30‐2話
本当にこの辺りの混融湖は、異界のものが色々流れ着くんだなぁ。
ふらふらとお土産屋が立ち並ぶ場所へ行けば、あちらこちらに異界屋の看板を見つけた。そしてただの露天ですら、異界から流れ着いたものを売っている。
本物かどうかを見極める為に目に魔力を集めれば、大半のモノが紫色に発光していた。時折偽物も混じっているが、そうでない方が圧倒的だ。
「凄い数の店だね」
エストの言葉に、私はコクリと頷く。
この辺りは店もヒトもかなり多い。私達のような旅行者から、たぶん異界のモノを仕入れに来た商人まであらゆるヒトがごった返していた。アールベロ国の王都だってにぎわっているが、ここは王都ではないので比べる場所がそもそも違う。たしかにこれだけヒトが集まればお金も動くだろう。ただの領主でも城が建てられるわけである。
「――こうして混融湖は、異界を夢見て泣き続けた女神様が、涙と一緒に溶けてできたそうな」
旅行者が多いからか、子供の姿も多い。その為、子供達を集める紙芝居や人形劇をするモノ達があちらこちらに居た。
どうも内容は混融湖に関わる伝承が多いようで、色んな場所で混融湖に溶けた女神というフレーズの言葉が聞こえてくる。私が紙芝居に混ざると、さっとヒトがいなくなり営業妨害になってしまう為、しっかりと初めから聞く事は難しい。しかし何度も何度も繰り返し聞こえてくるため、大雑把に内容は覚えてしまった。
どうやら混融湖は、いとしいヒトが異界へと旅立ってしまった為に、泣き続けた1柱の女神が、自身の涙に溶けてできた湖らしい。ハッピーエンドというよりは、かなり悲恋的な内容だ。これは子供向けとしてどうなのだろうかとも思うが、前世にあった人魚姫の話だって悲恋なのだから、おかしくはないのかもしれない。
しかもこの世界には本当に神様が存在するのだ。若干真相と相違があるかもしれないが、この伝承の全てが嘘とも限らない。
例えば、いとしいヒトが旅立った異界が、死を意味しているとして――。
「……オクト、聞いてる?」
「えっ、何?」
しまった。
混融湖の伝承について考察するのに夢中になって全然聞いていなかった。私は慌ててエストに聞き返す。考察ならば帰ってからでもできるのだから、折角遊びに来たのに、わざわざ今やる必要もない。
「だから、ミウのお土産はどんなのがいいだろうね」
「ああ。そうだね……」
城に滞在するようになってから数日、混融湖を散策したり、流れ着いた異界のものを採掘する現場を見ていたが、今日はエストに誘われて、ミウへのお土産を探しに街までやってきた。
ミウは女の子だし、同じく女である私が選んだ方がミウの好みにあったものが買えるというエストの判断だが、どうだろう。どうも私は、世間一般の女の子の感性からは外れている気がする。
「髪が長いから髪飾りでもいいだろうし、後はペンダントとかが無難かも」
とはいえアクセサリーも色々だ。
中にはビーズ細工や、ガラスの中に押し花が入っているものなど、異世界でも装飾品だったんだろうなぁと思われるパーツが使われたペンダントもある。しかし明らかに装飾品ではなかっただろう、プルタブやペットボトルのふたがパーツとして使われているものもあった。
元々それが何だったのかを知っている身としては、とても残念なアクセサリーに思えてならない。しかしプラスチックというものがないこの世界のヒトからすると、すでに存在するガラス細工よりも価値があるのだろうか。
うーん、価値の基準が分かりにくい。
「髪飾りやペンダントといっても、色々あるんだね」
「うん」
私達はめぼしいものはないか、アクセサリーを取り扱う露天を順番に見てまわった。やはり異世界といっても、色々あるのか、見た事がないようなものも多い。一応ペンダントや腕輪などのの形はしているが、さっき見たペットボトルのキャップのように、本来とは明らかに使い方が違うというのもあるんだろうなぁと思う。
まあ流石に、RPGではよくある、一度つけたら外せないよ的な呪いアイテムはこんな場所にはないんだろうけど。いや、マジで。そういうのはなしでお願いします。
「オクト、あれ見て。獣人の耳とか売ってる」
「あー。うん。本当だね」
「何かの儀式とかに使うのかなぁ。ミウに買っていったら、笑うかな?オクト、付けてみる?」
「遠慮する。プレゼントはもっと女の子が好きそうなモノの方がいいと思う」
猫耳とかちょっと待て。
……もしもタグに、メイドイン日本、もしくは中国の文字があったら、それはきっとオタクという名の伝説のヒトが使う道具だ。どうしてこの世界に流れ着いてしまったと、声を大にして言いたい。
女神様。貴方のいとしいヒトはオタクですか?
その後もいくつも店をまわって、ようやく私とエストはミウへのお土産を選んだ。
結局私達は、無難に異界のコインと思わしきものを使ったペンダントにした。同じお金のはずなのに、異国のコインというだけでなんだかお洒落に見えるマジックは、異世界でも健在だ。
「いいものが買えて良かった」
ミウが喜んでくれるといいなぁ。
よく考えると、旅行なんて行った事がないので、お土産を買うのはこれが初めてだ。というか、プレゼントで何かを買うとか初ではないだろうか。
手作りのお菓子とかをあげたりはするが、何か買ってプレゼントするとかはあまりない。馴れている店ならいいが、そうでないと私は混ぜモノである為、どうしても入りづらいのだ。絶対誰か彼か嫌な顔をするだろうし、さっと客が店からいなくなるのも心苦しい。
あれ?でも今日は、そういうのがあんまり気にならなかった気が……。
「オクト、髪の毛にゴミがついてる」
「ん?どこ?」
「ちょっと止まってくれる?」
エストに言われ、私は道の端によって立ち止まる。
するとエストが髪に手を伸ばした。元々エストの方が身長が高かったけれど、さらに離れたよなぁと思う。もしかしたら私のつむじも、エストなら見えるのではないだろうか。
「これで良し」
「へ?」
「うん。よく似合ってる」
ゴミをとってもらったはずなのに、どうして何かを付けられているのだろう。これでは逆だ。にっこりと笑うエストを私はマジマジと見つめた。
「さっきの店で髪飾りを買ったんだ。今日のデートの御礼にあげる」
「……でっ?!えっ?デートッ?!」
えっ?デート?
デートって恋人同士が……いやいや、恋人じゃないし。友人同士でもデート?いやいや、えっ?何?どういう事?
「そんな、待って。貰えない」
そもそも今日は誕生日でも、何かのイベントでもないのだ。それなのに、プレゼントなんて貰えない。
慌ててとりはずそうとするが、その手をやんわりとエストに握られる。
「デート記念だと困るなら、これはオレからオクトへのお土産という事で」
「いやいや。お土産って、私はここに居るし」
「はっきり言って返されても困るんだよね。髪飾りとか、オレは使わないから」
まったくその通りだ。
エストは中性的な顔立ちをしているから似合わなくはないだろう。しかし彼自身にはまったくもって必要ないアイテムだ。
「オクトはもう忘れてるかもしれないけど、オレは今もオクトの事が好きなんだよね。だから、今日のデートは結構楽しかったんだよ。ありがとう」
「すすすっ?!」
あまりの事に言葉にならない。
いや、忘れていたわけではないないよ。
忘れてはいないけど、あの後もエストがあまりに今までと変わりないから、もしかしたらエストは、もう愛だの恋だのといった感情で私を見ていないんじゃないのかと思っていた。
あまりに不意打ちすぎて、顔が赤くなるのを誤魔化せない。心臓がバクバクと五月蠅い。
というか、人様がいらっしゃる道端で、そんな破廉恥な言葉は止めた方がいいんじゃないかな?いやでも、だったら何処でいうのかと聞かれても正直困るというか……。
「はいはい。大丈夫。別に進展を望んで言っているわけじゃないし。オレは、親友ポジションで今のところ満足だしね」
酸欠で倒れそうになっている私の頭を、エストはいつも通りポンポンと叩いた。
満足なら、不意打ちで、その、す……好きとか言わないでほしい。そりゃ好きは、恋愛だけじゃなくて、友達としてとか家族としてとか色々あるんだけど。でも絶対そういう意味じゃないだろうし。
「それに、前に館長に釘を刺されたんだよね」
「へ?館長?」
「恋愛のレの字も理解できていないお子様を手籠にするのは、犯罪臭いとか、ロリコン趣味とか、そりゃもうズタボロにね。まあ確かにオクトなら、流れに任せていつの間にか付き合う事になってましたとか、簡単にできそうだとは思うけど。大切なら、なおのこと焦るなって――オクト?」
あの爺。いつの間にエストとそんな会話をしていたんだ。
確かに焦るなとか非常にありがたいアドバイスだ。ありがたいが、できればエストが諦める方向に話を持っていってくれればいいのに。
というかエストと私だと2歳ぐらいしか年も違わないんですけど。それなのに、ロリコンとか、犯罪臭いとか、どんな言いまわしだ。故人へ悪口とか良くないと分かってはいるが、色々抗議したい単語があり過ぎる。
「あんの、色ボケ爺め」
別に本人が、うふん、あはんを求めていたわけではないので、色ボケとはちょっと違うかもしれないけれど。ああ、それにしても何で死んでしまったんだ、この野郎。色々ともっと話し合いたかった。
とりあえず、誰がロリだ。
「まあまあ。でも館長は凄くオクトの事を大切にしてたって事だよね」
「へ?大切?」
「だって普通、学生同士の恋愛事情に、口出しとかしないでしょ?」
確かに。
内容は失礼極まりないが、私のペースに合わせろと館長はエストに助言したという事だ。悪意を持って言うような内容ではない。
でも館長に特別扱いされる理由が、まったく思いつかない。そんなに頼りなく見えたのだろうか。
「そうだ。日が暮れるまでまだ時間があるし、城で待っているコンユウ達にも何か買って帰ろうか」
「あ、うん。いいけど」
唐突に、話題を変えられて、私は上手く頭を切り替え切れないまま頷いた。
「ここの名物料理とかいいかもね。肉料理の燻製が有名みたいだし。行こう」
さりげなく伸ばされた手を私は握り返す。手をつなぐなんて恋人っぽいが、普段のエストはそういったものを感じないのでまあいいかと思う事にする。
するとさりげなく、エストがヒトが多い方を歩いてくれている事に気がついた。私の方が小柄なので、エストの陰に隠れて、これならあまり目立たないだろう。
ああ、エストが居たから今日はあんまり嫌な視線とか感じなかったのか。
……髪飾りといい、フェミニスト過ぎるだろう。
本当に私相手では勿体ない。そう思いながらも、私はエストの手を放す事ができなかった。