28‐1話 大きな存在
蓄魔力装置の実験を繰り返し、ついに完成へとたどり付いた時には、私は12歳となっていた。試験も突破し、無事に進級もしている。……相変わらずクラスメイトに友人はいないけど。なので、実験学のペアは今もおなじみの、コンユウだ。
それからエストとの関係も変わっていない。あまりに変わらなさ過ぎて、私の方が首を傾げたくなるが、かといって、上手く答えを出せないのも事実。今はエストに甘えさせてもらっている。
「オクトさん、おめでとう」
「何が?」
図書館でいそいそと、蓄魔力装置の設置をしていると、カミュが声をかけてきた。何がと答えた後に、蓄魔力装置の完成の件だろうかと思いいたる。しかし確かそのお祝いの言葉は、少し前にもらったような……。
「まだ正式発表はされていないけれど、その装置、国で表彰されるようだよ」
「へぇ」
国で表彰かぁ。
図書館で研究したのだから、たぶん代表は館長だろう。ふわもこの館長が表彰台に立って国王様から賞状を受け取っている姿が頭に浮かんで少しほのぼのした。ちょっと可愛いかもしれない。ああでも、運動会ではないから、表彰台はないか。
それにしても、老い先短い館長の為に、なんだか親孝行ができたような気分になり、ちょっと嬉しい。
「あれ?反応が思ったより薄いなぁ」
「これでも喜んでいる。ただ館長は体が弱っているし、車いすのような物があるといいのだけど」
馬車が存在しているのだから、それぐらいあってもよさそうだ。電動タイプはないだろうが、先輩辺りが館長の乗った車いすを押していったら完璧だ。
ただこの世界の介護用品は果たして、何処に行けば手に入るのか。館長の主治医だったら知っているだろうか?
「何で館長なんだい?もちろん呼ぶけど……難しければ仕方がないんじゃないかな?」
「えっ?何で呼ばないの?」
主役が来なくてどうするというのか。代理で先輩が受け取ればいい話なのかもしれないが……折角だから館長に賞状を渡してあげたい。
「オクトさんがそこまで館長の事が好きだったなんて知らなかったよ。僕としては、オクトさん達3人が出席できればそれでいいかなと思ってたんだけどね。少し方法を考えてみる……オクトさん?顔色が悪いよ」
カミュに指摘されたが、私も自分自身の血の気が引いた事に気がついていた。
あれ?あれれ?私達3人って……。
「……館長が表彰されるんじゃ?」
「違うよ。正確に言えば、時属性対応の蓄魔力装置じゃなくて、オクトさんが見つけた、魔法石の並列繋ぎと直列繋ぎの法則が表彰される事になっているから。本当なら、オクトさんだけでも良いんだけど、一応コンユウとエストとの共同研究扱いになっているからね」
「な、ななな、何で?!」
あまりな事態に声が裏返る。
「何でって、魔術師達の今の話題はそればかりだよ。まだ魔術師試験も受けていない魔法学生が、新しい法則を確立したわけだからね。魔術師通信にも賢者が現れたって大々的に書かれているし」
「待って。何で知られている?!」
私は何も発表していないんだけど。どうしてそんな大々的な事になっているんだ。
「アスタリスク魔術師が自慢して、そこから漏れた感じかなぁ……」
「アスタが?!私、論文も書いていないんだけど」
何がどうしてこうなった。
国に表彰?国という事は、偉い人が集まる場所に行くという事だ。そんな場所に、混ぜモノの私が?ありえない。
「論文は後々書く事になるんじゃないかな?オクトさんが見つけた法則をアスタリスク魔術師が特許申請をしたし、使いたいと思っているヒトは結構いると思うよ。その時に研究内容をまとめた論文があった方が便利じゃないかな」
特許?
確かにアスタに相談しながら実験を繰り返していたので、アスタは良く知っているだろう。だから特許申請だってできると思う。
でもせめて一言言って欲しかった。うん。きっと、良いと思って行って、私に伝えるのをうっかり忘れていたんだろうけど。ああああっ。
私はこれから起ころうとしている厄介事に頭を抱えたくなった。
「えっと……実際に表彰ってどうやるの?」
「年に一度、国王が国の発展のために尽くしたモノを王宮に呼んで――」
「勘弁して下さい」
王宮なんて、タブー過ぎる場所だ。しかも国の一番偉い人と対面。粗相をしない自信がない。もしもそこで何か起こしたら……駄目だ。問題ないなんて、絶対言えない。
「国民は国王の招集を断るなんてできないからね」
「そこを、息子の力でなんとか」
神様、仏様、王子様という感じで、私はカミュにパンっと手を合わせた。きっと王様だって親なのだから、子供の話なら耳を傾けて下さるはずだ。
「僕はオクトさんに、卒業後は王宮に来てほしいし、いいタイミングだと思うけど?混ぜモノというだけで無闇に怖がるヒトを黙らせるには、実際に見てもらうのが一番だし」
「か、勝手な事言うな。私は山に引きこもる」
全然いいタイミングなんかじゃない。
そもそも、なんだ、そのプランは。卒業後に王宮?まてまて。私は卒業後は山奥で薬師予定だ。その為に、今必死に薬草を覚え、調薬を勉強しているはずだ。
「オクトさんは王宮を毛嫌いするけど、結構いい職場だと思うよ」
「いい職場云々じゃない。前から、私は混ぜモノだと言っている。もしも王宮で力が暴走したらどうするんだ」
「それだけ魔力コントロールもできているし、大丈夫じゃないかな?」
「コントロールはできていると思う。でも万が一という事がある」
もしも感情が高ぶって、暴走してしまったら?王宮や王都を消し飛ばしましたなんて、悪名しか残らない最期絶対嫌だ。
歴代の混ぜモノで暴走したヒトだって、暴走したくてしたわけではないと思う。だったら先人に学んで、念には念を。石橋を叩いて渡れだ。暴走しても、最小限の被害で抑えられる場所にいた方がいい。
今までアスタと一緒に暮らし、日中はカミュ達友人と喋っている身だ。きっと山で1人暮らしていくのは寂しいだろう。しかし私は引きこもりな性質だし、比較的早く順応できるのではないだろうか。いや、順応する。それが一番楽な生き方のはずだ。
「まあこの話は結論がでないだろうから置いておくとして。とにかく、表彰は出席だから」
「カミュの鬼」
「僕は鬼族じゃないよ?」
ああ、居たんだ、鬼と呼ばれる種族って。普段見かけないので、少数民族なんだろう……ってそんな情報どうでも良い。
私はそういう意味ではないと、カミュを睨みつけた。
「ごめんごめん。ちゃんとオクトさんが言いたい事は分かっているから。でも、父上は一度決めたら中々意見を変えないから難しいと思うよ。行かないという選択よりも、どうしたら暴走しないかを考えた方がいいんじゃないかな?」
「それが分かれば、混ぜモノは苦労しない」
暴走しない方法が分かれば、混ぜモノが恐れられる事なんてない。今までその方法が分からないから、暴走テロ起こして迫害されることを繰り返しているのだ。
自分自身で実験といっても、本当に暴走を起こしてしまった日には目も当てられない。昔アスタにも勧められたと思うが、やっぱり自ら危険を冒すのは躊躇われる。
「そもそも、なんで混ぜモノは暴走するんだろうね。魔力が強い種族なんていくらでもいるけど、国を消すぐらい大きく魔力を暴走させたなんて聞いた事ないし」
「……他の種族は、親から暴走しない方法を教わるからとか?」
「僕はそういう話は聞いた事ないかなぁ」
だよねぇ。
自分で言ってみたが、あまり説得力のない推理だ。今の話でいくとミウのような本来魔力の少ない種族の中で、突然変異的に魔力持ちが産まれた場合も、混ぜモノと同じ状態という事になる。
しかし突然変異的な彼らが暴走して国を滅ぼしたなんて文献、残っていはない。
もしくは混ぜモノは色々な種族の血が混じっている為、魔力のバランスが悪く、コントロールを失いやすいとかあるのだろうか。普通魔力の属性は一つなのに、私の場合いくつも混じっている。
ただし全ては所詮、空論でしかない。それが正しいなんて誰にも分からない。もしかしたら普通のヒトでも、属性を数種類持ち合わせているヒトがいないとも限らない。
「そう言えば、オクトさんの周りには精霊がいたよね。それが関係するとか?」
「精霊かぁ」
確か魔力のおこぼれを得る為いるのだと、前にアスタが言っていた。あの時はそれで納得したが、だったら同じく魔力の強い魔族の周りにもいなければおかしい。
しかし、アスタやコンユウが精霊を侍らせている姿は見た事がなかった。
精霊は謎も多い種族だし、何か関係していてもおかしくない。
「オクト、急いで来いっ!!」
色々考えていると、階段の方から、コンユウの怒鳴り声が聞こえた。一体何事だろうと、私は振り返る。もしかして、また受付業務に入れとかだろうか?
できたら、あれからは外して欲しいんだけどなぁと思うが、人手がないなら仕方がない。
「何で?」
「館長がまた、倒れたんだよ!」
倒れたという言葉にドキリとする。しかし、同時にまたかとも思った。館長が倒れるのはある意味、毎年の恒例行事だ。そう思うぐらい、私はその言葉を何度も聞いていた。
だから、きっといつもと同じ。私は安直にそう思った――。
「館長が……、館長が、息をしていないんだっ!!」
――えっ?