2-3話
さてと。私自身で選んだほうがまだましと分かったならさっさと選んでしまおう。
そうは思ったが、優柔不断な自分は中々選ぶ事が出来ない。色々考えた上で私は一つのペンを選びだした。ペン類ならば、なんとか使えるのではないだろうか。お土産系と思しきそれは、シャーペンかボールペンだろう。カチリと押すと先っぽがでてきた。どうやらシャーペンだと分かると私は数度押す。しかし芯は出てこない。
「オクト、それなに?」
「シャープペンシル。文字を書く道具だけど……」
とりあえずふたを外して逆さを向ければ中から芯が2本出てきた。良かった。これで芯がなかったら、またも使えないものを教えてしまうところだった。1本を中に戻すと、もう一本を先から入れる。
多分短い芯が残ってしまっているのだろう。最初は抵抗があったが、しばらくするとすんなりと中に入った。私はふたをはずすと、折れた芯だけ取り出す。
「これで大丈夫。これは紙に字を書く道具。中に入っている芯がなくなると、使えなくなる」
「芯って、これの事か?」
猫男が折れた芯を拾い上げた。
「うん。でもある程度の長さがないと使えない」
「この物質は何でできているの?」
「炭素と呼ばれるもの。鉱物の一種。作り方は知らない」
魔族も興味津津で芯を見つめていたので、私は手に持っていたシャーペンを差し出した。実際に書いてもらった方が分かりやすいだろう。
「上を押すと芯がでる仕組み。芯さえあれば、紙に文字が書ける。だけど出し過ぎると折れるから」
魔族はカチカチカチと興味深げに押している。そしてポトンと全部出してしまった所で、ふたを開け再び中に芯をしまった。
「これだけ細いものだと、ドワーフ族やエルフ族でも作るのは難しそうだね」
エルフは自分にも血のつながりがあるので多少は知っているが、ドワーフとはどんな人たちなのだろう。例として上げるという事は手先が器用な種族のだろうか。
「なあなあ。そいつらって、どんなやつ?」
私が首をかしげていると、先にクロが聞いてくれた。
「ああ。ドワーフは鉱物の扱いが得意な奴らで、地中に住んでるんだよ。エルフ族は頭がいいから作り方を知っているかもしれないんだ。手先がいちばん器用なのは人族だけど、手先が器用だけじゃ無理だし。それに本体の方も単純そうでかなり技術が高い……この穴とかどうやって開けるんだろ?」
シャーペン片手に魔族は唸った。まるで匠の技を見たかのような感じだけど、日本では当たり前の商品だ。しかも量産系。それだけ文化が違うのだろうけど、ちょっと騙している感じで申し訳ない。
とにかくあと一つだ。良心の呵責に苛まれる前に、さっさと終わらせようと見渡した。どれが手ごろだろうと悩んていると、魔族が私の目の前に拾い上げたものを差し出した。
「では最後に、この造形は何か教えてもらえないかな?」
彼が手に持っているのは、車のプラモデルだった。教えてもいいが、ちらりと猫男を見る。私が教えている相手はあくまでも猫男であって、この魔族ではない。
「いいの?」
「ああ。先生にはいつも無理を聞いてもらってるしな。もし知っていたら、教えてくれないか?」
「……それは車の形をした置物。車は馬車と同じ役割をするけれど、馬は使わずに走る乗り物の事。本来は人が乗れるぐらいの大きさをしている」
猫男がそれで良いというならと、私は車について話した。たぶんプラモデルについてではなく、車について話した方が、魔族には有益な気がする。
「馬がないのにどうして走るんだい?」
「エンジンというものがあって、それがタイヤを回しているから。エンジンを回す燃料はガソリン……と聞いた事があるだけで、私も詳しくは知らない」
残念な事にシャーペン同様使い方を知っているだけで、私の記憶には作り方などの知識は入っていなかった。たぶんそれを知らなくても困らない人生だったのだろう。
「なるほど。車ねぇ。それが馬車の代わりに使われているという事か。わざわざそんなものを作るという事は、その世界には馬はいないのかい?」
「……たぶん馬よりも効率がいいからだと思う。走る分だけのガソリンはいるけれど、毎日の餌はいらない。それと糞などの処分にも困らないから……ってママが言っていた」
何処まで話してもいいものか。
あまり向こうの世界の事を話すと、いらない厄介事が増える気がしてならない。どうしてそこまで知っているのかと聞かれても困る。
だが魔族は特にその事に大して聞いてくる事はなかった。ただぶつぶつとつぶやきながら車のおもちゃをこねくり回す。
少し自意識過剰すぎたかもしれない。その事実にホッと胸をなでおろす。とにかくこれで終わりだ。
「これで3つ」
私は猫男の顔を見た。
約束はここまでだ。さてどう出るかと、ドキドキしながら相手の反応を待つ。自分は混ぜモノで、なおかつ子供なのだから、情報料を踏み倒されたとしても仕方がないくらいは思っている。とにかく無事に一座に戻りたかった。
「分かった。約束だからな、好きなのを選べ」
猫男はにやりと犬歯を出して笑った。ごねるつもりはないらしい。……本当にこの猫男いい奴だな。
私は内心びっくりしつつ、机に目を落とした。あまり大きなものだと目立つので、貰ったはいいが、他の団員にとりあげられると予想できる。
「なら携帯電話がいい」
悩んだ末、私は最初のそれを選んだ。
もう壊れてしまって使えないと分かっていても、一番懐かしいと感じたのだ。きっと前世では携帯電話を持ち歩いていたのだろう。
「確か壊れているんじゃなかったか?」
「うん。でもこれがいい」
「なら持っていきな」
使えなくても、あるというだけで十分だ。それだけで、自分は空っぽではないと分かって少しだけ救われる。
私は携帯電話を大切な宝物のようにそっと拾い上げるとポケットにしまった。
「じゃ、オクト。いこうぜ」
私は頷くとクロの手を握り椅子から立ち上がた。それと一緒に魔族も立ちあがる。そして彼は入口へ進んだ。
もしやついてくる気かと睨むと、入口のドアのところで立ち止まった。
「どうぞ、小さな賢者様」
にっこりと笑って魔族は扉を開けたまま支えていた。どうやら見送りをしてくれるらしい。
行動は善意の塊なのに、何か企んでいるように思えてならないのは、私の考え過ぎだろうか。是非とも、そうであって欲しい。自意識過剰、万歳。
私は魔族を睨みながら、入口を潜る。
「またね」
『また』なんてもうないから。
ニコニコと赤い目を細めて手を振る魔族から私は顔をそむけた。クロは律義に手を振っているが、とてもそんな気分にはなれない。
異界屋が見えないぐらい離れた場所でようやく私は肩の力を抜く事が出来た。振り向くが、誰かが後をつけている様子もない。
「……疲れた」
「じゃあ、テントにもどろう?」
クロの言葉にコクリと頷く。
「でも、いいの?」
クロは行きたいところはなかったのだろうか。どう考えても私の用事につき合って貰っただけだ。
「オレはオクトとあそべればそれでいいんだ」
何て優しいんだろう。
私のササクレた心が一気に癒された気がする。子供って何て可愛いんだろう。自分も子供だけど、この純粋さは前世に捨ててきてしまっている。
「ありがとう」
私は上手く言葉だけでは伝えきれない気持ちを伝えたくてとギュッとクロの手を強く握った。