29‐3話
他国へ行くなんて何年ぶりだろう。
私は子爵邸で地図を見ながら、思い返した。5歳の時にアスタに引き取られてからは、ずっとアールべロ国に住んでいる。旅芸人として移動するのではなく、旅行という形は初めてといっていい。
今回私達が旅行させてもらえる国は、ここと同じ緑の大地にあるドルン国。アールベロ国とは同盟関係にあり、比較的安全な場所だ。アールベロ国の異界屋は大抵この国から商品を輸入している。
「大丈夫かなぁ」
治安もまずまずで安全な場所だが、今回の旅は色々問題点も多い。
まず移動方法。一般的に長距離移動に使われる馬車は、私とエストが使えなかった。私の場合は馬に異常に懐かれて死にかけるからであり、エストの場合はアレルギーの関係だ。
その為、徒歩と転移魔法の繰り返しで目的地を目指す事になっている。
また宿泊場所も問題があり、混ぜモノである私が泊まれる場所というのは限りなく少ない。一応ドルン国には事前に私達が旅行する旨の伝達がいっており、賓客扱いらしいが……不安だ。
「私も微力ながら、オクトお嬢様が快適に暮らせるよう、頑張りますっ!」
「あ、うん。ありがとう」
ドルン国の地図を見ながらため息をついていると、隣でペルーラがビシッと敬礼した。今回の旅では、身の回りの世話をする為に、ペルーラが着いてきてくれる。混ぜモノとの旅行なんて、絶対大変に決まっているので、わざわざ名乗り出てくれたペルーラには感謝だ。
ただどうして彼女はこんなに体育会系風なのか。年をとるごとに、ドタバタした騒がしさが薄れてきたなぁと思えば、今度はどんどん逞しくなってきた。見た目はスレンダーな犬耳お姉様なので、逞しさとはおもに言動の部分がだ。……獣人だからとか?でもメイドが逞しくなってどうするのだろうと、ちょっと思わなくもない。
いや、でもこれはこれで、マニアに受けるのか?軍隊風メイド……んー。何処に向かって進化しているのか今一分からない。
「例え第一王子様だろうと、お嬢様には指一本触れさせません!!」
「あー、その辺は手加減して欲しいかな」
もしかしたら逞しく進化してきたのは、私が頼りないからだろうか。
しかし王子様に手を出したら、流石にペルーラを庇いきれない。むしろ不敬罪で2人して首チョンパだ。いや、混ぜモノを殺したら不味いので、牢獄に監禁か。どちらにしろ、人生を捨てている。
嫌だ。絶対嫌だ。
しかも混ぜモノが地下牢で犯罪者?そんなの、第一王子様がほおっておいてくれるはずがない。どう考えても、良いように使われる。何その報われなさすぎの人生。
「まさか、お嬢様は王子様の事が?!確かに王子様は権力バリバリの有望株ですし、この国の王子様は王妃様のおかげで顔かたちも良いですけれど――」
「……お願い。今思った事は全て燃えないゴミとして捨てて」
「えー、全てですか?」
「うん。全て」
流石に今の話はいただけない。現在私が学校に通えない理由を作りあげた第一王子様にホの字だとか、冗談でも止めて欲しい。
「そうですかぁ」
凄く残念そうな顔で、ペルーラは方を落とした。何故、残念がる。
いや、ここは流しておこう。聞かない方が、精神衛生上良い気がする。
「お嬢、お友達が見えましたよ」
「うん。ありがとう」
ロベルトに声をかけられ、私は椅子から立ち上がった。今日はエストとコンユウ、それにライが一緒に子爵邸に泊まる予定となっている。そして明日、今のメンバーと一緒にドルン国へ出発するのだ。
客間へ向かうと、すでにエスト達は通され、ソファーに座っていた。ここに良く来るライや、こういった生活に慣れているエストはいつもと変わらない様子だが、コンユウだけが若干挙動不審だ。凄くそわそわしている。……昔は自分もそうだったよなぁと思い出すと、微笑ましい気持ちになった。
「よう、オクト。今日からよろしくな」
「こちらこそ」
私に気がついたライがひょいと手を上げた。私はそんなライに答えつつ、向かい合わせの場所に座る。
「にしても、カミュが来れなくて残念だよな。折角の旅行なのに」
ライの言葉に私は頷く。
今回の旅にカミュは参加しない。というのも、カミュは私達が参加する予定だった式典の準備で王宮を離れられないからだ。式典の準備など家臣の仕事のような気もするが、今回は第一王子が戦で勝利を収めた事も祝う為、カミュも準備に参加しているらしい。
カミュが言うには第一王子の祝賀がメインといってもいい式典になるそうだ。表彰の後は、城下街を練り歩くパレードも行い、街を上げての祭りを行うと聞いている。祭りが大きくなればなるほど、準備も大変だろう。
とはいえ、カミュが来れないのは残念だが、この式典準備のため、第一王子も城を離れられないのは朗報だ。邪魔は入らないから、ゆっくりと羽をのばしてくるといいとカミュに言われている。
「仕方ない」
「そうだね。でも今回留守番するヒト達にお土産を買ったらどうかな?というか、すでにミウに頼まれたんだけどね」
蓄魔力装置を製作したのは、私とエストとコンユウという事になっており、招待してもらえるのは私達だけだ。このメンバーにプラス、護衛の意味を兼ねてライが参加し、保護者としてアスタも参加する。
よって、友人が全員参加できるというわけではない。
「流石ミウ」
「ドルン国の装飾品が欲しいらしいよ。混融湖に流れ着いたモノを加工したアクセサリーがお土産として売られているからね」
「えっ、異界のものを?」
異界のモノは貴重品というイメージがあった。それを加工してアクセサリーにするなんて……。ああでも、使い方が分からないものは二束三文にしかならないか。
自分自身、壊れた携帯電話を貰った事がある。
「もちろん、綺麗な状態で流れ着いたものは研究にまわされるから、明らかに壊れたものや、よく分からないパーツとかなんだろうけどね。コンユウが昔住んでいた場所はどうだった?」
「俺の住んでいた所は、混融湖に流れ着いたモノは神聖なモノという扱いだったな。お守りとして販売していたと思う」
なるほど。所変われば、扱いも変わるらしい。それでもお土産やお守りとして販売するという事は、かなりの量のものが流れ着くのだろう。
一体どういう仕組みになっているのか。気にはなるが、中に入る事ができない場所なので残念だ。
「ふーん。そういえば、コンユウは何処出身なんだ?」
「……分からない」
ライの質問にコンユウは硬い表情をした。というか、分からないってどういう事?
「分からない?」
「俺は昔の記憶がないから」
えっ?
記憶がないってどういう事だろう。確か混ぜモノの所為で家族を失ったとか言ってなかっただろうか。なのに記憶がない?
「コンユウは今の養い親に拾われる前の記憶が曖昧みたいなんです。自分の名前とか出身地とかそういう類の固有名詞は一切思いだせないそうですよ。拾われた時も、どうしてそこで倒れていたのか分からなかったんだよね」
「ああ」
部分的に記憶喪失になっているという事だろうか。
コンユウは後天的にしか身につかない時属性を持っているのだから、平穏な人生ではなかったとは思っていた。しかしまさか記憶喪失だったとは。
「名前が分からないって――」
「拾ってくれた魔法使いが付けてくれたんだよ」
コンユウはぶっきらぼうに言った。
たぶんコンユウの名前は混融湖からとったのだろう。もしかしたら混融湖の近くに倒れていたのかもしれない。これが全部混ぜモノの所為ならば、確かに恨みたくなる気分にもなるだろう。
「……アンタの所為じゃないから」
「へ?」
「だからオクトがそんなしょぼくれた顔するな。こっちまで辛気臭くなるだろうが」
そんなに顔に出ていただろうか。
もちろん私は混ぜモノ代表ではないので、全ての責任を負うつもりはない。ただコンユウがつらかったんだなと思うと、少し悲しい気分になっただけで……ん?
なんでコンユウがつらいと、悲しくなるんだ?
「そうそう。コンユウの昔話なんてどうでも良いから、楽しい事考えよう。折角旅行に行くんだしね」
「おい。どうでもいいは――」
「何?コンユウ、もっと俺は不幸だった話がしたいわけ?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、この話は終わりという事で」
流石エスト。コンユウの扱い方がとても上手だ。
そして丁度いいタイミングで、ペルーラがお茶を出してきたので、一息つく。今日のお茶はハーブティーのようだ。紅茶とは違う、鮮やかなピンク色をしている。
口に含むと若干酸味があった。
「そういえば、オクトが、第一王子と知り合いだったのかってクラスで騒ぎになっているけど、どうなんだよ」
「えっ。騒ぎ?」
「第一王子がいう賢者はオクトの事じゃないかって俺に聞いてくるんだよ。知るかってつっかえしてるけどな」
まさか休んでいる間に、そんな大惨事になっているとは。
というか話しかけにくいコンユウに質問が殺到するという事は、エストやライ達にも色々質問が殺到しているのではないだろうか。自分だけ引きこもって逃げ出した事に罪悪感を覚える。
「……ごめん」
何といっていいか分からず、私は謝った。
実際には、第一王子と知り合いというのもおこがましいぐらいの関係だ。というか1回話した事があるだけの関係は、赤の他人だろう。
王子に助言なんてしたつもりはない。でも結果はそうなってしまっている。真実ではないはずなのに、否定できない。合うはずのない歪な歯車なのに、微妙に噛み合って全てが動いていってしまっている。
「本当にごめん」
何もかもが上手くいかない。最近こんなはずではなかったが多い気がする。
どうかこの旅が終わるころには、全て解決していて欲しい。そう私は願うしかなかった。