32-3話
泣くだけ泣いてスッキリした私は、ものぐさな賢者と、手紙入りの箱を持って館長室へ戻る事にした。流石にあの場で朝まで泣き続けて、図書館の従業員達やカミュ達に泣き顔を見られたくはない。
別に泣いたって問題はないのだろうけれど、それを見られるのは何だか気恥ずかしかった。
「……でも、あれだけ泣いたのに、何で暴走しないんだろ」
暴走は感情の高ぶりだけが問題ではないのだろうか?暴走をしかけたのはたぶんこれで2回目だけど、前回と今回にどんな違いがあったか。挙げようと思えば挙げられるが、流石にデーターが少なすぎてそれだけでは何とも言えない。
もしかしたら、暴走は感情の高ぶりだけではないとか?もしくは感情の種類に関係するとか?
色々思い浮かぶものの、どれもこれも、仮説の域を出なくて、私はとりあえず考えるのを止めた。とりあえず、まずはエストからの手紙に書いてあった、ものぐさな賢者を読んでみるべきだろう。
館長室に戻った私は色々持ってきた本をとりあえず机の上に置き、椅子に座った。そして、ものぐさな賢者を手に取る。
さてと。古典なので、辞書が必要だろうか。
ただ全部調べていると読み終わるまでに、かなり時間がかかる。仕方ない。分からない単語は流し読みをしてとりあえず読み進めてみる事にした。
そして読み始めて数分。私は机に頭をぶつけた。
「……なんだこれ」
読めば読むほど、頭が痛くなる。いや、むしろ頭の中をかきむしりたくなるぐらい痒くなったと言うべきか。
文章は確かに古典だ。今は使わない単語や言いまわしが使ってあるので間違いない。間違いはないが、内容はとても読み覚えがあるものだった。
「誰……書いたの」
いや、現状から察するに、書いた相手なんて、時をかける少年を素でやらかしている少年2人のどちらかだ。しかも片方が、『恨まれる』なんていう単語を使っているという事は、もう1人が書いた可能性が高い。その上、ツンデレの方は確か本にメッセージを入れたとか何とかと手紙に残っていたような……。
ならば、これにもメッセージが込められているという事だろうか。
だとしてもだ。誰が見るかも分からない本に、エストの同人誌の話を入れ込むのはどうだろう。もちろんそれ以外の話も入っているけれど、どれもこれも、混ぜモノである少女が聖女のように描かれている。
「エストが気づくようにっていう理由だとしても……止めて」
エストの同人誌を読んでいなければ、私はきっとこれが自分を題材にしているとは思わなかったに違いない。それぐらい主人公の行動が美化されている。
どんな顔をしてこの話をコンユウは書いたのだろう。
いや、まて。エスト大好きなコンユウの事だ。もしかしたら、エストに勧められて、事前にものぐさな賢者を読んでおり、それをまねしたという可能性もある。
だとしたら、最初に『ものぐさな賢者』を書き始めた奴は一体誰なんだ。
色々な謎を残しつつ、私は逃げ出したくなる心を押さえて、何とか読み進める。現状ではどこにメッセージがあるのか分からないからだ。もしかしたら、各ページの頭文字をとると文章になるとか、そういう推理的なメッセージの可能性だってある。女神の所為で上手く情報を伝えられないのだとしたら、その裏をかく必要性があるだろうし――。
あとがきまで読み進めた所で、私はページをめくる手を止めた。
『この話は、俺の罪の証である。俺が作った最悪の結末を変える為、この本を書いた』
若干の意訳をしているが、書かれている言葉はまさにこれだ。
ものぐさな賢者は、主人公のその後が分からない結末になっていた。明らかに主人公の責任ではない所で恨まれるが、主人公は『私を恨む事で貴方が生きられるならばそれでいい』と言って、何処かに消えてしまうのだ。その後誰も主人公を見たヒトはいないで終わっている。
この物語は、バッドエンドと言い切るのも難しいが、決してハッピーエンドではない。
たぶんこのあとがきを読んだヒト達は、解釈に悩むのではないだろうか。ただエストの手紙を読んだ私が、自分なりに解釈するとすれば、これは物語に対する言葉ではなく、コンユウ自身の懺悔ではないかと思えた。
エストの手紙が正しいならば、別の世界のコンユウは私を刺し、私は暴走して世界を滅ぼした事になる。うん。確かにそれは、私にとってもコンユウにとっても最悪の結末だ。
でも私はちょっとだけ疑問な部分もあったりする。世界が滅んだらエストはどうやって滅んだ世界で生きていたのだろう?エストが混融湖に落ちて助かったという事は、滅んだ瞬間まで見とどけたわけではないのだ。
だとしたら、エストが見たのは滅びかけた世界という事になる。本当にその世界は滅んだのだろうか?
そんな事、今はもう誰にも分かりはしないのだろうけれど。
『誰も裏切る事ができなかった俺は、一番優しかったヒトを犠牲にした。そして大切なモノを全て失った。これは俺の罪であるので自業自得だ。でもどうして優しい人ほど、犠牲にならなければならないのだろう――』
あとがきは、コンユウの苦悩が伝わってくる内容だった。
犠牲の上に成り立つ幸せとはいったい何なのかや、無知である事の罪深さなどが書かれていて、本編に関係するようなしないような、そんな内容だ。何も知らなければ、色々考えてこの話を書いているんだなぁだけで終わらせてしまいそうである。
「馬鹿だろ」
あとがきは、コンユウが自分の事を極悪人のように書いていた。でもこれだけ悩んでいるヒトが、優しくないヒトであるわけがなくて。
「優しいヒトは幸せになるべきなんだろ」
そうまとめられているのに、全然駄目じゃないか。本当にコンユウはいつも一方的で。これでは、コンユウがどうして私を刺したのかとか何も分からない。ただ恨めとか、本気で馬鹿だ。無知のままではいけないと書いておいて、自分でやっていれば世話がない。
全て読み終わった私は、もやもやした気持ちのまま、パタンと本を閉じた所で気がついた。えっ?これだけ?
「いやいやいや。懺悔で終了?」
そんなのあり?
エストが意味深に書いてくれていたので、何かここにメッセージが込められているのかもと思ったが、それらしきものが見当たらない。いや確かにこのあとがきはメッセージっぽいけど、本当にこれだけなのだろうか?
まさか本気で私にこの本に隠された謎を推理しろとか言っている?無理だから。推理小説とか、ストーリーを楽しむものだと思っているから。
冗談半分で考えた、本のページの頭文字を読むと文章になるとかが現実味を帯びてくるとぞっとした。……私も本は読むが、推理物はほとんど読んだ事がない。このままでは、コンユウの真のメッセージに気づくのは鬼籍に入った後のような気がする。つまりは死ぬまで分からないと――。
「コンユウ、ごめん」
私は何かないかと、パラパラとめくってみたが、小さくため息をついて本を閉じた。
今考えても絶対分からない気がする。これはちょっと落ち着いてから、対策を考えるべきだ。この内容を他人に読まれるのは苦痛だが、カミュとか頭のいいヒトの協力を得るのが一番堅実だろうか。
というか、そうしなければ無理だ。
「えーっと、そうだ。あとお守りがあったっけ」
私は早々に本の謎に迫る事を諦めて、エストからの手紙が入っていた箱を開けた。窓の外が徐々に明るくなってきた事には気がついたが、今の興奮した状態では眠れないと言いわけして、見なかった事にする。また誰かに怒られるんだろうけれど、仕方がない。
手紙と一緒に入っているお守り袋は、古ぼけているが、いたって普通だった。何か仕掛けがあるのだろうかと目に魔力を集めて再度見る。すると時属性を若干帯びているらしく、うっすらと薄紫に輝いた。
「……というか、時間が止めてあった?」
時魔法は、モノの時間を遡らせたりとかはできないので、時を止めた時点ですでに古ぼけていたという事だ。今は魔力の供給が止まり、普通に時間を刻んでいるが、魔方陣があったような形跡が見える。
「ちょっと失礼します」
お守り袋は巾着のようになっているので、中身を見せてもらう事にした。見られて嫌ならば、こんな所に入れてはおかないだろう。
紐をほどき逆さにすれば、巾着の中から、小さく折りたたんだ紙が2つコロンと落ちた。広げると、1つは魔方陣が描かれ、もう1つは……。
「直列つなぎと並列つなぎ?」
何故かそんな図面と文字が出てきた。うん。さっぱり意味が分からない。
「それにこの魔法陣……何?」
時属性の魔方陣ではあるが、何かの時を止めるなどの指示が入っていない。というか、これはまだ完成していない、多数の魔法陣を一括管理する用の魔方陣に似ているような……。
ここに魔力を通したら、何処かに繋がるという事だろうか。エストやコンユウには、構想を話して案的な魔法陣を見せていたので、彼らが完成させたっておかしくない。もしくは別世界ではすでに完成させていた可能性もある。
「やってみるか」
というかやらないという選択肢を選んだらそこまでだ。
紙に魔力を通してみると、いきなり隣に置いた、ものぐさな賢者の本が光った。
えっ?光った?!何で?
恐る恐る光っているページをめくると、文字の一部が光っていた。光の色は紫ではなく金色なので、どうやら途中で属性が光に転換されたらしい。
『これは何?』
光った文字を拾い集めると、そんな言葉ができた。別の光は直列つなぎの図と、新しい魔方陣を描いている。魔法陣はパスワード的な部分が抜けているようなので、そこにこの質問の答えを入れろという事だろうか。
……なんてファンタジーな仕掛けだろう。もっと簡単な方法もあったんじゃないかな?
今思うと精霊の見え方も、コンユウはファンタジーな感じだったし、この仕掛けは彼の趣味なのかもしれない。特にコンユウは、共同で研究している時も凝り性な部分があったし――。
私は生ぬるく笑った。
まさかエストがコンユウがどうしているかの発言を控えたのは、この中二病チックな仕掛けを口にするのが痛かったからとか?大人になると、過去の作品を見返せないのと同じで……。
いやいや、今はそんな事を考えている場合じゃない。いいじゃない、中二病が発病したって。すでにコンユウはツンデレ素直な寂しんぼうという謎属性なのだ。そこに中二病が入ったって、そういうお年頃なんだし。
私はとりあえず頭の片隅にツッコミを追いやると、本に浮かび上がった魔法陣にパスワードを加えたモノを想い描き、魔力を注いだ。
すると本が突然ひとりでにページをめくり始めた。そして本ページが闇魔法で黒く塗りつぶされ、再び光魔法で別の文字が浮かび上がる。
だから、何でそんなにイリュージョン。それとも私が、こだわらなさすぎなのだろうか。
無駄に凝っている魔法の仕掛けを、生ぬるい視線で見ながら、私はコンユウからのメッセージを読み始めた。