27-3話
「えっと……私も友達だと思ってるけど?」
良くあるボケを、私はそれが何を意味しているのか、しっかりと理解した上で口にした。
えっ、でも。これってそうじゃないの?エストが私の事を……なんて、ありえない。どんな茨の道だ。ドM道すぎる。そもそも近くに可愛いミウや翼族の女の子――しかも貴族の娘さん――がいるにもかかわらず私に告白なんて、何かの間違いとしか思えない。
うん。きっとエストは、コンユウだけじゃなく、私の事も好きだって言いたかっただけなのだ。
私は必死に心の中の動揺を押し隠して、何を当たり前な事をといった顔をした。ただしエストをまっすぐみる事まではできなかったけれど。
万が一、万が一にも今の告白が、愛だの恋だの方面の言葉だとしたら、それこそ濁してしまった方がエストの為だ。真剣な告白の場合、エストを傷つけるかもしれないが、私なんかに告白してしまったなんて、人生の汚点過ぎる。将来を考えるなら、傷は浅い方がいい。
パシッ。
頬を叩く音がした。
うん。そうだよね。エストが傷つくかもしれない言葉を選択をしたのだ。殴られたって仕方がない。それでも、平手なだけ、まだ私の事を女子として扱ってくれているのだろう。
音で反射的に目を閉じたが、それにしても、ビンタってこんなに痛みのないものだったのだろうか?あまり衝撃が分からなかった。昔、鳩尾に拳を貰った時は、気を失うぐらいの衝撃だったのだけど。あの時は痣も中々消えなかった。
私は第二弾は来ないだろうかと、そろりと目を開ける。しかしそこに見えたのは、エストの後ろ姿だった。
あれ?
私をエストが叩いたなら、今の立ち位置はおかしくないか?
「コンユウ、女の子に手を上げるってどういうつもりかな?」
「どういうって……、なんでエストがオクトを庇うんだよ?!コイツはエストの気持ちを――」
「コンユウには関係ないだろう?もう一度言うけど、女の子に男が手を上げるって、どういうつもり?」
コンユウは傷ついた顔をした後、シュンと下を向いた。
「……手を上げたのは悪かった」
エストはコンユウの謝罪の言葉を受け取ると、くるりと私の方を振り返った。その頬は赤く腫れている。あの音は、コンユウの手がエストの顔を叩いた音だったのか。
いや、違う。きっと、コンユウが私を叩こうとしたのをエストがかばった音だ。そうでなくては、コンユウがエストを叩く意味はない。
「というわけだから、オクトも許してやって。コンユウってば、沸点が低いから」
「許すもなにも……」
私は何もされていない。
むしろ、本来なら殴られるのは私の役目であって、エストがその犠牲になるなんて間違っている。私はこんな風になると思ってボケたのではないのだ。
「どう?女の子を守る紳士ってポイント高いでしょ?」
エストは血の気の引いた私を笑わせるように、おどける様に言った。しかし私は何と言っていいのか分からず、茫然と立ち尽くすしかできない。どうしよう。エストを傷つけたのは私なのに、エストが気を使ってくれるなんて。
「ごめん。そんな顔をさせる為に言ったんじゃないんだ。別にオクトに友達だって思ってもらえるだけでもオレは嬉しいし。だって、オクトの友達って凄くレアだろ?」
「……レアって言うな」
ちょっとどうかと思う発言に、ようやく私はツッコミを入れられた。
でも間違ってはいない。私の友達が少ないのは事実だ。男友達は、エストを抜かせば、カミュとライしか思いつかない。……残念すぎる人間関係だ。
「本当は魔王よりオレの方がオクトの中で大きくなったら言おうと思ってたんだよね。ちょっと、焦った所為で台無しだけど。オレもまだまだだなぁ」
魔王って……もしかしなくても、アスタの事だろうか?
エストにもファザコンだという事がバレていた事実に、少しショックを受ける。そうか、エストにまでそう思われていたんだ。うん、いいんだ。……間違いじゃないし。
「オクトも同じように好きだったら一番だろうけど、オレはそのままのオクトが好きだから。別になにも強制しないから安心して?」
「えっと……」
それで良いのだろうか?
いや、よくないだろう。そんなの不毛だ。間違っている。
「だから、オレの感情が間違っているとか、気の迷いとか、そうやって否定しないでやってくれる?オレはオクトに友達だと思ってもらえて、なおかつファンクラブをやっていられるだけで幸せだからさ」
先にくぎを刺されて、私は口ごもった。
確かに私がエストの気持ちに口をはさむのがおかしい。でもこのまま宙ぶらりんの状態で、問題なしというのもおかしな話ではないだろうか。
私はエストが好きだ。少なくとも、エストに傷ついて欲しくないと思う程度には。ただ、それが愛だの恋だのなのか聞かれると、よく分からなかった。ならばアスタに比べてどうなのかと言われれば……こちらもどちらも大切だという以外の答えが出ない。
「私は……」
何か返事をしなければ。
何か答えを見つけなければ。そう思えば思うほど、分からなくなっていく。どうしよう。
「貴方達。実験するのはいいけれど、ここを何処だと思ってるの?!もう少し声を小さくしなさい!!」
重たい空気を突き破る様に、先輩の声が聞こえた。
そうだった。人の出入りが少ない階とはいえ、ここは図書館だ。五月蠅くしてはいけない。
「すみません、先輩。じゃあ、片づけて通常業務に戻ろうか」
エストは何もなかったかのようにさわやかに笑うと、実験した道具を片づけ始めた。私とコンユウも、慌てて片づけを手伝う。
しかし何を言っていいのか分からずお互い無言だ。気まずい。とてつもなく気まずいが、私の能力では、ここで何を言えば場がなごむのか分からない。同じく、コンユウもどうしていいか分かっていないだろう。
かといって、今の状態のエストに場を和ませてほしいなんて図々しすぎる。
ああ。考えれば、考えるほど分からなくなってくる。思考がぐるぐるし、次第に目まいまでしてきた。
「オクト……とりあえず、息を吸おうか」
ぽんとエストに肩を叩かれ、私は息を止めていた事に気がついた。慌てて息を吸うと、苦笑いしているエストと目が合う。
何というか、申し訳なさすぎる。普通に考えて、私ではなくエストの方が気を使われなければならない立場だ。
「それだけ真剣に考えてくれるだけ嬉しいよ。オレはそれだけで十分だから」
「エストは、コイツに甘すぎだ」
「馬鹿だなぁ、コンユウ。好きな子に甘くしなくて、誰に甘くするっていうのさ」
えっと、私以外で、もっと好きになった相手の子を甘やかしてあげて下さい。その労働力はとても残念な方向に向かっていると思う。
かといって、私がエストの行動や気持ちを否定する事は止められている。そんな状態で私にどうしろというのか。
ぐるぐると考えたが、私は結局何も言えないまま、今日の業務を終える事になった。
◇◆◇◆◇◆◇
「エストに告白されたらしいな」
ブホッ。
昼休憩中のライのとんでもない発言に、私は飲んでいたお茶を吹きだした。そのまま変な方向に入って行ったお茶の所為で、ゴホゴホとむせ込む。
「ヒトは変わるものだね。あの少年が告白かぁ」
面白そうに笑うカミュを私は涙目で睨みつけた。
全然面白くないんですけど。
でも他人の恋話ほど面白い話はないとも聞く。……いや、まて。それは女の子の場合だ。野郎があはは、うふふと恋話に花を咲かせようとするんじゃない。
「でもオクトさんはそんなイタイケな少年の告白を、あろうことか、誤魔化して逃げようとしたと」
「うわっ。ひでぇ」
ぐさっ。
カミュと、ライの言葉が胸に突きささる。しかし全て真実なので、その言葉は甘んじて受け取るしかない。できる事と言えば、開き直るぐらいだ。
……とはいえ私の性格では、そんな事ができればもっと楽に生きられたんだろうなぁと思いをはせるだけだけど。
「……何とでも。私は氷の女だから」
「どうせ、エストの汚点になるとか卑屈に斜め上に考えて、悪役ぶろうとして失敗したんだよね」
「あ、エストの事だから、失敗したところを慰めるとかしたんじゃないか?うわぁ。色々、残念すぎだろ」
どうしてそんな見てきたかのように、的確に状況が分かるのか。
くそうと歯ぎしりしたい思いに駆られるが、それをしたら、真実だと認めるだけだ。
私は何でもないふりをして、クッキーを咀嚼する。アーモンド入りで香ばしくおいしいはずなのに、今は砂でもかんでいる気分だ。
食事中の周りの環境はとても大切って本当だなぁと思う。
「でも良かったな。エスト、めげてないみたいだぞ」
「は?」
めげてない?
あれ?でも、最近顔を合わせた時は、今までとまったく変わらなかった。むしろ私の方がぎくしゃくしてしまい、フォローされるしまつだったはず。
てっきり、仕方がないと諦めて、なおかつ友人でいてくれる事を選んだのかと思っていた。そもそもエストだって、私と友人でいるだけでいいと言ってくれたのだし。
「オクトさん……、まさか勝手に解決したと思ってた?」
ぎくり。
はい、その通りですとは、カミュの呆れた視線の所為で少し言いづらい。確かに、エストが無理をしている可能性はないとは言えない。
でも、いたって普通なのだ。もしも告白の事を聞いたら、そんな事あったけ?と返されそうなぐらいである。……もちろんそんな事あるはずないので、聞いたわけではない。
やっぱり、これはエストに無理をさせているのだろうか。
ちゃんと返事はするべきだと分かるのだが、どうにも私には、愛だの恋だのが分からない。そう考えるならば、やはり断るべきなのだろう。
でも断って、友達ですらなくなってしまったらと思うと怖くてたまらない。
「まあエストはめげないみたいだから、頑張れ」
「……やっぱり返事はするべきか」
「違う、違う。めげないみたいだから、今まで通りでいいんだよ。うっかりオクトが流されても、俺は応援してやるから」
「えっ。いや。このままというのは、不味いかと」
今まで通りって……、現状そうなんだけど。しかしそれだと、エストに申し訳ないというか……。
「8歳からの片思いだぞ。アイツにとったらいまさらだろ。オクトの情緒面の成長が遅い事は分かっていたし。むしろオクトの友人ですらいられなくなった時の方が、怖いと思うけどな」
怖いって、何だろう。……まさか、ヤンデレ化するとか?いやいや、あのさわやかエストだ。それはないと思いたい。
思いたいが……ライに怖いとはどういう意味かは聞くに聞けない。……聞かない方がいいと、野生の勘が訴えてくるのだ。
「館長はダークホース、コンユウとくっつくと踏んでいたんだみたいだけどね」
「……いや、それはない」
むしろ、そんな話がチラリとでもあったとコンユウが知ったら、暴れ狂いそうだ。何がどうしたらそういう結果を導き出せるのか。
「そう?コンユウと一緒にいる事は結構多いよね」
「それは、やむにやまれぬ事情というか……」
授業の実験学はボッチ同士だから必然的に一緒に行う事になっているだけ。バイトは、仲が悪すぎて改善する為という名目で一緒にやらされているだけなのだ。最近は時魔法関係で、そうとは限らなかったりもするけれど、それ以外はやはり変わりない。
まさか館長がそんな、盛大な勘違いをしていたなんて。
「館長の言い分も分からなくはないけどね。オクトさん、コンユウには感情的になる事が多かったし」
「逃げられない状況で、あれだけ突っかかられたら、誰だってイラッとする」
突っかかられる事が少なくなったのなんて、本当に最近だ。そんなコンユウに油を注ぐような危険な勘違い、さっさとゴミ出しに出して欲しい。
やけに、恋だの愛だのいうと思えば……そんな事考えていたのか。怒りというより、脱力感でぐったりする。
「まあ、オクトさんの周りには僕を含め素敵男子が沢山いるんだし、ゆっくり選んでいけばいいんじゃないかな?」
「そうそう」
「自分で素敵男子というな」
間違いないけれど、痛いから。それと、選ぶ事が当たり前のように言わないでくれないだろうか。私は混ぜモノなんだから、誰かと結婚なんてする気、さらさらない。それで恋だなんて、不毛だ。
私は、楽しくからかうカミュ達に、深くため息をついた。