29‐1話 歪な歯車
「時魔法の状態は問題なさそうだね」
「うん」
エストと一緒に時魔法が上手く作動しているかを確認しにまわっているが、今のところ特に問題はない。コンユウも、特に時魔法で負担を感じている様子がないので上手くいっていると言っていいだろう。
一日中時魔法を使っているはずなのに、そういえば館長も特にくたびれた様子を見せた事がなかったなぁと思いだす。
時魔法が特殊だからか、それとも館長もコンユウも魔力が高いからなのか。理由はよく分からないが、とりあえず上手くいっているならばいいかと、問題なしにチェックを付ける。
「そう言えば、この蓄魔力装置が表彰されるんだっけ」
「……あー、らしいね」
私はエストの言葉で一瞬で気分が重くなり、ため息をついた。表彰……憂鬱だ。
「やっぱり、嫌なんだ」
「そりゃ、面倒だし」
何かあったらどうしようとか考えるのは正直疲れる。
今のところまだ招待状などは届いてないし、何とか中止にならないものかと毎日祈っているが、……どうだろう。この世界の神様は、カンナさんを見る限りそういった類の願い事を叶えてくれるようには見えない。
「名誉な事ではあるんだろうけどね。でもオクトが表彰されれば、混ぜモノのイメージが少しはよくなるんじゃないかな?」
「どうだろ」
そりゃ、好きこのんでで嫌われているわけではないので、イメージ向上は良い事だと思う。良いとは思うが……やっぱり気分はのらない。
元々産まれは旅芸人なので、ヒト前で緊張しすぎるという事はないのだけれど、王宮に行くとか国王様に会うとかはまた別だ。面倒だ。限りなく面倒だ。
「むしろ妬まれて、さらに大変な事になる確率の方が高いような気が……」
「そしてそこから生まれた憎しみが、新たな戦いへと誘うのだった――」
「……勝手に小説のネタにしないで」
新たな戦いって何さ。そもそも私は、堅実で平穏な人生にしようとしているので、まったく何とも戦っていはいない。
「やっぱりたまには、バトルシーンも必要かなっと」
「たぶんバトルになったら、私は真っ先に死ぬから」
獣人族の血が混じっているとは思えないほどに、現在の私の運動能力は皆無に近かった。アスタに引き取られてから、外で遊ばず、家に引きこもるという幼少期を過ごしていたのだから、仕方がない事かもしれない。
「……想像してみたけど、ありえなくないのが怖いね」
「いや、本気で死ぬから」
武術もできないので、例え攻撃魔法を使ったとしても、その前に首と胴体がさようならしている可能性が高い。
果たして混ぜモノは、絶命した後でも暴走をするのかどうか……。暴走すると仮定するならば、世界を巻き込むが一応相手を倒せるという、まったくもって嬉しくないバッドエンドが待っている。うん。争いとかするものじゃない。
「エスト、悪い。オクトを借りてもいいか」
次の本棚へと移動していると、ライが声をかけてきた。ライが図書館に来るのは久々じゃないだろうか。
「もうすぐ、バイトが終わるからそれからじゃ――」
駄目かを聞こうとして、ライが凄く真面目な顔をしているのに気がついた。いつもだったら、へらへら笑っているはずなのに、どうしたというのだろう。
「オレ1人でも大丈夫だから、いいですよ。オクト、先輩にはオレから言っておくから」
空気を読んで、エストは私をライに差し出した。
しかし私としては正直、真面目な顔のライについていくのがとても怖い。まるで何か怒っているのではないかと思わせる、苛立ったような空気を醸し出しているのだ。ライを怒らせるような事を何かしただろうかと思い返すが、一応心当たりはないのだけど。
「悪いな。じゃあ、オクト行くぞ」
「えっ、ちょっと」
私が慌ててチェックリストをエストに渡したと同時に、視界が切り替わる。どうやらライの転移魔法で飛ばされたようだ。場所は何処かの校舎の屋上だろうか。
何か怒っているとしても、もう少し余裕を持って欲しい。私はむっとしてライを睨んだ。
「ライ、いくらなんでも――」
「突然呼び出してごめんね」
ライを睨みつけていると、先に屋上にきて待っていたらしいカミュが謝ってきた。
「カミュが用事?」
ただしごめんという割に、あまりそうは思っていなさそうな表情をカミュもしている。真面目というか、どこか切羽つまったような顔に、私は首を傾げた。
「オクトさん。怒らないから、正直に答えて欲しいんだけど」
怒らないという前置きってあまり当てにならないよなぁと思いつつも、カミュの雰囲気に押されて、私は頷いた。
知らない間に、何か悪い事をしてしまったのではないかと私まで緊張してくる。
「オクトさんは、もしかして、僕の兄に会った?」
「えっ?」
「第一王子様の事だ」
第一王子って……。視察の時に会ってしまったが、それ以来会ってはいない。視察なんて結構前の事になるし、その後バタバタした事もあり、すっかり忘れていた。
「最近というわけじゃなくても……そうだね。例えば、以前あった視察の時とか、オクトさんは兄と会っていないかい?」
「緑の軍服を着ていた男だ。覚えないか?」
今更な感じもする話題だが、私はぎくりとする。うん。確かにあの時、図書館で軍服のサボり魔に声をかけられた。というか、一緒にいる所は先輩にも目撃されているはずだ。……これは、絶対バレている。
私はおずおずと首を縦に振った。嘘をついた所で、余計に怒らせるのがオチだ。
「やっぱり」
「あ、あの。でも会ったのはあの時一回だけで……」
やはり黙っていたのは不味かったらしい。言いそびれてしまったというのもあるが、ある意味故意的に報告しなかったのだ。
あまり怒らないで欲しいと思いながら2人を見上げたが、2人は深刻そうな表情をしており、怒る様子はない。それはそれで、不安になってくる。
「オクト。その時王子に魔法を教えなかったか?」
「いや、特には……」
魔法なんて教えただろうか。確かあの時は『ものぐさな賢者』を読もうとしている所で、呼びかけられたはず。
「教えなくても、何か魔法を兄の前で使わなかったかい?」
魔法?
そう言えばあの時、本の盗難があったはずだ。なので盗難の状況確認をしに、受付カウンターに向かった気がする。そしてその後――。
「たぶん使ったけど」
それがなんだというのだろうか。使ったと言っても、その場でぶっ放したわけではないので、王子に怪我をさせたとかそういった類の失敗はしていない。
しかし私の答えにカミュ達はさらに顔を曇らせた。
「不味いな」
「そうだね。少しタイミングが悪いね」
2人だけで話されると、怒られるよりも、もっとひどい事が起こっているのではないかと不安になる。何が不味いのだろう。どうタイミングが悪いというのだろう。
聞きたいが、怖い。私は次の一歩を踏み出す事ができず、ただ2人を見つめる。私は一体、何をしてしまったのだろう。
「ああ、ごめん。オクトさんが悪いわけじゃないから」
「迂闊ではあるとは思うけどな。まあでも、あの王子が相手なら仕方がない部分でもあるか」
「……一体、何?」
よっぽど心細そうな顔をしていたのかもしれない。変な慰められ方をされてしまったが、そもそも何が何なのか分からない。
「オクトさんも知っているかもしれないけれど、今レガーロで、少数部族と揉めているんだ。そこで今回、兄が率いる軍が、今までにない魔法を使って部族を壊滅させたんだよ」
壊滅?
今までにない新しい魔法を使って?その言葉が何を意味しているのか理解をすると同時にさっと血の気が引いていく。
「その魔法って……」
「風属性だけの魔法のはずなのに、相手を凍らせてしまったそうだよ。王子が連れて行った魔術師は、少人数だったにも関わらず、見事に勝利を収めたんだ。どうやら自然の力を上手く利用したものらしいけど――」
「私だ」
自然を利用した風魔法。
確かにあの時、王子に私は自分が使った魔法の原理を教えた。上空高くの冷気を地上に下ろすという前世の知識に基づく魔法を。
「私が……」
想定外の事に頭がくらくらし、体が震えた。
まさかその魔法が戦争に使われるなんて思わなかった。しかし、そんなこと敵対した部族には関係がないがろう。まぎれもなくこれは私の罪だ。
「……その少数部族のヒトは……どう――」
「壊滅させたとしかまだ情報はきていないけれど、少なくとも凍傷で手足を失ったものが多くて、これ以上戦が長引く事はないと思うよ」
手足を失った。
……ああ、そうだ。私もあの時は殺す目的ではなったので、色々手加減をした。それに獣人族だから大丈夫だろうと思って魔法を発動させたはずだ。
でも今回は殺す為に魔法を使ったのだ。手足が失っただけで済んだモノはまだ良かったのかもしれない。でももしも彼らが田畑を耕すようなヒト達だとしたら……。それは本当に良かったのだろうか。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
知らなかったじゃ済まない取り返しのつかない事態に、吐き気がしてきた。
「早く決着がついたのは良かったけどな」
「良くないっ!!」
そんなの全然良くない。だって私のせいで、ヒトが死んだり、傷ついたのだ。
「何でだよ」
「何でって、ヒトが死んで――」
至極不思議そうに言われて私は言葉を失う。
だってヒトが死んだのだ。良いわけない。良いわけがないはずなのに、真顔で返されると、まるで私がおかしいような錯覚に陥る。
「確かにオクトさんが思う様にヒトが死ぬのは良くない事かもしれないね。でも戦が長引けば、この国の民がどんどん傷ついていくんだよ」
「だからやり方はどうであれ、長引かせなかった第一王子は、国の為にもっともよい方法をとったんだ」
「最も良いって……なら初めから戦争なんてしなければ」
戦争はいけない事。私の前世の記憶には刷り込みのようにその考え方が入っていた。
「それが一番だろうけど、実際起こってしまったのだから、早期決着をつけるのが正しいと僕は思うよ」
カミュが言いたい事も分かる。もう止められないのならば、早く終わらせた方がいいというのは、とても合理的だ。国という大きな単位で見るならば、まさしくその通りなのだろう。
ただ、心が順応できないだけで。
「仮に。……それが良かったとしたら、何が不味いの?」
カミュ達は、私の作った魔法が戦争に使われた事を責めているわけではなさそうだ。でもそれ以上に、大きな罪など私には想像もつかない。
「兄が先に一手を打ってきたんだよ」
「一手?」
「新聞で、今回の戦略は賢者から知恵をいただいたとコメントしているんだ。まだその賢者がオクトさんだとは触れられていないけれど、魔法使いの中には気がついたモノもいるかもしれない」
少数部族じゃなくて、魔法使いに気がつかれて不味い事があるのだろうか。少数部族側なら、恨まれて危険だというのも分かるが……。
「兄はね、自分への障害になるようなら、魔法使いとの全面対決も惜しまないタイプなんだよ。そして事実はどうであれ、混ぜモノであり、賢者でもあるオクトさんが兄側についたと魔法使い達が思えば、色々大変な事になる」
カミュの言葉に、ゾクリと体に悪寒が走る。
私は何に巻き込まれつつあるのか、ようやく理解した。