26-2話
「オクトは好きな相手はできたかのう?」
「……できません」
というかそんな簡単にできるわけがないだろう。
館長と恋バナをした日から、時折館長にそんな事を聞かれるようになった。というかこれはセクハラじゃないだろうか。私は館長へ冷ややかな視線を送っておく。
すると館長はベッドの上でのの字を書いた。……可愛い子ぶりやがって。
「わしはいつになったら孫の顔が見れるのかのう」
「子供が子供の話をするなんてと笑ったのは、館長です」
というか、いつから私は館長の娘になったのか。勝手にホームドラマに仕立て上げないでほしい。
「ほれ、気になる相手でもいいんじゃよ」
「……プリンあげませんよ」
「うぅ。老人虐待じゃ。こんなか弱いお年寄りになんたるしうち」
相変わらずベッドから抜けだして叱られているくせに、良い時だけ老人ぶって。
実際老人な為、まったくの嘘ではないのが憎らしい。
私は小さくため息をついて、手作りプリンを差し出した。りんごを渡した事をきっかけに、館長は私に良く頼みごとをするようになった。といっても、大抵食べ物に関してだが。
最近はこんな感じのものが食べたいというリクエストを聞いて、それに近いお菓子を作ってくるのが日課になっている。
「オクト魔法学生のお菓子はいつもおいしいのう」
「どうも」
すごく幸せそうに食べてくれるので、お菓子を作ってくるのは別に嫌ではない。しかし菓子を食べている途中で恋バナに話が進むと、どうしていいのか分からず、疲れるのだ。
まさか、館長が恋バナが好きだなんて、思ってもみなかった。
「それにしても、よりどりみどりじゃろうに。なんでオクト魔法学生はこんなに枯れておるのかのう」
「枯れたではなく、せめて幼いためということにして下さい」
恋愛なんてする気はさらさらないので、枯れているでも問題ない。でも生きた化石のような館長に、枯れている発言されるのは、何だか屈辱だ。かといって、子供扱いも嫌だし……難しい年頃というやつだろうか。
「何をいう。いまどき幼児でも恋愛するぞ」
「……それはきっと、私が知らない幼児という名の別の生きモノです」
いくらなんでも、そんな幼児は居ないと思う。いや、居ないでほしい。できたら、絵本の王子様に恋をしました程度でお願いしたい所だ。それなら可愛らしいし、万々歳である。
「つまらんのう。何か面白い話はないのかね」
「恋愛話がお好きなら、小説でも読めばいいと思います」
私で恋愛小説を読んだ気分を味わおうなんて甘過ぎる。普通にそういう需要を満たした本を読んだ方が何十倍も楽しいはずだ。
「本といっても、ここにあるものはほとんど読んでおるしのう。オクト魔法学生は、どの本がお勧めじゃ?」
お勧めかぁ。
あまり意識した事ないので、困る。私の場合、専門書を読む割合の方が多く、あまり小説などは読んでいない。最近読んだ小説と言えば、エスト作の同人誌だ。あれはカウントに入れたくない。
「あー、エストは『混ぜモノさん』という本が面白いと言っていました。私も分かりやすく面白いストーリーだと思います」
「ほう。わしが書いたものを読んでいてくれたとは、嬉しいものだのう」
「へ?」
わしが書いたですと?
「館長……作家だったんですか?」
「正確に言えば、作家もしていたかのう。書いたといっても、『混ぜモノさん』しか出版した事はないがのう」
マジですか。
エストが聞いたら、感動で涙を流しサインを欲しがる事だろう。灯台元暗しというか、こんな近くに書いた張本人が居るとは思わなかった。
「ん?という事は、館長は混ぜモノに会った事が?」
もしかしたら架空の話なのかもしれないが、それにしては、混ぜモノの描写がしっかりしている気がした。原作と言われる、『ものぐさな賢者』を読んだからといってあんな風に書けるとは思えない。
「……遠い昔に会ったかのう」
確かに館長ほど長生きをしていたら、混ぜモノと出会うことだってあるだろう。混ぜモノといっても、色んな種族の血が混ざっていれば呼ばれる名称なので、私とまったく同じという事はたぶんない。それでも、私も一度は会ってみたい。会ったからといって、何かが変わるとも思えないけれど。
「わしが書いたものが好きじゃというのは嬉しいが、他にはないのかね」
「えっと……、小説より、専門書を読む事の方が多いので」
「なんじゃ。つまらんのう。少しは恋愛小説を読めば、恋がしたいとか胸キュンな気持ちになれると思うんじゃが」
……私が胸キュン。
想像し難くて、私は眉間にしわを寄せた。
「そんな顔をせず、もっと周りを見なさい。愛は世界を救うんじゃよ」
前世の夏休みに良く聞く言葉を言われて、私はさらに眉間のしわを深くした。
◆◇◆◇◆◇◆
周りを見なさいと言われてもなぁ。
混ぜモノが恋愛……不毛だ。誰の得にもならない。
「オクト、手伝うよ」
返却ボックスから本を返しに歩いていると、エストに呼び止められた。
例えばエストを恋愛対象としたとしよう。……エストは凄くいいヒトだし、大切な友人だ。そんな不毛な感情で、関係がぎくしゃくとか嫌である。それ以前にエストに迷惑とかかけたくはない。
うん。ないない。
「オクト?」
「ああ、ごめん」
「何か考え事?」
「あー、ちょっと」
恋愛について考えてましたとか言いにくい。
私が恋愛とか似合わないというのに……。館長とそんな話ばかりしているから毒されている。
「オクト。言いたくないならいいけど、悩み事があったらちゃんと言ってよ」
ほら。混ぜモノな私を友達だと言ってくれて、なおかつ心配してくれる大切な友人なのだ。そんなエストを得体のしれない一時の感情で苦しめたら駄目である。ああいうのは、断る方だって気を使ったりするのだ。
「館長にからかわれているだけ。悩んでいるわけじゃない」
「からかわれてるって、なんでまた」
「さあ。ただ館長は恋愛至上主義らしい。『混ぜモノさん』を書いた作者でもあるから、ロマンティストなのかも」
愛は世界を救うと言われたが、現実的に見れば、愛が世界を救う時もあるの方が正しいだろう。愛だけで全てが解決とかありえない。
「えっ、混ぜモノさんの作者なの?!」
「らしいよ。それしか書いた事はないらしいけど……っと、ここか」
私は返却する本以外を近くに置き、梯子に足をかけた。相変わらずこの本棚は高すぎる。
「オクト上の方のはオレがやるよ」
「いや、いい。確かに高い所は苦手だけど、克服したいし」
箒で空を飛ぶ必要はないが、高いとこに登れないのは色々致命的だ。この国の冬は雪深い。王都はそこまで雪はつもらないが、山に住むなら覚悟がいる。一人で暮らすようになれば、雪下ろしだって自分でやらねばならないのだ。
「じゃなくて……。ほら、オクトはスカートだから」
「……ああ。大丈夫、スカートの下にスパッツを履いているから」
どうやらパンツが見える事を心配してくれたらしい。といっても、相当上の方まで登った上で下から見上げなければそんな現象も起こらないので、いらない心配だ。
「それでも、念のため。貸して」
そこまで言うならばと、私は本を渡した。確かに混ぜモノのスカートを覗いていたなんて不本意な噂が立っても可哀そうだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。たまにはオレもできる所見せないとね」
そう言って、エストはすいすいと梯子を登った。一段一段慎重に登る私より、エストが登った方が速そうだ。
エストが本を返した所で、次の本を手渡す。
「エストって、モテそう」
「はいっ?!」
エストが本を置いて戻ってきた所で、私はぽつりとつぶやいた。だって、そうだろう。ヒト当たりがいいし、フェミニストだし、顔だって悪くない。
「えっ、あ。いきなり、どうしたの?」
「ああ。最近館長が、恋愛、恋愛って五月蠅いから」
モテるエストなら、浮いた話の1つや2つ持っていそうだ。エストの話だったら、暇で死んでしまうと騒いでいる館長を楽しませる事だってできるだろう。
これがツンデレコンユウだと、例え浮いた話があったとしても上手くいかない。絶対話している最中にツンが発動するからだ。
「言っておくけど、付き合っているヒトはいないからね」
「そうなの?」
確かにエストが私やミウ以外の女子と遊んでいる姿はあまり見かけない。……もしやファンクラブ活動の弊害だろうか。ファンクラブなんて、オタクな匂いがぷんぷんする。そして私のイメージではオタクはモテない。
「そ、そりゃ、好きなヒトぐらいはいるけど……。オクトこそどうなの?」
「混ぜモノだし、いるわけがない」
「……混ぜモノは関係なくない?」
エストがキョトンとした顔で聞き返してきた。逆に私の方がキョトンとしてしまう。
「だって、混ぜモノに好かれたら迷惑だし」
「そんな事ないよっ!!……ごめん。でも少なくとも、オレは――」
声を荒げて否定した後、はっとなったエストは、すぐに謝ると、声を小さくした。友人が大切に思ってくれていると思うと、何だかくすぐったい気分になる。
「私こそ、ごめん。ありがとう」
確かに好きの意味は恋愛だけとは限らない。混ぜモノだけど友人でいてくれるのに、それを否定したら、エストだって面白くはないはずだ。
「えっ、あっ……うん」
「最近館長が恋愛恋愛いうから、そっちばかりに頭がいってしまう」
私の脳を恋愛脳にしてどうするつもりなのか。
「……オクトも大変だね」
「紫色の賢者じゃなくて、あれじゃあ桃色の賢者だ。……そう言えば、どうして紫色なんだろ」
もこもこで分からないが、もしかしたら瞳の色が紫色をしているのかもしれない。もしくは、時属性の色が紫だからとかその辺りからきているのだろうか。
「紫色は死色。……えっと、死の色と掛け合わせてあるみたいだよ。紫の方は瞳の色からきているっぽいけど」
「死色?」
何とも物騒な言葉に私は聞き返した。
「館長って昔は結構色んな戦に出ていたみたいなんだ。本に書いてあっただけだから本当かどうかは知らないけれど、館長が軍師を務めた戦は必ず勝つんだ。だから畏れを抱いた人が、そう呼び始めたみたいだよ」
あのもこもこゆるゆる館長が軍師。
時の流れとは凄い物だ。まったく想像ができない。
「だから館長は中立を保てるらしいよ」
……なるほど、王家も館長を敵にはまわしたくない。それは魔法使いも同じ。ああ見えて頑固そうだし、味方にできないならば、中立で居てくれた方が、皆にとっていいのだろう。
にしても本にまでなっているなんて。そんな凄いヒトだったのか。
私は、ヒトは見た目によらないという事を改めて知った。