29‐2話
「嫌っ!!」
バチッと目を開けると、そこは宿舎で、私の部屋だった。バクバクと心臓が鳴っている状態で天井を見上げる。
一瞬状況が理解できず混乱する。さっきまで、私は死体に囲まれていたはずで――。
何だ夢か。
数テンポ遅れて、自分の状況を理解する。
学生である私がそんな死体の中にいるはずもない。夢の中で見た、死体を思いだそうとするが、その辺りの記憶はぼんやりとしいて、想像の限界を感じさせた。そうか、夢なのか。
「疲れてるなぁ」
第一王子が私の作った魔法を使って、戦争に勝利したと聞かされてから、ヒトが死ぬ夢を繰り返し見るようになった。といっても、具体的に覚えているわけではない。ただ目が覚めると、怖いという感情や悲しいという感情や、申し訳ないという懺悔のような感情や、どうしてこうなってしまったという怒りの感情がごちゃ混ぜになっているだけだ。そしてぼんやりと、沢山の死体が出てきた夢だったと思い出す。
きっと私が見ているのは、戦争の夢ではないだろうかと推測している。しかし私自身戦争を体験した事がないからだろう。記憶は何処までも曖昧で、苦い気持ちだけが残る。
こんな神経を擦り減らすような事を繰り返すのは、よくない傾向だ。
「落ち着かないと」
ベッドから起きあがり、ランプに火をともすと、台所へ向かった。そしてコップの中に魔法で水を呼び出して、机の上に置く。
「駄目だなぁ」
混ぜモノは精神のバランスを崩した時に、暴走するといわれている。魔力のコントロールは以前より、ずっと上手くなったと思うが、本当にそれで暴走が起こらないとは限らない。そうなるとできるだけ大きく心を乱さない生活を心がけるべきだろう。
私の魔法が多くのヒトの命や生活を奪った事実は変わらない。これは私が忘れてはいけない罪だ。しかしそれを苦に暴走を起こし、さらなる大災害を引き起こすわけにはいかなかった。
なのでどうにもならない事を後悔するのではなく、これ以上私の前世の知識や魔法が戦争に使われないように対策を練った方がとても堅実的だ。
「分かってはいるんだけど……」
心を穏やかにしなければいけない。過去ばかり見ていてはいけない。それは十分、分かっている。ただ分かってはいても、実践できるかどうかは、まだ別だった。
普段は忘れたふりもできるが、夢の中までは無意識なのでどうしようもない。こういった事は、時間が解決していってくれるのだろうか。
ため息をつきながらも、水で苦しい気持ちごと飲み込む。何とかして、自分の中で決着をつけなければならない問題だ。
「オクト、眠れないのかい?」
「ごめん。起こした?」
コップを両手で持ちながら、再び深くため息をついていると、アスタに声をかけられた。今は深夜なので、できるだけ音を立てないようにと気を付けていたが、失敗したようだ。
「いや。ちょっと調べ事をしていただけだよ。それより、最近眠りが浅いみたいだけれど」
「そんな事は――」
そう言いかけたところで、グイッと顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
「目の下に隈ができているから。それに充血もしているな」
「うっ」
もう少しちゃんと嘘が付き通せたらいいのに。アスタにはあまり心配とかかけたくなかった。しかし第一王子に会ってしまった事がバレた時点で、それは無理かと思いいたる。
アスタはどうも第一王子を苦手としているようだ。かくいう自分も今回の事で、完璧トラウマだ。あのヒトに会ったら、碌な事にならない。
「学校に通えないのは一時的だと思うから、大丈夫だよ。今は家から出られなくて、気が滅入るかもしれないけれど」
「あ、うん」
私はアスタの言葉に頷いた。
どうやらアスタは、私が学校に通えなくて落ち込んでいると思ったらしい。まあ学校に通えなくて、気が滅入っているのもあながち間違いではない。
魔法使い達に、私が第一王子の味方についたと勘違いされてから、すぐにカミュとライは私を病欠という事にしてしまった。
中立の立場である図書館に所属をしていたが、館長という大きな存在を失った今の図書館では、私が第一王子側についたわけではないと証明する機関としては弱いそうだ。その為、ほとぼりが冷めるまでは自宅待機をし、身の安全を守る事になっている。
とはいえ、いつまでも病欠というわけにはいかない。そこでカミュも少し知恵を出してくれる事になっていた。
「それは、大丈夫」
別に学校に通えない事は、そこまで心配していなかった。
何故なら、カミュは入学した時に無理やり私を飛び級させて以来、私が不利になるような事をしなかったからだ。カミュも第一王子と同じ王家側の人間である。それでも、彼は私の友人であり、信頼できるヒトだ。
なのでカミュが一緒に対策を練ってくれるなら何とかなると思っている。それに今のところ、レポートの提出で授業も出席した事にしてもらえているので、その辺りの配慮もありがたかった。もちろんあまり長引くようならば、困った事になるけれど。
「それなら、何が心配なんだい?」
「いや……別に心配事はない。ただ夢見が悪いだけ」
心配事といえば、このままではいつか暴走してしまうのではないかという部分だが、こればかりはアスタにも、どうにもできない。私の問題だ。
「よし。だったら久々に、一緒に添い寝をしてあげよう」
「だが断る」
私はもう12歳だ。親に添い寝してもらう年はとっくに過ぎている。アスタに掴まれる前に、私はさっと逃げた。流石にこの年になって添い寝というのは気恥ずかしい。断固拒否だ。
「むう。可愛くないなぁ。昔なら簡単につかまってくれたのに。アスタ、泣いちゃう」
「お前が可愛子ぶってどうする」
「えー、オクトが可愛くない行動するから、ちょっとバランスをとってみようかと」
「何のバランスだ」
頭が痛いと私は頭を押さえるふりをする。
もちろんアスタが冗談でやってくれているのは分かるので、私のツッコミも別に意味があってのものではない。
それにしても少しでも私を和ませようとするなんて、どこまでも甘い義父だ。自業自得な部分で悩んでいるのだから、ほおっておけばいいのに。私だって、少し睡眠不足になったからといって、家事に失敗するなど、生活に支障をきたすようなマネはしないつもりだ。
それでもアスタの気持ちが嬉しくて、少しだけ心が軽くなった気がした。
◆◇◆◇◆◇
「混融湖の見学?」
「そう。異界のモノが流れ着く不思議な湖。魔法の知識を持っているヒトなら、一度は行ってみたい場所だと思うんだよね。オクトさんはどう思う?」
カミュの言葉に私はどうしたものかと首をひねった。
異界のモノが流れ着き、時魔法とも関係の深い混融湖。神秘の湖と言ってもいい。私だって知的好奇心がないわけではないので、実際に見てみたいとは思う。
思うが――。
「どうって、気にはなるけど。でも混融湖って、そもそも他国じゃ……」
たしか、アールベロ国は外海に接している代わりに、混融湖に接していないはずだ。そして他国に移動するには、旅券というものが必要になってくる。所謂、前世のパスポートだ。
この旅券は、どの国にも所属していない旅芸人の場合は少し特殊で、一座が何処かの国に認めてもらえれば、団員全員が1つの旅券で移動できるようになっていた。しかし今の私は何処にも所属していない。となると、個人的に旅券を発行してもらわなければならないが……、混ぜモノだけど、大丈夫だろうか。
「それなんだけどね。今の状態だと、オクトさんを王宮で表彰するのは、少し不味いと父も判断されたようなんだ。そこで王宮での表彰をしない代わりに、賢者であるオクトさんが、混融湖を見に行けるようにしてはどうかと考えているんだよ。幸い混融湖に隣接している国の1つに、同盟国があったからね」
「えっ。表彰、なくなったの?」
「そんな嬉しそうな顔をしないでくれないかな。まあ今回のところは、見合わせるという残念な結果になってしまったけれど。流石に魔法使いや魔術師たちが大勢あつまる式典に、火種は持ち込めないと父も思ったみたいでね。兄にとってはオクトさんを手に入れるいいチャンスと思っていただろうけどね」
まさかこんな形で願いが叶うとは。
……王宮で行われる式典に出なくていいのは嬉しいはずだが、厄介な事に巻き込まれたのが原因なので、少し微妙な気分だ。
「今回は図書館を代表して、アリス魔術師が表彰を受けるよ。ただ開発したのは、オクトさん達だから、ないがしろにはできない。そこでささやかなプレゼントという形で、旅費を全面王家が請け負い、旅券を発行する事にしたんだ。これなら、堂々とオクトさんも学校を休めるしね」
なるほど。
確かカミュのお父さんは頑固だと聞いている。きっとカミュが今回の事で、裏から色々手をまわしてくれたのだろう。それがどれだけ大変なことかは分からないが、簡単な事ではないはずだ。
「ありがとう」
「僕はほとんど何もしていないよ。それに、兄の事で迷惑をかけた事は申し訳ないと思っているしね」
カミュはそう言って苦笑いした。
しかし今回の事は別にカミュの所為ではない。あの時カミュは第一王子と私が出会わないように頑張ってくれたわけだし、完璧に私のミスだ。
「カミュは大丈夫?」
カミュもあの面倒な性格をした兄に逆らうというのは、大変ではないだろうか。第一王子は親兄弟だからといって、手加減してくれるようなヒトには思えない。
「大丈夫だよ。とにかく、今は反王家と見られる魔術師や魔法使い達の動きが少しおかしいから、僕もあまり刺激はしたくないんだ。兄はさっさと一掃したいようだけどね」
敵になったら殺すと言った、物騒な第一王子を思い出してげんなりした。
確かにあの人ならば、自分に敵対する魔法使い達を全て排除するという、力でねじ伏せるような方法をとりそうだ。
できればそんな方法して欲しくないし、自分も巻き込まれたくない。
「じゃあ、父には混融湖の件で了承がとれた事を伝えておくから、オクトさんは旅行の準備をしておいてね」
私はカミュの言葉に頷いた。