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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
83/144

28‐2話

 倒れたという館長は、すでにベッドの上に運ばれていた。

 相変わらずもこもこしていて、毛の隙間からみえる肌の血色もよい。まるで眠っているかのようだ。しかし、胸は一向に上下しなかった。

 ただ静かに横たわっている。


「見つけた時にはもう……。すでに硬くなっていたの」

 震える声で館長の状態を教えてくれたアリス先輩の目には、光るものが溜まっていた。それがこぼれ落ちないのは、きっと私達後輩が混乱しないようにするためだ。

 まだ館長の死に、頭が追いついていなかった私だが、アリス先輩の様子に胸が苦しくなる。アリス先輩はなんだかんだいって、とても館長の事を尊敬していたし付き合いも長い。だからきっと、私達よりずっと辛いはずだ。


「まるで、生きているようですね」

「ええ。まだ温かくて……、私も生きているようにしか見えないわ」

 エストの言葉に、先輩は深々と頷いた。その様子を見ていると胸を衝かれたような気分になる。


 ……ん?でも何かおかしくない?

 先輩自身はとても大真面目な様子だが、私はふと先輩の言葉に引っかかりを覚える。ちょっと待て。何か矛盾していないか?推理小説のように先輩から発せられた言葉を思い返す。

「えっと……温かいんですか?」


 死後硬直して硬くなっているのに、温かい?そんな馬鹿な。

 死んだ直後ならともかく、死んだ人間には体温がない。死後硬直してしまっているならば、温かいなんて事、普通はないはずだ。

「ええ。今も温かいの」

 今も?!

 ……この世界の死体は温かいとか?いやいや。それはないだろう。

 私は本当に寝ているだけに見える館長を凝視する。しかしやはり胸は上下しない。

 ここは心臓の音を確認してみたいところだが、死んでいると思うと、どうしても触るのを躊躇してしまう。いやでも、温かいまま土の中に埋めるのはちょっと……。


「君たち、どきなさい。ほら君もっ!」

 どうするべきかとおろおろしていると、館長室に集まった生徒たちの中から、おじさんぽい声が聞こえた。声の方を見れば、人ごみをかき分けて、大きな鞄を持った1人の男性が現れる。男のくすんだ赤毛は白髪交じりで、初老に差し掛かったぐらいに見えた。そしてその顔には、長年生きた証である深い皺が刻まれている。

 確かこの人は――。

「先生……」

 

 そうだ。

 アリス先輩の言葉に、この人が館長の主治医だと思いだす。バイト中、体調を良く崩す館長の元へ往診に来ていただいている姿を見た事がある。

「今日は一体なんなんだね。講演でも始めるつもりか?あー、暑い」

 先生は鞄を一度床に置くと、額の汗をハンカチでぬぐった。そして羽織っていたコートを脱ぐと、近くにいた生徒に手渡す。


「先生、まだお聞きになっていなかったんですね……。実は館長が……先ほど硬くなった状態で見つかって」

「何っ?!」

 アリス先輩の言葉を聞いて、先生はどたどたと館長へ近づくと、布団をめくり館長の手首を掴む。しかし館長の腕はがっちり硬直しているようで、持ちあげられなかった。仕方がなさそうに先生はかがむと、脈の確認をする。

 そして手首から手を離すと、今度は眼球を調べる為に顔に手をやった。ただしこちらも腕と同じだ。しっかりと瞼も閉じて硬直しているようで、ピクリとも動かない。


 先生は断念したように手を離すと、首を振り、深くため息をついた。やはり、館長は死んでいたのだろう。

「流石、妖怪爺だ」

 ん?妖怪爺?

 死者に対してあんまりな言い方に、私はぽかんと先生を見た。確かに妖怪っぽいけれど、こういう時ぐらいもう少し言い方というものがあるのではないだろうか。

「本気でしぶとい。流石何代にも渡って私達に健康管理させて、生きながらえてきただけあるな」

「しぶとい?……あの。どういう事ですか?」

 濡れた眼でぱちぱち瞬きしながら、アリス先輩は私達を代表して先生に聞き返した。多分この部屋にいる全員が同じ気持ちだろう。

 しぶといって、どういう事なのか?明らかに死者に対して使うような言葉ではない。


「昔からコイツは、長生きを目標にしておってな。最近はやっておらんが、時折自分自身の時を止めて過ごす事を繰り返しておったんだよ。もっとも時が止まれば、思考も何もかもが止まり寝ているようなものだ。そこまでして長生きにこだわって、何が楽しいのか私には理解できないがな。まあ、今回に関してはそれで命拾いしたという所か。このままでは危険だと思い、咄嗟に時を止めて、私の往診を待ったのだろう」

 えっ……つまり、生きてる?

 私は慌てて、目の辺りに魔力を集めると、館長を見た。すると、ちゃんと体から、紫色の光が出ているのが確認できた。魔力が動いているという事は、常識的に考えれば、死んではいない。


 そうか、生きてるのか。

 私は自分でも気がつかないうちに緊張していたようだ。ふっと体の力が抜ける。生きている事は喜ばしいが、本当に人騒がせなヒトだ。

「どちらにせよ、今はこの爺の魔法が切れる時間まで待つしかないな。まったくヒト騒がせな男だ。こんな雪の日まで往診にこさせて死体騒ぎとは」

「先生。今お茶を入れてきますから、椅子に座っていて下さい。ほら、貴方達。業務に戻りなさい。館長が目を覚ましたら呼んであげるから。あと、エスト君とオクトちゃん、それとコンユウ君はちょっとここで待ってなさい」

 アリス先輩がパンパンと手を叩くと、生徒達が蜘蛛の子を散らすように部屋から出て行った。


 残る様に言われた私達は、どうするべきかと顔を見合わせる。多分館長の事もあるし、時魔法についてなのだろうけれど……。

「そんなところで、案山子のように突っ立っておらんで、座ってはどうかね」

 先生に言われて、私達は先生と真向かいのソファーに座った。

 かといって自分たちもまだ混乱しているので、何かを喋る事もない。お茶などもない状態で、無言のまま向かい合わせに座ると、正直居心地が悪い。


「君たちが時魔法を研究しているという生徒だね。噂はかねがね聞いているよ」

 無言でただ座っていると、先生の方が気を使ってか話しかけてくれた。

「いえ。研究というほどの事はしていませんけれど……」

 エストの言葉に、私は頷く。そもそも蓄魔力装置の開発は、時魔法の研究ともまた違う。

 時魔法は時を止めるぐらいしかできないという、研究のまったく進んでいない分野だ。私が知っている例外的な時魔法といえば、本棚にかけられた1日を繰り返す魔法である。あれは、最新も最新の凄い技術で、どの本にも載っていなかった。

 もしも具体的に時魔法を研究するなら、時間を進めたり、戻したりできないかの研究になってくるが、そんな不老不死に関わってきそうな研究は、今はまだ誰も成功していない。また時属性のヒトが極端に少ない為、研究者も同様に少なかったりする。きっと今後もこの分野の進展は亀並みに遅いだろう。


「謙遜せんでもいい。わしも魔法使いの端くれでね、『魔術師通信』は愛読しておるのだよ。時魔法の、蓄魔力装置を開発中に見つけた、直列繋ぎと並列繋ぎの法則は、見事だった。これで、また一つ魔法分野の研究が一歩進むだろう」

 凄く賢い内容を話していただけているが、たぶん私達の中に魔法分野を進歩させたいなどという、崇高な目的で実験をしていたヒトはいない。どちらかと言えば、館長に提示された無理難題をこなそうと頑張った結果、いつの間にか大事になっていましたという感じだ。

 おかげで、エストとコンユウがぽかんとしている。私もカミュに聞くまでは、そんな研究雑誌に私達の事が載っているなんて思ってもみなかった。

 にしても、こうも手放しでほめられると、むずむずして、これもまた居心地が悪い。


「そういえば、館長が何度も自分の時を止めていたと聞きましたが……どういうことですか?」

 私は話題を変える為、先ほど先生が話した内容を聞き返した。自分の時を止めるって、結構とんでもない事ではないだろうか。

 治療ができないからできるまで時間を止めるとか、長生きの為に時間を定期的に止めるとか、まるでコールドスリープだ。

 確か前世でコールドスリープは、SFファンタジーで何処かの惑星に行くために使用されるような、現実には存在しない技術だった。また日本以外だったと思うが、死体を凍らせて保管し、治す技術が見つかるまで保管するといった話を聞いたような気がする。かなりあいまいな記憶なので、もしかしたらテレビか何かでちらりと見ただけの知識かもしれないが、とにかくそれとまったく同じような発想だ。不老不死ではないが、それに近い。

 そんな魔法を館長が考え、自分自身で実践しているとは……。目が覚めなかったらどうしようなどと考えなかったのだろうか。


「良く分からんが、初代が残したカルテには、とにかく長生きがしたいと言って始めたと書いてあったよ。もっとも賢者であるからこそできたようなものらしいがな」

「賢者?」

 コンユウが意味が分からないと、眉をひそめた。

 確か賢者とは、賢いヒトという意味ではなく、誰も知らない事を知っているヒトという意味だ。館長の扱う時魔法を指しているのだろうかとも思うが、どうも違う気がする。

「時を止めても周りの時は動く。目が覚めて、世界ががらりと変わっていたら苦労するはずであろう?しかし彼は国が消えるかも知れないという危機の時は必ず目を覚まし、国の為に軍師としての力を貸して勝利に導いた。もちろん時が止まっている時は、思考も止まっておる。つまり最初からそれを見越して時を止めておく時間を設定したという事だ。こんな事、賢者にしか無理だと思わんかね」

 最初から見越して……そんな事可能なのだろうか。

 それではまるで、未来を知っているかのようだ。……ああ、だから賢者なのか。未来なんて誰も知っているはずのない事だ。


「確か参加した全ての戦を勝利に導いたんですよね」

「らしいな。とはいっても、私も先代に聞いただけだからな。たぶん本の方がしっかりと書いてあるだろう。一度読んでみるといい」

 全てを見通してきた館長の目には、一体何が見えていたのだろう。私も賢者とかふざけて言われる事があるが、これは異世界である前世の恩恵があってこそで――。

 ん?

 まさかと私は館長を凝視した。

 館長にも、もしかしたら何か異世界的な前世の記憶があるのではないだろうか?そもそも自分の時間を止めるとか、簡単に思いつけるとも思えない。

 しかし前世の記憶があったところで、戦を勝利に導いたり、先読みができるわけでもないし……。そういう特殊な環境のヒトだったとしても……どうなのか。

 

 こればかりは考えても分かるはずがないと、私は早々に考えるのを放棄した。館長の目が覚めた時にでも、どうやって先読みをしたのかや、いつ自分の時を止めるという事を思いついたか、聞けばいい。


「失礼します」

 しばらくすると、アリス先輩がお茶を持って入ってきた。手伝おうと動いた私達をジェスチャーのみで断ると、先輩は人数分カップを置き、先生の横に腰かける。

 そして、少しこわばった、何かを決意したような表情で先生に話しかけた。


「少し館長の事でお聞きしたいのですが。……館長の命は、後どれぐらいなんでしょうか?」

 あえて考えないようにしていた言葉に、私の心臓はドキリと脈打った。  

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