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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
79/144

27-1話  迷走中な学校生活

「ちょっ。何やってるんだ?!」

「へ?」


 実験学中、コンユウの焦った声に、ぼんやりしていた私ははっと我に返った。

 しかしすでに時遅し。鍋の中へ赤い液体が大量に投入されていた。……しまった。この液体は、最初は小さじ1入れるだけだった。そしてなじんだところで瓶の半分を入れるのだ。

 大量に液体が投入された鍋は、火にまだかけていないにも関わらず、ぼこぼこと沸騰していた。何か恐ろしい化学反応でも起こっていそうな様子だ。


「……ごめん」

 完璧な失敗だ。私は鍋を洗おうと手を伸ばしたが、直前でコンユウにその腕を掴まれた。

「だから何やってるんだ」

「何って……洗おうかと」

「こんな煮えたぎっている鍋を素手で持とうとする奴があるか。アンタの脳みそはどうなってるんだ」

「あっ」

 火にはかけていないが、確かに鍋は限りなく高熱を発していそうだった。確かに素手でもったら火傷するかもしれない。たとえ火傷しなかったとしても、鍋をとり落として二次災害を招く可能性もある。


「……一体どうしたんだよ。べ、別にお前の事が心配というわけじゃなくてな、使い物にならないと迷惑だから――」

「分かってる。ごめん」

 コンユウにまで迷惑をかけてしまうなんて、これはかなり重症だ。

 ただ単に、自分がファザコンだと分かっただけでこれほど落ち込むなんて思ってもみなかった。アスタにファザコン……。どうしよう。将来一人で暮らすと決めているのに、こんな状態で一人暮らしできるのだろうか。

 事あるごとにアスタの事を思い出し、もだもだするのだろうか。そんな想像をしている事自体に、もだもだしそうだ。アスタの事で頭いっぱいの乙女な自分。うん。何というか、滅したい。

 とにかく、落ち着け。相手はアスタだ。欠点ばかりの駄目父だ。アスタと仲がいい友人相手に嫉妬なんて、きっと気の迷いに違いない。


「じゃない。……心配なんだ」

「へ?」

「だぁぁぁぁ……とにかくそんなんじゃ、迷惑なんだよ。ほら、俺が持つから、洗い場に行くぞ」

 コンユウはタオルで鍋を掴み持ち上げるとずんずんと洗い場に進んでいった。私も慌ててコンユウを追いかける。失敗したのは自分なのに、コンユウに洗わせるわけにはいかない。

 中身を排水へコンユウがぶちまけてくれたので、私は水魔法で鍋の中に綺麗な水を満たす。ついでに、ごぼごぼと煮え立った状態で排水を流れるのは不味いと思った私は、水を増やし謎の溶液を薄めておいた。お願いだからこの対処法が正解であって欲しい。


「一体、何を考えてるんだ」

「コンユウは……ファザコンじゃない?」

「はっ?!」

「もしくはマザコン」

「お、俺はそんなんじゃねぇっ!!」

 ですよね。

 というかコンユウなら、例えマザコンだったとしても、それを認めるとは思えない。聞いた相手が悪かった。かといって、エストは両親がいない上に姉とも会えない状態なので、こんな話持ちだせないし……。


「もしかして、オクトはファザコンなのか?」

 コンユウにずばり言い当てられ、ずんとさらに気分が落ち込んだ。まあ、この話の流れで、分からない方がどうかしている。それを承知の上で言ったのだから仕方がない。

「いや。別にアンタが誰が好きだっていいだろ。何を落ち込んでるんだよ」

「あー……、アスタの事は尊敬してるけれど」

 うん。尊敬はしている。凄い魔術師だと思っている。アスタに追いつきたいし、隣に並びたい。そう思っているのだって……たぶん普通だと思う。

「アスタって、育ての親?」

「そう。魔術師としては凄いけれど、そのほかの生きる為の能力が壊滅的なヒト。かなり自分勝手な部分あり」


「アンタ……本当にファザコン?普通好きな相手をぼろくそ言えるか?!」

「事実だし」

 アスタの能力に偏りがあるのは事実だ。

 でもそれをひっくるめて……私はアスタの事が――。あぁぁぁぁっ。考えるだけでこっ恥ずかしくなる。この間まで別に普通だったのに。自分の好意が異常な方向にむきかけていると思うと脳みそをかきむしりたくなった。

 普通なら父親の好きなヒトに嫉妬なんてしない。ましてや鬼籍に入っている友人に嫉妬って、どれだけ心が狭いんだ。

 このままでは、私はまさかのヤンデレへ進化してしまうのか?!それだけは絶対阻止しなければ。アスタにヤンデレ萌属性があるとは思えない。そして私もそんな属性は持ち合わせていない。


「まあ、いいや。それで。まあ、それが事実だとして、何が問題なんだよ」

「義父大好き、義父一番。この世に義父以上の男はいないなんて思考になったらと思うと……恐ろしい」

 そんな残念な思考の持ち主になってしまうかもと思うと、心が折れそうだ。そして、周りからそう思われているという事実もかなりキツイ。

「……たぶんそういう思考している時点で、そうはならないと思うぞ」

「本当に?それ、絶対?」

「は?」

 きっと当事者じゃないから、こんなあっさりと言えるのだ。

「混ぜモノが嫌いなコンユウが、いつの間にか私の事を好きになっていたなんて事になったら、ショックで寝込むと思う。今の私はそれと同じ状態」

「ばっ……俺が、すすすすっ、好きなわけっ――」

「うん。つまり、今の私はそうやって全力で否定したい事と向きあっているわけ」

 

 拾われた当初はこんな事体におちいるなんて思ってもいなかった。確かにあの時は、自分とアスタの関係はギブアンドテイク。そこまで殺伐していなくても、同士的な間柄だと思っていたはずなのに、何処で踏み外したのか。

 アスタが娘として私を大切にしてくれている事は分かっている。だから私もそれ以上の感情を持つわけにはいかない。このままでは、アスタが再婚する事になった場合に、私がそれを邪魔してしまいそうだ。同士ならば、応援こそしても、嫉妬して否定なんてしてはいけない。


「貴方達。おしゃべりしてないで、早く実験に戻りなさいっ!!」


「「はいっ」」

 しまった。

 気がつけば、背後にピリピリした教授が立っていた。私とコンユウは教室から出て行きなさいと言われる前に、そさくさと鍋を洗うと、机に戻った。そして再び実験に取り掛かる。

 薬品だってお金がかかっているのだから、失敗を繰り返すわけにはいかない。最初から失敗を予定して、尺が長くとってある実験学ではあるが、だから何度も失敗していいというわけではない。



 先生の一喝もあって、今度は失敗せず実験が進んだ。

 薬を瓶詰めした所で、ふうと息を吐き出す。気が散る事が多い所為で、今日はいつも以上に疲れた。さっさと片付けて終わろうと思い、器具を持って洗い場へ向かう。


「混ぜモノ。水もらっていい?」

「うん」

 洗い場に行くと、同じように実験を終えた組がいた。私は言われるままに盥に水を溜める。

「ありがとうな」

「ども」

 青年は御礼を言うと、友人グループらしき人たちの方へ移動していった。それにしても、水が外にしかないというのはやはり不便だ。水道みたいな物を作るのは難しいのだろうか。


「何で、断らないんだよ」

「へ?何で断るの?」

 不機嫌そうなコンユウの声に私は首を傾げた。私にはツンデレ属性がないので、いきなりツンを発動する意味が分からない。

「アイツ頼みごとしている癖に、……オクトの事を混ぜモノって呼んだんだぞ」

「えっと。混ぜモノだし」

 何も間違った事は言われていない。というか、普通だ。

 

「アンタはオクトなんだろ」

「はあ」

「気の抜けた返事するな。アンタが先に言いだした事だろ」

 言ったっけ?

 コンユウがここまでいうのだから、たぶん混ぜモノと呼ぶな的なニュアンスの言葉を言ったのだろう。

 色々考えたところで、ふと、コンユウのディープな過去を聞いた時に、それっぽい言葉を言った事に思い至った。私は私だという事は覚えていて欲しいというのは、ちょっと意味は違うが、それっぽい。

 ……コンユウって、ヒトの話をちゃんと聞いてはいるんだなぁと感心する。ツンデレの割に、素直だ。いや、元々素直は素直だったか。ただ私に対してはツンしかないだけで。


「もしかして、それで機嫌悪い?」

 コンユウの目つきは、いつもの1.5倍ほど悪く、先ほどの青年達に方を睨みつけている。自分が守っている事を相手が守らないのが気にくわないといったところか。

「別に」

 あ、拗ねた。


「ごめん」

「意味なく謝るな、馬鹿っ」

「いや。コンユウにだけ、呼び方を押しつけたかと。別に混ぜモノって呼んでいいから」

 この呼び名はある意味、あだ名のようなものだ。

 混ぜモノなんて、他にいないから、私だと特定しやすい。しかしコンユウは納得いかないような顔をした。

「違うだろ。そういう意味じゃない。……アンタはなんで妥協するんだ」


 何で妥協するって言われてもなぁ。

「正直、面倒だというか……」

「はあっ?!」

 コンユウの反応に、やっぱり言葉選びを間違えたかと思うが、はっきり言って、これ以外の言葉はない。『混ぜモノ』という言葉には、確かに事実以外に、畏怖や嘲りなどの意味もあるだろう。ただそれを訂正するのは、酷く億劫だ。正直そこに労働力をさく方が面倒である。私が混ぜモノである事には間違いないのだ。


「反論したり、喧嘩するのは、力を使うから。できればどうでもいい事は、関わりたくない」

 自分が混ぜモノである事は、私自身諦めているし、こういうものだと思う。

 水を用意する、しないも似たようなものだ。ここであえて反発したとして、私にメリットなんて何もない。ただ単に相手に、ケチだと思われ相手との溝を深めるだけだ。面倒が一番少ないは、特にどうでも良い内容なら、相手に譲っておくことだ。


「……どれだけ、ものぐさなんだよ」

「ものぐさというより、私は性格が悪いだけ。どちらかというと、コンユウが正直すぎるかと」

 そう考えると、私と違ってコンユウはかなりいい奴ではないだろうか。素直で正直って、面倒さから相手に合わせる自分より、よっぽど性格がいいと思う。ただし正直で素直すぎるので、正直な発言が一言多く、また意地っ張りさを素直に全面にだす所為で、ツンデレにしか見えない。色々残念すぎる。これでは美点も付き合い難いだけの欠点だ。

 そんなコンユウと1年の時から普通につき合える、エストやミウには本当にすごいと改めて思う。


「コンユウって、損しているんだね」

「はあ?!どういう意味だよ」

「そのままの意味」

 勿体ない。非常に勿体ない。

 あんなに大嫌いな混ぜモノの言葉にだって耳を貸すぐらいいい奴なのに。完璧に空回りしている。


「損しているのは、オクトの方だろ」

「……どこが?」

「分かっていない所がだよ」


 どういう意味だ。

 損している相手に損していると言われて、私は微妙な気分になった。 

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