた何か厄介事に巻き込まれた時、身軽な方がとても楽だ。


「卒業したら、山奥で薬師をするから。その勉強中」

「へ?山奥?」

 クロが素っ頓狂な声を出したが、私は冷静に頷いた。

 遅かれ早かれ伝えなければいけない事だろうし、こういうのはあらかじめ宣言しておいて理解を求めておいた方が、別れる時に楽だろう。

 できれば、山奥でもヒトがあまり入ってこない場所がいい。一番理想的なのは、転移魔法も中々使えない『魔の森』だ。あそこならば、カミュやライ、それにミウも、簡単には来れないと思う。彼らはアスタのようなチートな魔法センスは持っていないし、馬車で半日揺られた上に、山を登るなんて事はそう何度もできないだろう。

 最初はやってきたとしても、次第に足は遠のき、いつしか誰も来なくなるはずだ。そうすれば、そこは私の理想郷となる。


 もちろんその為には、私はもっと転移魔法について勉強をし、『魔の森』でも転移魔法を使えるようになる必要があった。それに誰も入らない『魔の森』にどうやって家を建てるかや、誰に許可をとるべきなのかなど、課題も多い。

 とりあえずまずは、風の神である叔母にでも相談してみようかと考えている。勘でしかないのだが、『魔の森』はもしかしたら、神様が住んでいる場所と関係しているのではないかと思うのだ。一度行った樹の神の家の場所は、カミュも知らないと言っていた。もしかしたら、反則技で異空間とかいうオチもあるかもしれないが、そうでないならば、こういう誰も立ち入れない場所が怪しい。


「何で山奥なんだよ。大変だろ?」

「私は混ぜモノだから」

「なんだよソレ」

「混ぜモノは何処にも歓迎されないから。誰もいない場所なら気を使わずに――」

 最後まで言う前にクロが私を抱きしめた。


「オクトを引き取った魔術師は何やっていたんだっ!!」

「クロ?」

 うーん。アスタはまだ療養中じゃないだろうか。アールベロ国に戻ったという話は聞かない。ただ精霊魔法は継続しているようなので、たぶん生きていはいると思う。

「俺はオクトに会えて嬉しかったんだ」

「私もだよ?」

 クロに会えたのは普通に嬉しい。アルファさんの事は残念だけど、私は今も2人の事が好きだから。


「だから歓迎されないとか言うな」

 ああ。そうか。

 少なくとも、ここは私を歓迎してくれている。クロが嫌がっているようには思えない。……別にクロ達の事を否定しようとしたわけではなく、一般論を言ったにすぎないのだが、上手く伝わらなかったようだ。

「えっと、今のは一般論というか、住める場所がそこしかないというか……」

「一般論だとしてもっ!独りは寂しいだろうが。どうして、そうなるんだよ」

 どうしてと言われてもなぁ。

 

 クロはアルファさんを亡くしている。独りは寂しいというのは、それが理由かもしれない。

 私も独りは寂しいんだろうなぁと想像できる。でもそれ以上に、私の所為で誰かが傷つく事に、私は疲れていた。大切なヒトが傷つくと自分の感情のコントロールもままならなくなるし、世界は滅亡の危機に陥るしで散々だ。なんて面倒なんだろう。

 

 孤独は辛い。でも私には優しい思い出があるから。

 この記憶さえあれば私は大丈夫だ。


 それにきっと孤独なんて悲しんでいられないぐらい、忙しくなると思う。卒業しました、森に住めました、めでたしめでたしで終われるのはおとぎ話の中だけ。その後もずっと人生は続くのだ。

 きっとなれない山の中の生活をするだけでも、とても大変だろう。その上コンユウやエストの事もあるし、図書館の時魔法も研究し続けなければいけない。アスタにはこっそり何か恩返しをしたいし、王家や魔法使いから何か言われたら、のらりくらりと逃げ続けなければいけない。

 うん。何だか考えるのも嫌になるぐらい、やる事だらけだ。


「俺はオクトをもう独りにしないから」

「あー……」

 それはちょっと困るなぁ。

 でもクロにも人生があるから、いつまでも私に構っては居られないはずだ。今は再会したばかりで感傷的になっているけれど、ここを出ていくころには、きっと私の考えも認めてくれるだろう。私だって、いつまでも守られてばかりではない。

 それにしても、こんなにクロが心配してくれるとは思わなかった。……再会したばかりだからかなぁ。

 

「……これからよろしく」

 まあいいか。

 何とかなるさの精神で、私は改めてクロにあいさつした。

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