32-2話
親愛なるオクトへ。
どうか、この手紙を読んているのが、オクトである事を祈って。
君はきっとこの手紙を読んだら驚くんだろうけどね。オクトがこの手紙を読んでいるという事は、もうオレはこの世界には居ないのだろうから。
とてもたくさんオクトとは文通をしたはずなのに、オレは今、何から書けばいいのか迷っている。でもどうしても君に色々伝えたいから、ここに手紙を残す事にしたよ。
きっと君ならこの手紙を見つけてくれると思うから。それと最初にもう一つ。この手紙を読んだら、『ものぐさな賢者』を読んでほしいんだ。書き忘れると恨まれそうだから、最初に書いておくね。
まず何から話せばいいのか分からないけれど、とりあえず君へ手紙を書いているオレは、君が知っているオレじゃないんだ。あっ。今何を言っているんだと、冷たい眼差しで手紙を見ているでしょ。
でもそれは紛れもなく真実なんだ。オレの彼女であったオクトは、親友に剣で切られて暴走して、世界と一緒に死んでしまったから。
オレはその時、運よく混融湖に落ちて生き延びてしまったんだ。
混融湖に落ちたオレが流れ着いた場所は、ドルン国。今回も君がそこへ行ったかどうかは分からないけれど、オレは君と親友と一緒に、そこへ混融湖の見学をしに行っていたんだ。
ただし混融湖に落ちて目が覚めた時には、その時代からざっと800年ぐらい遡った時代にオレはいたんだよね。
おかげで言葉に苦労したかな。例えば『○○じゃ』とか、ご老人が使う言葉だと思っていたけど、オレより若い子でも、普通に使っていたからね。その上確かに龍玉語を話しているはずなのに、方言が入っているというか、かなりなまっていて、違ったりするしさ。
本当は君の後をオレも追いたかった。
でも君が世界と共に死んでしまう時よりずっと前の時間にいるのだとしたら、今度こそ君を助けられると思ったんだ。……それと一応、大馬鹿な親友もね。
ただ現実はそれほど甘くなくてね、混融湖に落ちると、使い勝手の悪い時属性を身につけられる代わりに、落ちる前の事を誰にも伝えられなくなる呪いにかかるみたいなんだよね。
口で伝えようとすると、周りの時間が止まってしまって動けなくなるし、手紙で伝えようとすると、どういうわけかその紙は気がついてもらえないんだ。紙を見るようにと口にすることすらできなくて、オクトの言葉を借りるなら、『女神、爆発しろ』ってちょっと叫びたくなったね。まあ女神はリア充なのかは分からないけれど、結構地味にあの呪いはイラッとさせられたね。絶対ねちっこい性格だと思うよ。おかげで、名前すら名乗れないし。
ただ、親友である大馬鹿もどうやらあの時一緒に混融湖に落ちたらしくてさ。彼から貰ったメッセージのおかげでオレはある仮説にたどり着いたんだ。
混融湖の女神の呪いはオレにかかっているだけで、手紙にかかっているわけじゃないんだよね。だからオレがこの世界からいなくなれば、たぶん手紙を読む事はできると思う。
それと親友からのメッセージを読んだオレは、オレが流れ着いたこの時間が、オクトがいる時代へ、進まなくなる可能性にも気がついたんだ。
オレはもうあの時間に戻る事はできない事はわかっていたよ。でもどうしても、もう一度オクトに会いたかったんだ。だからオレは、節目節目で世界に関わっていく事にした。
幸い親友もそれを手伝ってくれる気があったみたいでね。彼はオレとは違って、何度も混融湖に飛び込んで、時間をめぐり旅をするという選択をしたみたいだよ。そして色んな情報を『ものぐさな賢者』や『混ぜモノさん』の本に書き込んで、オレに残してくれたんだ。
親友が何を思ってそうしたかは、オレは書かないでおくよ。だからまあ、彼に会ったら直接聞いて。
そしてオレは本を集めるうちに、いつしか図書館の館長となった。そして君と会える日を願って、オレは自分の時間を何度も止めて、少しでも長く生きられるようにしたんだ。
あれからとても長い年月がたってしまったけれど、今ようやく報われそうだよ。今日オクトが図書館にやってきたんだ。
オレがまだ魔法学生だったころにも、今のオレと同じ立場に館長という人物が居たんだよね。それがオレなのか、それとも別の人物だったのかは、分からない。けれどあまり大きく運命が変わってしまうと、オクトが馬鹿に切られてしまう分岐点がずれて分からなくなってしまうと思う。だから、オレはあの館長と同じ道を歩むよ。幸いオレの目は、混融湖に落ちた事で、館長と同じ紫色に染まっているから、彼の代理を無理なく務められるはずだからね。
そして今度こそオクトとコンユウを幸せにしてみせるよ。以前はオレが無理やりオクトと付き合ってしまったけれど、次はそんな失敗をしないようにするね。
コンユウがオクトを愛せば、きっとあの未来は起こらないはずだから。魔族の執着って怖いし、絶対オクトを殺そうとしないと思うんだ。
ほら、昔オクトも黄色い服着て、愛は世界を救うとかって夏になると言っているヒトもいるんだって、教えてくれたよね。オレも愛があれば、世界は救えると思うんだ。
とりあえず、また後で手紙を書くね。今度は館長室を探してくれると嬉しいな。そしてどうか僕がいた事を忘れないでいて欲しい。
ちゃんと君の幸せを願っているから。じゃあ、またね。
館長こと、エストより。
◇◆◇◆◇◆◇
「……おいっ」
あれれ、おかしいな。
名前を見て、慌てて読み始めた時は泣きたくなるぐらい切なかったはずなのに。何故か読み終わった瞬間、ツッコミを入れている自分が居た。
私は丸一日頑張るボランティアなヒト達のテレビ番組について、エストに話した記憶はない。となると伝えたのは、きっとエストと付き合っていた別の次元の私なのだろうけれど。
ちょっと待て。何教えているんだ。
そもそもリア充とか、そんな言葉も私はエストに話していないから。付き合ったからって、どうしてエストに残念な言葉ばかり教えているのか。
もう一人の自分にとくとくと説教してやりたい。真っ白なエストに何をふきこんでいるのだと。
「エストの……馬鹿」
でもまあ、エストの事だから、きっと私が泣かないように手紙に冗談を入れてくれたのだろう。本当はもっと大変で苦しかった事もあって、話したい事だってあったはずなのに。だってたった一人で、ずっとこの未来の為に生きてきたのだから。
泣くものか。泣いたら……また、私は――。
ぐっと唇を感がけれど、周りがぼやけて、目から滴がこぼれ落ちた。
「わあぁぁぁぁん」
アスタがコンユウに刺された時ともまた違う苦しさが胸をつく。でもそれはあの時とは反対に、とても温かくて。
私は幼子のように泣くのを止められなかった。
エスト。エスト。エスト。
「うわあぁぁぁぁん」
エストが優しすぎて、苦しかった。
エストの人生は私の所為で台無しになったようなものなのに、手紙には一切私への恨みとかなくて。何処までも優しくて。私に生きていて欲しいって、幸せになって欲しいって書いてくれて。
それが胸を温かくしてくれて、切なかった。御礼を言いたいのに、今ここに、エストはいなくて。私の声は届かない。
「エズドォ……っひっく」
ぽろぽろ涙が止まらない。でもあの時のように体が冷たくなるような事はなかった。むしろ、どんどん温かくなって、それが申し訳なくて、涙が止まらない。
アスタが倒れたあの日から生きなければと思っていた。それが償いだと。でも、私は今、生きたいと思った。エストが作ってくれた先にある、この世界で。
そして彼らの為に何かをしたい。
そう思った。